第十五話
『ほえぇ~…何っだこりゃあ!!』
私が冷凍庫やオーブンレンジなんかを説明していくと、3人は目を丸くして一々驚いた。
『このボタン?とかつまみを回すだけで、火と同じ効果が出力出来るのかぁ!!』
白豚のディンジャが、IHコンロの上で沸騰し始めた鍋に入ったお湯を見て感心しきりで鍋を揺らした。
『こりゃあ俺達が思ってたより、ずっと技術が進んでんなぁ…。アシャ・ワヒスタ様にご報告すべきだぜ、ボッダン』
黒豚のガムドゥが腕を組んで、首を傾げてうなるように言った。
私は―――身長3メートルは越えたどでかい3人に囲まれ、軽く囚人にでもなった気分で3人を見上げた。
「それにさ、これ分かる?これ」
私はステンレスの棚を引き出して、中を見せた。
「これ多分、自動でお皿とか洗う“食洗器”って機械だよ。ここに使って汚れた皿をセットして、専用の洗剤を――…多分…ここに入れたら、後はタイマーか何か設定するんだろうなぁ。私も家では使わないから、良く分かんないんだけど…」
茶豚のボッダンは、むぅ~と腕を組んで顔をしかめて凶悪な表情になった。
『こりゃあ、この手のもんに慣れてる人間がいないと、俺等に簡単に扱えるようなもんじゃねぇなあ…。カオル、こういう機械の扱いを知ってんのは、やっぱりお前の世界の料理人なのか?』
「あぁ、そうだね。…後は生き残った19人の中でそういうことを仕事にしてた人がいる、とか…」
「ぁあ、あの…っ!!」
その時、キッチンの外から声がして振り返ると、そこには“自分は大学生だ”と名乗った若い男が、大分緊張しながらカウンター越しにこっちに身を乗り出していた。
(えっと…確か“海藤”だっけ…)
「えっと海藤さん、でしたよね…」
私がそう答えると、海藤はうんうんと強くうなずいた。
「あの、俺タケシって言います。俺んちその――…ビストロ、やってて…あ!つまり料理店やってたんで、そういう機材の使い方俺分かるかと―――…思って…」
ボッダン達は顔を見合わせると、途端に勢い込んで海藤を振り返った。
『本当か!?ボウズ。教えてくれるなら、それに越したこたぁねえぜ』
ボッダンが凶悪な顔に笑みを浮かべていった。怖い顔が更に怖くなる。
『こっち来て教えてくれよ!ボウズ』
ガムドゥが手招きした。
「――…どうやらもう、私の役目は終わりって感じだね」
『ふむ…これがどう転ぶかだな』
海藤はどでかい3人に囲まれてタジタジになりながら、さっそく機材を見て回り始めた。
私は他の人から離れた場所に座り、自身の深夜メシをテーブルの上に並べた。
メニューはサラダと、さっきのキッチンで温めたカップスープとハンバーガーにした。
温めて湯気の立つ、たっぷり野菜を謳ったスープを付属のスプーンでかき混ぜ、大きなジャガイモをすくい取って食べた。
(やっぱ温かい食事ってありがたいよなぁ、電気に感謝だわ)
何せいろんなことが起こり過ぎて、早めの夕食を取ったのも影響してかやたら腹が減っていた。私がしばらく無心で食事をとっていると、視界にずっとジャドガラが付けた手錠が目に入り、それが地味に神経を逆なでしたが、努めて気を逸らして食事を堪能しようとした。
「ぁああっ!!?お~い楠森~!!」
一人静かに食事していたところに食堂中に響く馬鹿でかい声が聞こえ、私は思わず顔をしかめて舌打ちをした。
「お前も腹減ってたんだなぁ。…あっ小島さん、塩崎さん、こいつ楠森。俺のこと助けてくれたんだわ」
「あ~あの、魔神にデモンストレーションやらされてた。どうも~小島でぇす」
「あぁ…どうも、楠森です」
