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第八話


 母グモは地下の巨大な部屋に移動していた。

 『まあそうだねぇ、地上に拠点を持つのは良い案だ。でも、逆に敵に狙われやすくもなってしまう。その地点にどういう“うまみ”があるのかによるねぇ』

 やっぱりそうなるか…。

 地下と違って、クモ達にとってきっと地上は勝手が違うだろう。そんな所に24時間毎日いて欲しいなんて、簡単にうなずく事は出来ない条件のはずだ。

 “うまみ”となると―――…やはり地上のヴェーダラになるだろうけど、集落の近くになればなるほどその数は減るかも知れないし、能力者との競合も起こりえる事だ。

 私はひそかにため息を吐いた。

 『…それなら母さん、僕から提案してもいい?』

 旅兄さんが遠慮がちに口を開いた。

 『なんだい?言ってごらん』

 『僕は、今地上で拠点を築くことは十分うまみになると思う。異世界と融合した今、地上にはヴェーダラがあふれてる。それをなるべく早く誰よりも多く手に入れるためには、今ためらっていたら、他の種族に後れを取ってしまうんじゃないかな』

 母グモは触肢を顔に当て考え込んだ。

 『確かに、あのビルの様な拠点が他にもあれば、子供達にももっとエサを与えることが出来るけど…でも逆に言えば、危険にもさせるってことだろう?』

 旅兄さんは、母グモに向かって前肢を振りかざしながら力説した。

 『だからね、地下でお互いをつながった拠点を作っていけばいいと思うんだ。そうすればいつでも拠点を手放せるし、場所を移動する事も簡単に出来る。人間のお姉さんは、そのうちの一つに住めばいいと思うよ』

 (おぉっ…!何って賢い子なんだ!)

 私は感動のあまり目をキラキラさせて、頼もしくさえ感じてきた旅兄さんを見つめた。

 『ふぅむ…お前さんにそう言われると、確かにうまみは十分にありそうに思えるねぇ』

 『立地条件も大切になって来るだろうから、僕も参加して皆と計画を練るよ。どう?母さん』

 私はハラハラしながら黙り込んだ母グモを見上げた。その8つの複眼で何を考えているか、その考えは様としてうかがえなかった。

 『―――…いいだろう、お前達でやってごらん。これを機に、自分達でエサを取る工夫をするのもいいだろうからねぇ』

 『あ、ありがとう母さん!』

 「ありがとう、あと旅兄さんも!」

 私は肩に乗っていたヴァルと目を合わせた。

 『やったな、薫』

 「これで住居問題はクリア出来そうだね、後は…」

 『じゃあこれで心置きなく囮役をできるってもんだねぇ、よろしく頼むよお嬢ちゃん』

 私の言葉を遮りながら上からそう鷹揚に言ってきた母グモを見上げ、あ…と私は一気に現実に返されてしまった。

 『あと2日間、迫真の演技で頼むよ』

 母グモの弾んだ声には、多大な期待感が込められていた。



 「…って言ってもさぁ――…私ただ磔にされてるだけじゃねぇかあっ!!」

 私は前回と同じく、しっかりと糸で子グモの背中にはりつけにされた状態で叫んだ。

 『じゃあ連携は昨日決めた通りで。――…皆さぁあん、しっかり気張っていきまっしょ――――っ!!!』

 『目標200匹―――っ!!』

 『酒池肉林じゃぁあ~~~っ!!』

 周囲にいる数十匹もの子グモ達が興奮した様子で騒ぎまくった。

 『安心しろ薫、我がしっかりお前を守る。お前は寝ていても構わんぞ』

 小さい影の異形姿のヴァルが私の耳元でそう言い、その緊張や不安を全く感じない力強い声に頼もしさを感じた。

 「ヴァル、あ…」

 言い掛けた途端、私を乗せた子グモが素早く移動を開始した。

 破壊された窓の外の闇からは、さっそく聞きたくもない羽音が聞こえ始めた。私は戦闘のゴングが鳴るのを聞いた気分で、ふいに今の自分の姿が馬鹿馬鹿しくなって叫んだ。

 「…っ…あ~も゛うっ…何でこんな事こんなとこでしてんの私ぃい゛~~~~っっっ!!!」

 叫ぶ私を完全に無視し、子グモ達は列をなして突進を開始した。



 私は自分の寝床にたどり着くと同時に、ばったりと倒れこんだ。

 現在の時間は何時なのか分からないが、たぶん数時間はビル中を駆け回り生餌にされ続けたはずだ。

 今回もまるで遊園地の絶叫系アトラクションかのごとく上下左右に揺らされ続け、怖くて嫌なのに目を開けることすらままならないまま、何とかこうやって生きて生還することが出来た。

