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亀裂

8章



夏樹は通り過ぎていく景色を眺めていた

外は薄暗く、小雨が降っている


窓に手を置いて

遠くを見る彼女



“・・・次か”

車内アナウンスに耳を傾けつつ

まぶたを閉じる



“何日ぶりだろう・・・沙羅に会うのは”

彼女の友人―沙羅は夏樹とは違い

大学へと進まなかった



だからだろうか

彼女と会う時間は少なくなっていった


別段避けていたわけではないし

嫌っているわけでもない


だがお互い別に行動しているので

顔を合わすことは必然的に減った



“話したいことがあるの”

突然電話をかけてきた沙羅はそう言った



もしかしたら

この前話していた

彼女なりの居場所を見つけたのかもしれない



――楽園エデン



電車を下り、改札口に向かう

雨は止んでいた


雲の隙間から

光の柱が見える



彼女ははるか上空をにらみつけた


かつて自分たちが住んでいた天界

幸せな日々を壊したのは

自分勝手な神のせい



踵を返し

沙羅の元へと向かった



「・・・いらっしゃい」

ドアをあけた沙羅は微笑んでいった


それに微笑んで応えると

中に入る



コートを脱ぎ腰をおろす

初めて来た彼女の部屋

淡い緑で構成された部屋は

好感を持たせた



「紅茶でよかった?」

声にふと顔をあげると

ティーカップと茶菓子を持った沙羅と目が合う



「・・・ありがと」

ティーカップを受け取って

そう言う



一口飲むと

夏樹は目を見開いた



「沙羅・・・これ」

カップを置く事も忘れ

彼女に問う



「えぇ懐かしいでしょ?」

沙羅はふふっと笑って応えた


夏樹が口にしたのは

フレーバーティー

まだ天界にいた頃

彼女はそれを好んで口にしていたのだ



“覚えていてくれるなんてね・・・”

心が温かくなる

そんな彼女の心遣いが嬉しかった



沙羅をふと見ると

紅茶を口にしている


何でもなかったかのように

恐らく探し回ったのだろう



以前

地上では紅茶の種類が限られていると聞いたことがある

それなのに



自分の為に好きな香りを探してくれた

その思いが何よりも嬉しかった



「私・・・魔族に会ったわ」

沙羅はカップをゆっくりと置くと

目を伏せたまま言った



「そっか・・・・」

夏樹は驚かなかった

自分に天使が接触してきた時から

沙羅にもどちらかの接触はあるだろうと思っていたから



「彼らに・・・会ったのね」

沙羅は苦笑して言った



「会いたくなかったけどね」

夏樹はカップを置き

口をへの字に曲げて

言った




「それで・・・奴らはなんて?」

夏樹は沙羅を横目で見て尋ねた



「地界へ誘われたわ」

沙羅は紅茶を一口飲んでいった



「・・・ふぅん」

夏樹は興味がなさそうに言った


「行こうと思ってる」

沙羅はカップを置いて言った




「・・・地界の王妃にでもなるつもり?」

夏樹は片膝を立てて聞いた



奴ら―地界の者たちが自分たちを求めているのは

有名な話だった

天地大戦の時に感じたからなのかもしれないが


だからそこへ行く事は

ルシファーの花嫁になるのと同じ


他の誰でもない彼がそれを望んでいるのだから



「えぇ」

沙羅は夏樹を真っ直ぐに見つめて応えた





「あいつらが私たち―女神の力を求めているのだとしても?

私たち個人ではなく

女神として求められているのに?」

夏樹は冷たい声で聞き返した



女神として見られる―それはすなわち

自分たちの力を取り込む事が

望みと言う事



力が絶えれば

殺されかねない



「えぇ」

沙羅は夏樹から目をそらさずに応えた



「例え・・・力だけが望まれていて

あの頃のように

道具として扱われても

私は構わない」

沙羅は真剣な表情で応えた



「どうして?

神に道具のように使われた事を忘れたの?

・・・・・奴らは私たちを利用し、消そうとしたんだよ!?

あの思いを繰り返すの」

夏樹は声を荒げ、聞き返した



まだ天界にいた頃

女神は神のいる建物で

神官として勤めていた

しかし

神官とは名ばかりだった



神は見目麗しい女神を手放したくなかったのだ

来る日も来る日も

元素の力を元にした

封印の為の札を書かされた



やがて仲間の一人が

業を煮やし

札が何のために使われるのか

説明を求めた



神は不適に笑って言った

「籠の鳥が逃げ出さぬように

とらえておくもの」と



その言葉を耳にしたとき

痛感した


与えられたのは仕事ではない

おそらく

自分たちを永久にここに縛り付ける為のもの



自分たちは

神の道具として扱われているのだ―と




あれ以来

夏樹は心に決めた



二度と道具のように扱われたくない―と

だから

地上に降り立った時



自分自身を受け止めてくれる

そんな人を探していたのだ


そして彼女は和人に出会った



「・・・・それでも私は・・・」

沙羅は昔の事を思い出したのだろう

震える体を両手で抱きしめている



そんな彼女の姿を見ていて

心が痛んだ



「・・・判ったよ

そこまで沙羅が覚悟を決めているなら

もう言わない・・・

―地界が沙羅の楽園になりえるなら」

夏樹は沙羅をみつめ言った



「夏樹・・・・」

沙羅は顔をあげて

呟くようにいった



目元にはうっすら涙がにじんでいる


夏樹はコートを手にとり

部屋を後にしようとした



「じゃあ・・・・元気でね

―ランドクリフ」

ドアを閉める寸前、沙羅だけに聞こえるように呟いて

夏樹は去っていった



既に人のいない玄関を

沙羅は涙を流しながら見続けた



夏樹は自分の思いを知っているだろう

ヴェルゼに恋焦がれているこの思いを


それでも自分の身の安全を考えて

言ってくれたのだった


長い間一緒にいた彼女だけには

伝えたかった自分の心


去り際に本当の名前を呼んでくれたのは

彼女なりの優しさだろう



リビングに戻り

カップを片付けながら

かつての友人に

礼の言葉を送った







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