私達が挨拶を交わす間、なぜか保護者の様な顔でうんうんと満足げにうなずく吉永のその顔面に、パンチを喰らわせたい衝動を何とか我慢しながら、私は小さく頭を下げた。傍らの塩崎メイは無表情のままこちらを見下ろすままで挨拶せず、そのどこか相手を品定めする冷めた視線にとっさに私は反感を覚えた。
「なぁっ、ここって凄いよな。3人で話してたんだけど、コンビニのスイーツとかまであるなんて…」
吉永が明るい瞳で嬉しそうに更に話を続けようとした、その時。
「ーーーあ。君等って確か小島さんと、塩崎さんだったよね」
涼やかな声と共に吉永達の向こうから、秋月晃太朗と夏目優斗が爽やかに笑いながら近づいて来た。
「ぇっ…ぇえ~!?うちらの名前覚えてくれてたの!?」
途端に小島沙恵は顔を明らかに赤らめながら大げさに反応し、秋月は笑みを深くしてうなずいた。
「当たり前じゃん、俺等同世代だろ。ねぇ、俺等4人でちょっとあっちで話さない?」
小島さんと塩崎は顔を見合わせた。二人が交わした視線には“否”という選択などないことは明らかだった。
「―――吉永君、ちょっとうちら二人と喋って来るわ。また後でねっ!」
「え?…ああ、うん-…」
「行こ行こ!メイちゃん」
「うん」
4人が去っていく光景はまるできらびやかな明かりが遠のいていくようで、残された私達はさしずめ暗い豆電球かろうそくか、といった感じだった。
「…チッ!こっちは見向きもしねぇってか」
塩崎といい秋月達といい、ああいう輩は虫酸が走る。私は秋月達を見送る、取り残された感満載の吉永の背中を見て声を掛けた。
「…吉永」
吉永はボリボリと頭をかいて、はぁ~っと大きくため息を吐くと私に向き直った。
「いやぁ~小島さんってば、一気に女の子モードにになっちまったなぁ~…」
知らねぇよ、と思いながら私は答えた。
「私は一人で食事したいんで、あんたはどっか行って」
「はぁああ!?この状況で普通言いますそれぇ!?お前は血も涙もない冷血漢ですかっ!」
私は思い切り顔をしかめ、不快感を露わにした。
「あんたうるさいから、一緒に食事したくないんだよ」
吉永はため息をつき、大げさにうなだれた。
「そぉだよなぁ~、そういう奴だわお前って――…」
そこでいきなり吉永はバッと顔を上げると、私の正面の椅子を引いてそこにどっかりと腰かけた。片手に持っていたビニール袋を机の上に置いた吉永は、私を見てニヤリと笑った。
「…でもそんな事でこの俺がめげるような奴じゃないって事も、お前ならもう知ってるよなあ?」
私はこれ以上ないぐらい顔をしかめ、恨みのこもった眼で吉永を睨んだ。
「…あんなイケメンにすぐシッポ簡単に振るような女、こっちに紹介すんじゃねぇよ馬鹿」
吉永は、ふふーんっ!と得意げに腕を組んだ。
「でないとお前、絶対ああいう人種をす~ぐシャットアウトするだろ。緩衝材が必要なの。何でもかんでも、敵味方にすぐ分ければいいってもんじゃないんですぅ~」
吉永は言いながらビニール袋からカレーパンを取り出して袋を破り、ホカホカに温まったそれにガブリと食いついた。
「…イケメン2人に、あっさりと負けたくせに」
吉永はもぐもぐとカレーパンを頬張りながら、渋い顔でこっちを見た。
「仕方ないだろ。俺としてはお前も小島さん達も含めて、皆で力を合わせてこの試練を乗り越えられたら、って思ったんだけど―――…秋月達は、どうやらそんな事眼中に無いみたいだよなぁ…」
私は吉永のあまりの人の好さに呆れ―――そして、吉永が下心から小島さん達に声を掛けたのではなかったことに気付き、意外に感じた。