 「う゛ぅ~~…あと1日、あと1日耐えればぁ~…」

 ヴァルが私の傍らで憤った。

 『あいつ等めっ…タダだと思って散々コキ使いおって!!我々は貴様等の召使ではないのだっ!!』

 ヴァルはグルンッと振り返ると、声を低めて話し出した。

 『薫…今この子グモ等は疲れ切っている。こいつ等を喰らえば、あの母グモにも我は負けを取らんぞ…』

 「ヴァルさ…狩りの間に3体ぐらいくすねたでしょ。ちゃっかりしてんだから」

 『ふん!このような低級な魔物に、高等精霊の我が力を貸してやっているのだ。それぐらいは…』

 私の瞼はその間に、重りがついたように段々と閉じられていった。

 『大体たったの3体で――…薫?――ー…今日はよく働いたからな、良く休むがいい』

 遠く聞こえたヴァルの声を最後に、私は意識を眠りの闇へ手放した。



 『――――…なぜあなたの様な御方が、そのようなお姿で…?』

 “私”は空中に突き出た足をプラプラさせながら、高層ビルの屋上の縁に座っていた。

 夜の闇に蛍色の光がいくつも浮かび、その様は私がいた世界の大都会と不思議と良く似ていた。はるか下に地上を望むそのあまりの絶景に、私は座りながら大いに肝を冷やした。

 『…ふふっ、怖がってる…』

 私はハッとして“もう一人の自分”を見つめた。いつの間にか私は座っている私のすぐ後ろに、半透明な姿で立っていた。

 『―――いかがなされました?』

 半透明の私は、背後から掛けられた声に振り返った。

 「…ッ!!!――――…」

 そこにいたのは巨大な――――体長が20メートルはあるのではないかという“異形”だった。

 神像の様だ、と私はその姿を見た瞬間そう思った。

 まず、顔が3つもある―――ーまるで辺境の部族が儀式のときにでも着ける仮面の様な、それぞれ表情が違う顔が前と左右についている。黒い皮膚に金色の甲冑姿、腕も2本ではなく4本、そのうちの一対は明らかに人のものではなく鱗の生えたトカゲの腕だった。

 下半身は黒毛に覆われた太い獣の後ろ足、足首にごつい足環を着けている。そして背中には金色の枝――――そう“枝”だ。それが背中からその背後の空へ向かって放射状に枝を伸ばしている―――…

 私は間近に見た異形のそのあまりに異様な形態と、それにもかかわらずリアルな質感や重量感に言葉を失いながら黙って異形を見つめた。

 『ふふ…っだってね、私斬られたんだもん。融合しちゃおうって思ってたのに、逆にバラバラにされちゃったんだぁ~』

 もう一人の私でない私は、足をブラブラさせながら歌うようにそう言い、私はそれを不気味な気持ちで見下ろした。楽しそうに語られたその声は、私に似ているようでいて全く違う。

 (…人の声じゃ、ないみたい――…)

