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第四話


 「――ッ!!?えっ、な…」

 私がびっくりしながら辺りを見回すと、周りのいくつかのPCに電源が入り起動し、エアコンやコピー機まで次々と起動して電気機器のかすかな音が辺りに満ちた。

 私は立ち上がると、外から自分の姿が見えないよう気を付けながら窓際に立って外をのぞいた。

 その景色は―――最前までの薄暗さから一変していた。

 崩れたビルを除いて連立するビルの所々に明かりは灯り、地上に目を転じれば街頭や自動販売機にまで明かりは点いていた。

 そしてその明かりに照らし出されて、通常の人間とは明らかに違ったシルエットをしたヴェーダラ達が、隆起して破壊された道路を徘徊しているのが見て取れた。私はそれを見て、ゾッとしない気分で窓際から後ずさった。

 「驚いた…電気なんて絶対使えないって思ってた」

 『お前達の文明レベルに合わせ、この世界は再構築される仕組みになっている』

 私はデスクトップ画面になったPCを眺めながら、それでも今の私にとって重要であるものを最優先し探索を再開した。

 「そうなってくると話が違ってくるな…必要なのは当分の食料と安全で破壊されていない住居、特に住居は早く手に入れないと。それにこの結晶も…」

 私は結晶をポケットに戻し、まだ調べていなかったミイラ男のパンツのポケットを探ってみた。すると銀色のライターが見つかった。

 「…まずは収穫が一つ」

 私はそれを自分のコートのポケットの中に入れた。

 次に倒れた棚や床に散らかった机や書類を乗り越えながら、机の引き出しを近くから片っぱしに開けていきーーーシャーペン数本と替え芯、消しゴムやボールペンを見つけ次第取ると、誰かが使っていた袋型の鉛筆箱へ詰め込んでいった。

 後は使えそうなノートやメモ帳も。その途中何体かのミイラ化した死体を見つけると、ポケットの中を探り使えそうなものを探した。


 洗いざらい探し終わると、デスクの上にはたくさんの収穫品が並んだ。


 文房具にガムテープやお菓子などなど…

 「やっぱり、これを入れるリュックやバックが欲しいな」

 机の下を見ても、物がたくさん入る様な大容量のバックやリュックは置いていなかった。これだけ探して無いという事は、きっと同じ階にロッカールームでもあるはず。

 私はロッカールームを探しにオフィスを出ると来た道を戻り、今度は階段から左へと続く廊下を奥へと歩いて行った。ヴァルは伸びた根から次々と新しいツタを伸ばし、私に付いて来てくれた。

 向かって左側の2部屋は会議室だった。その反対側にほとんどが倒れた自動販売機が並ぶコーナーがあり、会議室の奥にはこれまた乱雑な状態の給湯室があった。

 そのさらに一つ隣に、私が探していた部屋があった。向かって左側に“男性用更衣室”と書かれたプレートが掛かっていて、その向かいに“女性用更衣室”があった。

 私は男性用の更衣室へ入った。


 中は明かりがついておらず薄暗く、ロッカーに鍵が掛かっているからか物は他の場所より散らばってはいなかった。私はポケットから結晶を取り出しながら、上下2段にズラリと立ち並ぶロッカーの傍らに立つと、私の後に付いて来たヴァルを振り返った。

 「ヴァル…扉のここの鍵の部分、あんたの酸で溶かせられる?」

 『お安い御用だ』

 ヴァルは軽く頭を反らすと、唾を吐くように粘液を飛ばした。扉の鍵の部分が音を立てて溶けていき、私はオフィスで手に入れたハンカチを使って取っ手の部分に手を掛けた。扉は何の抵抗もなくあっさりと開いた。

 「ここ全部の扉を、今みたいに酸で溶かして、ヴァル」

 ヴァルは頭を反らし、次々と正確に鍵穴めがけ強力な酸を飛ばしていった。金属が溶ける悪臭に顔をしかめながら、私は開いた扉の中を調べた。

 ロッカーの中には狙った通り、通勤に使うかばんやリュックが置かれていた。目的は、とにかく物が入るサイズのリュックか、あとは肩に掛ける大きめのバックを手に入れる事だった。