「…そんなの当たり前じゃん。あのクソイケメンども、どう見たって自分達だけ助かれば良いっていうクチだろ」
「あ~まぁ、そうなんだろうけどな~…」
吉永は頬杖を突いてカレーパンを食べながら、面白くもなさそうにため息を吐いた。
「…せっかく生き残ったのにさぁ。なんで俺等、バラバラになってんだろうな」
私は一つ息を吐いて、正面からどくつもりの無さそうな吉永を気にしないことにして自分の食事を再開した。
「―――…」
吉永は音を立てて紙パックのジュースをすすると、無言で次のパンの袋を開けてそれにかぶりついた。
「こんな状況になって…みんなで助け合って全員生き残りましょうなんて、思うわけがない。―――…私だって、そんなことするつもりもないし」
「そりゃないって」
「…は?」
やけにはっきり言い切った吉永に、私は眉をひそめて聞き返した。
「お前はそんなことする奴じゃないよ、峰さん助けてあげてたじゃん。…あっ!!嫌々ながらついでに俺もな!」
言葉の最後に笑顔で親指をグッと突き上げて見せた吉永を、私は思わずまじまじと見返してしまった。
「―――…っ…」
(…何なんだ、こいつ…―ー)
馬鹿にもほどがあるだろ。
たったさっき知り合ったばかりのくせに、はっきり言って私はこいつに良い態度なんて、微塵も見せてもいないのに――ー…。
私は顔をしかめて吉永から顔を背け、食事にまい進するふりをした。
「…そうやっておだてたからって、何も変わらないから。っていうか、あんたってほんっとウザい」
吉永はパンを口一杯に頬張りながら、大げさに嘆いた。
「むっふぁあ~!やっふぁ駄目かあ!どーふれば冷え切っふぁお前のハートうぉ、ふぉかすことが出来んのかな~っ…」
ぁ~ああ!!と、芝居じみた態度で嘆く吉永に付き合う気にもなれず、むすっとした私は自身の食事だけに集中しながら、何だか良く分からない苛立ちを吉永に対して感じ始めていた。
(どうせ――…殺し合うことになるかもしれないのに…何でそんなアホ面でいられんだよ、馬鹿か!!)
心なんて絶対に開いてはいけないーーー…もし万が一そんな羽目になったら、自分の命が危うくなってしまうーーーーこの世は残酷だ。今までだってきっとこれからだって…それがこの世の真実なんだ。
「なぁ楠森」
私が自分で自分をそう戒めていると吉永が体ごとこちらに近づきながら声を掛けてきて、私は思わず吉永から体を遠ざけた。
「ちょっと、いきなり…」
「お前明日はどうすんだよ。するのか?“探検”!!」
「ーーー…は?」
満面笑顔の吉永の目が、子供のようにキラキラと輝いている。
「だってよぉ~、こんなでぇええっっかい建物、普通生きてる間に拝めることなんてないだろ!?これは探検だよ!探検するしかないだろ!?」
「――…あんた、頭でもイカレたの?」
吉永はわざとらしくチッチッチッと言いながら、人指し指を振った。
「これにはちゃあ~んと合理的な目的だって、しっかりあるんだぜ?俺等は強くならなきゃいけない、それにはさっき魔神にやらされたみたいに、モンスターと戦うことが必須だろ?でも一人じゃリスクが高くなるーーー…で!!誰か信用出来る奴と一緒ならピンチになっても助け合うことが出来るし、その分多くの時間を探索に費やせるだろ?」
生き生きと語る吉永の発言を聞いている内に、私の表情はまずい物でも食った様にどんどん苦み走ったものになっていくのが分かった。
(こ、こいつっ…言ってることがあながち間違ってないとこが、すっげぇームカつくっ…!!)