 『……だからね』

 私に似たものはそう言うと、傍らに立つ異形に向かいニコリと笑い掛けた。

 『私は神であって神じゃないの。これから何になるのかもわかんない。だって~今とぉおっても楽しくって、何しようかワクワクしてるとこなんだもぉ~ん!』

 『…あなたは一体“誰を雛型”にしているのです?その者の魂や形質を融合したとすれば…』

 『誰って…?ほら、ここにいるじゃない…―――ーね?“薫”っ!』

 私に似たものは途端に私を振り返った。その瞳は私の茶色の瞳とは似ても似つかないものだった。黒くなった白目――――そして瞳は蛍を思わせる蛍光の緑色――ー…

 私は完全に不意を突かれ、思わず怯んで後ずさってしまった。そんな私にもう一人の私が無邪気に話し掛けてくる。

 『ねぇどうしたいっ!?この世界を創り変える?それとも腐らせる?それともそれとも―…』

 「やっ…やめてよ、こんなの悪夢じゃ…」

 私を見上げる蛍色の瞳は瞬きしないまま巨大化していき、それに飲み込まれそうな感覚におちいった私は頭を抱えながら更に後ずさった。

 『全部地獄の炎で燃やして、薫を苦しめた世界そのものを滅び尽くして――…』


 「るさいっ…やめろぉおお――――――っっっ!!!」



 ハッとなって私は目覚めた。

 心臓がバクバクと早鐘を打ち、全身に寝汗をかいていた。目が覚めた世界になじめず、私はしばらく仰向けになったまま鼓動が静まるのを待った。

 『…薫、目覚めたか』

 その私の世界にヴァルがひょっこりと現れ、顔をのぞき込んできた。

 「ヴァル――…」

 (あの夢は何?何で、もう一人の私が…)

 『どうしたのだ、何か嫌なことでも?』

 「――――…ううん…ちょっと、悪い夢を見た…それだけ」

 私は無理やり先程の夢を頭から追い払いながら、上半身を起こした。

 「…あと1日だね。それまでに旅兄さんが私達と外へ出られる方法を、何か考えないと」

 『うむ、厄介な事案だ。あんなデカブツを外に連れ出せば目立つし、足手まといだ』

 私は毛皮から這い出して靴下をはいた。

 地下に築かれたこの巣は一定の温度に保たれていて、少し肌寒く感じた。靴下の次は上着を重ね着して、敷き布団代わりにしていた毛皮の束の中から、スケッチブックの入ったボディバックを引き出して斜め掛けに身につけ、その上からコートを着込んだ。

 靴を履くとヴァルが私の右肩に飛び乗り、私達は食事をとるため地上へ向かった。


 地上階に出てみると夜になった昨日と違い、世界は薄黄緑色の朝日で満たされていた。私はこの世界にも確実に朝がやってくることが分かってなんとなくホッとした。

 めちゃくちゃになった社員食堂の一角を、何とか食事ができる程度にきれいにした場所で、私は自分で作った質素な朝食を食べた。

 「今が何時なのか分からないのって、結構不安だなぁ。こっちの世界に時計とかないの?」

 電子レンジで作ったスクランブルエッグを食べながら私は言った。今まで時計を見ればわかっていたものが分からないだけで、人はこんなに不安になるんだとあらためて思い知らされた。

 『原始的なものしかないな。太陽の高さで計測するしかないかもしれん』

 「そっか…ここ出たら昼のうちに活動して、暗くなる前までに戻れる安全な場所を確保したいよね」

 そんなこと、アウトドアさえしたことのないど素人の私に果たして出来るのだろうか――――外にはきっとあの“ヴェーダラ”とかいて、しかも人以外の種族もわんさかいて…。

 私は思わず大きなため息をついてしまった。

 「自分の能力が、どれくらいの強さの敵に通用するのかわかんないのが、一番怖いなーー…もし強敵にでも遭遇したら…」

 『ヴェーダラにも個体差があるからな。中には変異体などが…』

 「ッ!?何それ、全然聞いてない!もしかしてヴェーダラであの母グモみたいに強いのもいるってこと!?」

 『数としては少ないだろうがな』

 「うっそぉ~…」

 思わず椅子に背を預けのけぞりながら、私はめまいがするような思いで途方に暮れた。

 「まるでRPGじゃん…。ねぇヴァル、あんたって今いったいどれくらい強いわけ?例えばそうだな…魔神なんかと比べて」

 テーブルの上で腕を組み少し悩んだがヴァルはすぐに顔を上げ、金色の瞳で私をまっすぐ見上げた。

 『全く歯が立たんな。だがあの母グモレベルなら、こちらも無傷とはいえんが倒せないレベルではない。魔神に比肩したいというのならば薫――――…ヴェーダラや、あらゆる種族を食らい続けるしかない』

 「……うん」

 『それに我々と同じ能力者で、ガルバヤーツの頂を目指す者がいれば、誰より先に自らの力を強力にせんと計画を立てるだろう。つまりこのままただ座して待っているだけでは、この世界で生き延びることも、次の世界の選定者となって、自らの希望する世界を創造することも出来ないと、我は思う』