 「…皆、薄い通勤鞄ばっかだな。もっと大きいのが欲しいのに―――…あ」

 次に開けたロッカーの中に、ブルーのいい感じのリュックが立て掛けてあった。

 取り出して中身をのぞいてみると着替えた服が入っていて、少々汗臭いそれを中から出して、改めて中の大きさを確かめた。中には水筒が入っていて、それは使わせてもらうことに決めた。あとはジェリー状の栄養補助食や消毒液に絆創膏など、色々使えそうな物が揃っていてありがたかった。

 「うん、これだったら荷物も入る。あとはバックその他もろもろ…」

 それからロッカーを片っぱしから物色すると、未使用のタオルやらカロリーバーやお菓子などが見つかった。その中に私は気になるものを見つけ、それを手に取ってみた。

 それはおしゃれな若者が掛ける様な、こげ茶のフレームのメガネだった。

 掛けてみると思った通り度は入っていなかった。そしてそのロッカーの扉の内側にはスポーツ帽が3つ吊り下げられていて、このロッカーの持ち主がおしゃれにかなりこだわりのある人物だという事が知れた。

 私はその帽子を3つとも取ると、その中の一つの黒い帽子を被ってみた。

 「やっぱ大きいな―――…でも、これはいいかも」

 こうやっていれば、素顔が知られにくいかもしれない。異能力を手に入れてしまった以上、目立って顔を知られる様な目には逢いたくなかった。

 その時ヴァルが戻って来て、私を見て驚いた声を上げた。

 『何だ、誰かと思ったぞ。…なるほど、確かに素顔はばれない方がいいかもな』

 「うん、でしょ。これでストールとかあったら、もっといいんだけど」

 『反対の場所にあるのではないか。先に行って鍵を溶かして来よう』

 「ありがと、ヴァル」

 男性更衣室から出ていくヴァルを見送り、私はバック探しを再開した。

 いくつか見ていくと小型の黒色のボストンバックを見つけ、今の所はこれで妥協しようと思い、必要のない中身をどんどん取り出していった。

 めぼしいものは全て取ったので、次は女性用のロッカールームへ移動した。中へ入ると、ヴァルが涎を垂らしながらやってきたーーー垂れた酸で床が音を立てて溶け出している。

 「ヴァル…ヴェーダラの方は、今どうなってる?」

 ヴァルは何かを確かめるように、頭を上に向けてしばらく黙り込んだ。

 『―――4階までは掃討したが、これ以上は根が伸ばせない。あとは本体の我が5階に直接行くしか、それ以上上の階のヴェーダラを掃討する手段は無い』

 「ふうん、じゃあ3階まで撤退して守りを固めよう。一階から来る人間や化け物も気掛かりだし」

 『意のままに』

 女性のロッカーは思った通り化粧品や衣服の小物やお菓子ばかりで、あまりめぼしいものは見つからなかった。私はその中で見つけた暗い灰色のストールを巻いて口元を隠すと、来るときに見かけた給湯室へ行くことにした。

 小さな給湯室は棚が斜めに倒れ掛かり、食器の破片が散乱していた。小型の冷蔵庫は無事でなんとか食料が手に入りそうだった。私は流しに近づくと、なんとなく水道をひねってみた。

 蛇口から澄んだ水が流れて来るのを見て、私は大声でヴァルを呼んだ。

 「ねえっ水、水まで出るよ!」

 ヴァルは給湯室に入って来て、流れ続ける水を見てうなずいた。

 『だろうな。この水は胎蔵神を包む膜から、界樹の中を通り地上に流れ込んでいるのだ』

 私はそう言われ、あの巨大で奇怪な化け物の姿を思い出して顔をしかめた。

 「え゛ぇ~、あれからやって来てんの。…この水飲んでも大丈夫?」

 『界樹を通る間に浄化されているのだ、汚染などという事は無いと思うぞ。…そんなに心配なら、一口飲んでみるといい』

 私は内心嫌々ながら、近くに転がっていたプラスチックの透明なカップを手に取るとすすいでそこに水を溜めた。かざしてみると水は澄んでいて中に浮遊物は一切なかったので、私は恐る恐るその水を口に含んでみた。