「だったらさ、俺や…後何人かでタッグ組んで“チーム”として探検しながら自分強化すんのが、一番効率いいんじゃね?俺とお前はそのぉ~…まぁもう、…とっ…友達?みたいなも…」
「友達なんかじゃないっ!!」
思わず力を込めて拒否った私に、吉永はあたふたと慌てて手を振った。
「あぁまあっ、今はそれで仕方ないよな、今は!ーーーんでも、俺の提案って良い案だろ?」
「――――…」
私は食べかけのハンバーガーを見つめ考え込んだ。
「…ヴァル、どうしよう」
声を掛けると、テーブルに落ちた私の腕の影から声が返って来た。
『確かに合理的な策ではあるな。だが、その組んだ相手が裏切らないという保証もない』
「俺は絶対そんなことしねぇって!まぁ万が一いざ相手が俺等をはめようとしても、俺ら二人で対抗すればいい事だろ?」
「―――…」
何でこいつと――…とは思いつつ、他の17人と比べたら吉永の呆れるほどの人の好さはもう嫌というほど分かってるし、こいつが誰かと組んで私を裏切るかもというリスクは、確かに皆無とは言えないだろうけど――…
「…分かった。でも組む相手は誰でも良いってわけじゃないから。特に近衛とか秋月達とか、あいつらは無理、信用出来ない」
吉永はその私の答えを聞いて、ぱぁあっと表情を輝かせた。
「ってことは交渉成立ってことで良いな!…ふふっ、俺に安心して背中預けろよな楠森」
「…私を裏切りでもしたら、あんたを八つ裂きにするからな」
「ちょっ、怖ぁあい!!?本気のトーンで言うなよお前~!」
もちろん本気だから言ったんだ。私はサラダを頬張りながら考えた。
(ある程度人数はいたほうがいいのか?少人数だと、強い魔物が現れた時対処出来ないかもしれないし――…)
考え込んだ私の視線は、自然と3人の厳つい背中へと向かっていた。
「ーーー…ねえ吉永、あの人達とはどう?」
「ん?」
私が指さした先にいる小林、相澤、井上の3人を見た吉永は、うっと息を詰めた。
「うぅ~ん…俺等なんか相手にされんのか?弱っちい奴等と組むなんて、態のいい足手まといかもだぞ…」
「まぁ確かに…でもなんか人としては、一本筋が通ってるんじゃないかとも実は思ったんだよね。少なくとも秋月達よりかは全然良いよ」
「ん゛ん~…」
頭をワシワシとかきながら吉永は少しの間逡巡し、そして覚悟を決めたようにうなずいた。
「…よしっ、そうだよな、断られたらそれまでの話だし。とにかく人数は多い方がいいもんな」
私は食事を中断すると、椅子を引いて立ち上がった。
「じゃあ、提案してみよう」
『薫、あの者達と組むつもりなのか』
私の足元からヴァルの声が聞こえた。
「あぁ、うん。ヴァルは反対?」
『―――…いや、今は厳しい人選は重要ではないだろう。…しかしあの、相澤とかいう男のダイモンがな…』
相澤が乗っていた、巨大なバイクに宿った気性の荒いダイモンが私の頭に浮かんだ。
「…まぁ、ね――…でも、私達人間間で戦闘するのは今はご法度でしょ。相澤本人の人間性を確認してからでも良いと思う」
『―――…他の人間の能力も、知っておきたいからな』
ヴァルは私にだけ聞こえる小声で呟き、私は小さくうなずいた。
「うん…相手が敵になるかもってことは、常に頭に置いとくから」
「楠森ぃ~置いてくぞ~」
「あぁ!」
私達は相澤の元へ向かた。
「―――…探索?」
「も、兼ねての能力強化っていうか…」
答えた私の声は、尻切れトンボの様に小さくなっていった。
さっきの豚の魔族もそうだったけど、厳つい男が3人も集まってこっちを見ている状況はプレッシャーが半端ない。
相澤は無表情のまま強い視線で私を見据え、それは小林や井上も同様で、誰か一人でも良いから愛想笑いぐらいしてくれと、私は内心悲鳴を上げた。
隣の吉永が話を引き継いだ。
「あの、神殿の探索だけが目的じゃなくって。神殿にどれくらい強力な魔物がいるのか、俺達には分かりませんよね。だからなるべく大人数で組んで、自分の能力強化のためにも神殿を探索するのはどうかって、思って…」
吉永の声は私同様少し緊張していた。相澤は私達から目を離すと、小林と井上にたずねた。
「どう思う?」
ツナギを着た日本犬に良く似た顔の男、小林真壱が口を開いた。
「…至極まっとうな提案だと思う。俺達も、それは必要じゃないかと話してたところなんだ」
小林も無表情で愛想が無いのは相澤と同じだけど、相澤よりは落ち着いて理性的な話し方で、威圧感が無いことに私は少しホッとした。