 「…それは――…クモ達を喰らえってそそのかしてるの、ヴァル」

 『あの者どもとは、一応協力関係を結んだからな。それ以外の種族のことだ、ヴェーダラも含め』

 眉間に深くしわを寄せ、親指の爪をかじりながら私は考えを巡らせた。

 ヴァルの言っていることは正しい。とにかく生き残らなければーー…そのためにヴェーダラを喰らうことは避けて通れない。しかもそれは椅子取りゲームの様に、早く行動に移した者が圧倒的に有利になるに違いない。

 (ヴェーダラって…元は一応人間なんだよね)

 途端に脳裏に、私を襲った2体のヴェーダラの姿がよみがえった。

 あんなものを人間だと解釈するなんて、ほぼ不可能だと思える。それにやがて世界がリセットされて次の世界になった時、結局ヴェーダラ化した人類は元の姿に甦るって言っていたし。

 (それは全てあの化け物みたいな胎蔵神に、選定者が前の世界と同じ世界になることを願った場合だけど…もしトチ狂った奴が、全く違う世界を望んだりしたら―――…?)

 そうなれば、それまでの私の行動や存在すらが全て水の泡になって、ただヴェーダラ化しなかくて良かったねってことになるだけーーーなのかな?

 (…だったら、やっぱり当初の目的通り、自殺して終わりってのも良いのかも…そうすればこんな煩わしい悩みなんてしなくても良くなるし、どうせこの世界でだって私は―――…)

 気付くと私は大きなため息を吐いていた。

 (正直今は…自殺するのも、どでかい目標持って生きるのもただただ面倒臭い…それだけは確かだな)

 きっと私は…ひどく怠慢で臆病なんだ。もうこれ以上傷付きたくなどないし、誰かに救済を期待しながら明るい未来を期待する気力も何も無い。大きな覚悟を必要とした自殺さえ失敗してしまった今の私は、自分の人生に疲れ果てたもぬけの殻の人間にすぎなかった。 

 「…やっぱり今は、住居探しや当面の生活が第一だと思う。でなきゃ、ヴェーダラを捕らえ続けることも出来ないし」

 私は考えるより先に、どこか他人事のように感じながらそう言っていた。

 “だから?それが何になるっていうの?”

 深層心理の闇から響く、その無感動で暗い疑問の声に答える術もないまま、私は箸をとって食事を再開した。

 『我としてはクモとの共闘など、早く済ませてしまいたいものだ。あと1日か…無駄な時間のロスにならなければいいが』

 ヴァルは、苛立ったように獣の片足でテーブルを叩きながらそう言った。

 「なるべく有用に時間を使おう。2日後に出かける準備に、この辺りの情報。…あっ、それと旅兄さんとどうやって外に出るか、とかも」

 とにかくこの世界が一体どんな姿に様変わりしてしまったのか、一度この目で見てみないと。それを見て次の行動を決めるしかないし―――…自殺するのなんてその後でいくらだって可能ばはずだと、私は半ば投げやりな気分でそう思いながら、途端に味のしなくなった気のする食事をとり続けた。


 それからは旅の支度を整えるために使えそうなものを集めビルを探索したり、地下に戻り体格の大きな子グモ達にこの辺りの情報を聞いたりして過ごした。昼食を食べた後、夜のあのうんざりする囮役を務めるためいったん休息をとり――――そして2回目の夜を迎えた。


 「…はぁ。あと1回、あと1回なんだからっ…」

 何とか自分を納得させようとして、私は呪文の様に同じセリフを吐き続けた。

 『ほらほら早く乗って!今夜もかっ飛ばしていくよ~~!』

 元気良く叫びながら、私を乗せる予定の子グモはピョンピョンと跳ねた。私はそれを何かの悪夢のシーンかと思いながら眺め、一応は言っておこうと思い子グモに話し掛けた。

 「あのさ…ちょっと揺れるの抑えてくれない?吐きそうになるんだけど…」

 『えぇ~!それ困るよぉ、我慢して?』

 子グモは言ってほら乗れ、という風に私に背を向けた。

 (…全っ然こっちの言い分聞く気ねーな)