 「―――…何も、異臭や変な雑味は無いな。…多分大丈夫、かな」

 口に含んでしばらくたっても舌に違和感は無かったので、私は水筒を取り出すと中身を捨て、洗ってから水で満タンにした。私は少し安心した気分で重くなった水筒を見つめた。それをリュックへと戻すと、給湯室で見つけたなるべく日持ちしそうなお茶菓子をいくつかバックに入れた。

 私は給湯室を出てオフィスに戻ろうとした。

 「…あ…」

 私はその途中にあったものを、思わず足を止めて見つめた。

 「自動販売機…どうしようかな、何か2,3本買ってこうかな」

 かろうじて難を逃れた、ライトの付いた自動販売機に陳列された飲料水を私は物欲しげに眺めた。

 何だか――…無性に甘いものが飲みたい。

 それにこの世界は元いた世界と比べたらそんなに寒さは感じなかったが、それでもまだ薄着で出歩くには早い程には寒かった。

 私は自分の財布から小銭を出して、冷たいオレンジジュースと温かいミルクティーを買った。程よく冷えた甘いオレンジジュースを飲むと、緊張した気分がいくらかほぐれた。

 「あ゛~美味しい…。…これからは、こういうジュースやお菓子なんか食べれなくなるんだろうな」

 自動販売機の対面にあった長椅子に座りながら、缶を揺らして私は呟いた。ヴァルは物珍しそうに自販機を見ていたが、私の言葉に振り返った。

 『それはどうだろうな。何しろこの世界には“宝樹”がある』

 また知らない単語が出て来たよ…と少しうんざりしながら私は口を開いた。

 「ほうじゅって…何?」 

 『我々の世界と、お前達の世界は今や融合状態になっている。お前達の世界のほとんどの“物”は、宝樹を通してこの世界に生産されるのだ』

 「宝樹ってことは…木なの?」

 『そうだ。実がなる様に食料品や商品が、界樹を通し生まれる』

 まるでファンタジーそのものの設定だ。木に実ったお菓子や商品を想像し、思わず笑ってしまいそうになった。

 「食料がそうなら―――…住居を見つけてそこを拠点にしたら、いくつかそれを探したほうがいいかもな…」

 私は壁にもたれながらぼんやりと呟いた。

 「――――ー…」

 そう呟いた言葉とは裏腹に、今の私の頭の中には何も無かった。


 私は死んでいたはずだった。


 アスファルトに叩き付けられ、寒空に捨て置かれ、流れ出た血もグチャグチャになった体も全てが生命を失い、とっくに冷たく硬くなっているはずだった。それが現実は、オレンジジュースを飲んでその甘味に癒されて、ほっと一息なんかついている――ー…

 「…現金なもんだよな。…もうどうやって死ねばいいのか、分かんなくなったよ――…」

 私は背を丸めて深くうなだれた。


 今の私は――――空っぽだ。


 自分の中をどんなに探したって、生に対する肯定的な気持ちが何一つ見つけられない。

 (普通…こういう世界に来たら、親とか友達とか―――…親しかった人の安否が真っ先に心配になるんだろうな……さっきの月島みたいに)

 でも今の私の心には、そんな人物は1人も浮かんで来なかった。私の唯一の肉親である母親の顔を思い浮かべても、心はまるで冷たいコンクリートの様に凪いだままだ。

 (あの人が、私を心配して探し回るなんてーーー…絶対あり得ないんだよな)

 あまりに悲しい確信だが、これには絶対自信がある。

 母を一言で表すとしたら――――出来損ないの“ブリキロボット”だ。“母”というイメージは、私にとって温もりや安心感とかいう明るいものからは程遠い代物だった。

 喜怒哀楽が薄く、いつも自分の殻に閉じこもり、子供である私にあらゆる関心が無い。

 私が毎日をどういう気持ちで送ろうが、具合を悪くして痛みに泣き叫ぼうが――――私が、いじめにあって独り苦しもうが…―――あの人の関心は常に自身の内側に向き、子供の私にその関心が払われる事は無かった。

 あの人の傍にいると、私はいつも問いたくなる。


 “ねぇ…お母さんは、一体何のために人間に生まれたの?”