 影の異形の姿で私の肩に乗ったヴァルは、憤懣やる方ないといった様子でイライラと片足を貧乏ゆすりさせた。

 『薫!我が先刻したように獣となり、薫はその上に乗ったほうが良いのではないか!?』

 子グモはこちらを振り返った。

 『だぁ~め!他の皆との連携だってあるんだから。ほらぁ~早く…』

 『――――じゃあ、僕がその役引き受けるのはどうだい?』

 「…ッ!旅兄さん…」

 『旅兄ちゃん!…でもなあ、兄ちゃん体大きいし…』

 『じゃあ…これぐらいでいい?』

 「は!?えぇ~…っ!」

 びっくりして私は声を上げてしまった。数メートルはあった旅兄さんの体が見る見るうちに縮み、子グモとは大差ない大きさへと変化していた。

 『ほぉ、そんな能力を持っていたのか』

 ヴァルが感心したように言った。

 『あまり長時間は無理なんだけど―――…2、3時間程度ならね』

 (この子は頭いいから、やたらめったに揺らすことはないはず…!)

 「私もお兄さんのほうがいいなっ!!君には悪いけどもっ!」

 私は鼻息荒く勢い込んでそう言った。

 『う~ん、皆どうするぅ?』

 『いいんじゃない?兄さん作戦分かってるしぃ』

 『吐かれたくないしね』

 他の子グモ達も反対はしなかったので、晴れて私は旅兄さんの背中をゲットした。

 「大丈夫?私重くない?」

 背後で小さな子グモから、糸で旅兄さんの背中とくっつけられながら私は心配になって聞いた。

 『大丈夫だよ。なるべく揺らさないようにするから』

 私はそれを聞いて、あまりの安ど感に思わず涙ぐみそうになった。

 『それじゃあ昨日張った糸を取っ払って―――っ!皆さん張り切っていきましょ――!!』

 オ―!!と辺りの子グモ達が応じ、完全に場は高揚したお祭り気分に包まれた。

 「くっそ何がフェスティバル――…ふざけんな…っ」

 私はあと20回ぐらいは毒付きたいのを我慢し、ヴェーダラ狩りに向け気持ちを引き締めた。

 「ヴァル…私を守ってね。信頼…してるから」

 『任せておけ、お前は必ず我が守る』


 旅兄さんが動き出し、ホールから2階へと上がる階段に到着すると、さっそく聞きたくもない例の羽音が夜の帳の向こうから聞こえてきた。

 旅兄さんが階段を上り始めると、壊れた窓の向こうの闇から前回と同じコウモリ型のヴェーダラが、私を捕らえんと牙をむき出しにして襲い掛かってきた。

 長いかぎづめの付いた両足を伸ばして、旅兄さんごと私をかっさらおうとしていたヴェーダラはしかし、窓の脇の壁に張り付いて待機していた子グモ達に、室内に侵入した途端糸を吹き付けられて身動きが取れなくなり、私を通り過ぎて1階の床へ無様に転げ落ちていった。

 『すぐにあたまふさいで~っ!!』

 『やぁあ――っ!!』

 糸を外そうともがくヴェーダラの頭めがけ、次々と糸が吹き付けられていく。

 『次来たね、ちょっと動くよ』

 旅兄さんは言って階段の中心にある手すりへジャンプし、そのまま踊り場の上に続く2階への階段へ降り立ち上り始めた。

 2頭のヴェーダラが侵入して来て1頭は1階方向へ、2頭目が背を向けた私達の上空で停止し、超音波を放とうと大口を開けた。

 『とぉっ!!』

 そのヴェーダラの背後へ壁に張り付いていた子グモがジャンプし、ヴェーダラの背中に飛び乗ると同時にその首筋にかみついた。

 『ギャアア…ッ!!』

 旅兄さんはそこでクルリと振り向くと、そのヴェーダラに向け糸を吹き付けた。糸は皮翼にヒットしてヴェーダラは階段へ落下した。

 踊り場の破れた窓ガラスの向こうの闇からはまだいくつも羽音聞こえ、私はゾッとしない気分でその闇を見つめた。

 『ここに人間がいるぞー!!』

 『丸々太った人間だぞー!!』

 調子付いた子グモ達が、外に向かってヴェーダラを挑発した。

 「誰が太ってんだよ!!このクソガキっ!!」

 怒ってツッコんだ途端、それを合図にしたように羽音が次々と近づいてきた。

 「わわわわ、来た、来たぁ~~っ!!」

 『動くね』

 旅兄さんが1階へ向けて階段を下り始め、そのがら空きになった背にヴェーダラが襲い掛かってきた。

 「ぅわああ――――っっ!!!」

 私は地獄のような光景に絶叫した。


 「…もうやだっ…いつかきっと捕食されるって~…」

 1、2階の踊り場で一通り狩りを行った次は2、3階の踊り場と、次々に移動しながらヴェーダラ狩りは続き、それが終わると今度は3階から上の各部屋でも囮として引き回され、私の精神は疲労の限界を迎えかなりグロッキーな状態になっていた。

 『後この大部屋で最後だから、準備はいい?』

 旅兄さんは最小限にスマートに立ち回り、前回の子グモと違い胃の中のものが飛び出るような悲惨な状態にならずにすんでいた。

 「ぁ゛あ゛…もう早く終わってくれ~」

 『薫、最後のひと踏ん張りだ』

 『じゃ、行くね』

旅兄さんは前肢を伸ばすと、開きかけの扉を押して中に入った。

 6階にあるそこは会議室に使用されていた部屋のようで、20メートルはありそうな広い部屋だった。会議のために使っていた縦長のテーブルやイスが散乱していて、この中でも根を張った界樹の根から蛍色の結晶が生え、淡く部屋を照らしていた。

 『旅兄ちゃん、準備出来たよー』

 部屋の壁や天井には十数匹の子グモ達が張り付いていて、入って来た私達に声を掛けた。

 『よし、じゃあ窓際に行くよ』

 「うぅ…はい」

 私は近づいて来る窓の外の闇から、いつあのコウモリ型のヴェーダラが襲い掛かって来るのかと身を強張らせながら戦闘に備えた。旅兄さんは散乱するイスやテーブルを乗り越え窓際に近づいた。するとかすかな羽音が聞こえ、闇の中から突然ヴェーダラがこちらに突進してきた。


 リィイイイイ…ッッ!!!


 ヴェーダラが超音波を放って窓に張っていた糸を溶解させると、そのまま室内に入り私達に向かい超音波を放った。私達の前にあるイスや机が粉々に砕け散っていき、見えない攻撃が襲い掛かって来る。

 「―――…ッ!!」

 私が攻撃にさらされると思った瞬間、旅兄さんは大きく後ろへジャンプした。

 『糸を噴射っ!!』

 天井に張り付いていた子グモ達が次々に糸を噴射し、侵入してきたヴェーダラを糸まみれにした。

 『ギギャア…ッ!!』

 ヴェーダラが勢いよく床に激突し、糸を取ろうと足掻いたところを子グモ達の糸の攻撃が更に続き、口を塞がれたヴェーダラにとどめを刺した。

 『やったあ!!』

 『まだ外に何匹かいるよー』

 成功に沸く子グモを尻目に、私は疲労困憊してうなだれた。

 「もういいでしょ――…ふざけんなっ…」

 『もう一回窓際行くね』

 「…っ…!!」

 (旅兄さん…何気に淡々とこっち無視して強行するよな!!)

 旅兄さんがもう一度窓際に向かっていくと、3頭のヴェーダラが旋回しながらこっちへ迫ってこようとしているのが目に入った。

 「3頭もっ…」

 私が再度訪れる命の危機に肝を冷やした――――その時。


 ゴォオオオオゥ…ッッッ!!!


 「え!?何っ!!」

 黒紫の巨大な“炎”が、私達を襲おうとしていたヴェーダラ達を嵐のように急襲した。

 炎が過ぎた後にヴェーダラの姿は影も形もなくなっていて、私は事態が呑み込めないままポカンとする他なかった。


 『クククッ…これでは腹の足しにもならぬわ――――…お前達地グモ共も、見れば子グモだらけではないか』


 低く轟く重低音なその声は、宙に止まりながらとぐろを巻くように紫炎を吹き続けるその中から聞こえてきた。


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