 家族になったのに、二人の間には何の絆も無い。笑いも無く、会話もほとんど無く―――一緒にいても何も分かち合えない。

 母といると―――私はいつも空しかった。私にとっての家族とはその程度のものだ。なので今私は…そこら辺に落ちている石ころの様に、無価値で自由だった。

 「…生き残る、か―――…」

 惨い殺され方なんてされたくない。じゃあこのままこの世界で生き残り、誰かが定義した次の世界だとかで、またあの生の続きを遂げるのか――ー…

 私は顔を上げ、は…っと力なく笑った。

 「どっちにしたって、希望なんか無いじゃんか」

 私は多分、小さな頃から思っていた。


 私はこの世界に必要なんてされていないし、全ての人間がこの世界の主人公なんて嘘っぱちで、自分は黒子にもなれないような人種なんだと。


 私に出来た事といえば…せいぜいが外の世界を締め出して、誰にも傷つけられない想像の世界をたゆたう事ぐらいだった。私を相手にしない母に背を向け、幼い私はノートやチラシに落書きをしている。ずっとそうだった、ずっと―――…。

 私は頭を壁に預け、天井を眺めた。

 「そうしてたどり着いたのが―――…この様なんだよなぁ」

 全てに面倒臭くなって自殺して終わり―――それで十分だったのに…それ以上を望む気なんか、更々無かったのに。

 気付くと私の口から深いため息が出ていた。

 「――――…面倒臭ぇ…なぁヴァル、私には無理だよ。他の人間と争いながらあんな巨大な樹を見つけ出して、それに登って、あの神の元へ行って―――…私にそんな力も、根気も無い」

 ヴァルは無言で私を見つめた。てっきり怒りだすものかと思っていた私は少し意外に感じた。

 『…お前のそのスケッチブックから放たれた光は、強烈なものだった。我は―――お前のスケッチブックに憑依出来て、至極幸福だ』

 「ふ~ん…私でも、誰かを幸福にするなんて事出来るんだね」

 私は、バックの上からスケッチブックに触りながら言った。

 『…いずれこの世界で生きていけば、お前はなにがしかの戦いに巻き込まれる。それは偶然などではない、必然的にだ』

 「――――ヴァル、こっち来てよ」

 ヴァルはスルスルと私の目の前にやって来た。

 「頭、こっちに寄せて」

 言われた通りにやって来たヴァルと私は、しばらく無言で見つめ合った。私は無言で右手を上げると、ヴァルの牙の生え揃ったその口に、自分の右手を思いきり突っ込んだ。

 『…ッッ!!?な゛っ、むごぉあ゛っっ!!!』

 口の中の強力な酸が、私の右手を瞬時に溶かすだろう―――そのはずだった。

 『ふごっぅがあ゛っっ!!!何ふぉす…っっ!!』

 ヴァルはいきなり口の奥へ手を突っ込まれてアガアガすると、私の右手をベッ!と吐き出した。

 私は自分の右手を信じられない思いで見つめた。

 私の右手はヴァルの強力な酸にまみれていた――――でもその酸は私の右手を一切傷付けず、しかも牙による傷さえ一つも無い。床を見てみると、右手から垂れた酸は確かに床を溶かしているのに。

 「…呆れた、上手く出来てんだね」

 私は右手を振って、粘液を落とした。

 『当たり前だっ!!この体はお前が創造したものだ、創造主に害をなす訳があるまいっ!!―――…なぜ、いきなりこんな真似をした』

 「ん~…ヴァルが、何か嫌なこと言ったからムカついて」

 『だからと言って…自分の右手が大事ではないのかっ!?』

 「…あんま深く考えなかったーー…うわぁ~何かベチャベチャする。手洗いついでにトイレ行くから、付いて来てヴァル」

 『まったく答えになってない。が――…』

 「ん?何」

 『……お前がどれだけ自分を大事に思っていないかは、それは良く分かった』

 「あ―…うん。そんなこと…思った事も無いや」

 『―――――…』

 ヴァルは何か言いたそうに私を見つめ黙っている。私はそれをわざと無視し、トイレへと歩き出した。


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