「…じゃあ―…」
「でもな」
私が言い掛けた時、ギターケースを背負い、黒の革ジャン姿で自己紹介していたソフトモヒカンの男、井上彰太が口を挟んだ。
「人数が多ければ良いってもんでもないだろ。能力には個人差がある。俺達が組みたいのは、実戦でビビらねぇ使える奴等だ」
「使える…」
「足手まといにならねぇ奴ってことだ」
きっぱりと言い切った井上に、私と吉永は思わず顔を見合わせた。
「…誰かに守ってもらうとか、戦闘はしたくないだとか思ってる奴じゃ、この先は生き延びられないしそういう足手まといは、はっきり言って迷惑だ。そんなシビアなレベルに君達が付いてこれるのかーーー…駄目なら、組むのはやめた方がいい」
話を引き取った小林が言った。
私は小林の話を聞きながら、歯噛みして思った。
(…出来てない。そんな覚悟、私は全然――…)
心のどこかでヴァルが頑張ってくれればいいと、姑息な私は思っている。小林達のように戦い抜いて強くなろうという強い意志や覚悟は、私の中に有るはずも無いことは確かだった。
私はうつむいて、小林達の視線から逃れた。
「ーーー…そうですか。…すいません、私にはそこまでの覚悟は…まだありません」
「楠森!?」
私は吉永を振り返った。
「相澤さん達は、強い覚悟を共有出来る人と組みたいって言ってる。…私はまだ、そこまでの覚悟は出来てないって、言われて自分で思った…」
「――…まぁ、まだここに来て一日も経ってないんだ、それが当然の事だとは思う。まだ君は高校生だろう」
小林が落ち着いた声でそうフォローしてくれて、てっきり覚悟の無いことを侮られるとでも思っていた私は、意外な思いで小林を見返した。
「…もし俺達と組んだとしても、君のフォローや助けはきっと出来ない。そういう意味でも、俺達と組むのをやめたのは賢明な判断だと思う」
(…この人、良い人だ――…)
私を見つめる小林の瞳には余分な同情や哀れみなど一切無く、ただ真摯にアドバイスしてくれていることが、その静かな瞳や声音からうかがい知ることが出来た。
きっとこの男は、私が死んだとしても悲しむことも無いだろう。でも――…関係の無い他人の死を自分に酔った涙で飾ったり心無い哀れみを示すことも無く、はるかに真摯にその死を悼んでくれる―――そんな人間な気がする。
私の中に、小林真壱という男に対する興味が小さく芽生えた。
「…そうですね。小林さんの言う通りだと思います。…吉永、あんたはどうするの」
突然返答をふられた吉永は慌てて言った。
「えっ!?いや、俺はその―――…はあぁ~…俺も小林さんの言う通り、まだそこまでの覚悟は正直で来てないっす…」
「これから部屋に帰って一人になったら改めてゆっくり考えて、自分に出来る範囲から行動を起こせばいい」
小林に言われ、私達は何となく情けない視線を交わし合うと、二人で相澤達にお辞儀をした。
「話を聞いてくれて、ありがとうございました。今日はこれで失礼します」
「…皆さん頑張ってください。ぜってぇ生き残りましょうね!!」
拳を握った吉永が勢い込んで言うと、
「お前も頑張れよ」
「お互い頑張ろう」
井上が初めて笑顔を見せて言い、小林も柔らかい表情で応じた。
「…はぁあ~初っぱなから失敗かぁ~」
「…まぁあの3人とは、覚悟のレベルが違いすぎだろ…」
溜息交じりに答えた私の視界をその時全身黒ずくめの女性が横切り、私は意識するより先に声を上げていた。
「あっ、とーー…ほ、本田さん…!」
食事を終え、トレイを持って移動していた本田栞梨が振り向いた。
太い黒ぶちメガネをかけたその表情は鉄面皮と形容してもいい程の見事なまでの無表情で、声を掛けた私の方が思わず言葉に詰まってしまった。
「…あ。本田さん!ちょっと話良いかな」
言葉を続けられずにいた私をかばってか、隣の吉永が明るく声を掛けた。
「―――これを片付けてきます。その後で良いですか?」
「うんうん、全然良いよ。ありがとう」
本田さんは背を向けて去っていった。
「楠森、本田さんを誘うんだな?」
「あ、うん。ちょうど目に入ったから…」
「お、来た」
吉永は、こちらにやって来た本田さんに笑顔で手を振った。
「―――探索、ですか」
「そう。なるべく人数増やして、能力強化も兼ねて探索すれば色々効率良いかもなって、二人で話してさ」
人懐っこい犬の様に、親しみ全開で吉永は答えた。しかしそのフレンドリーMAXな吉永を前にしても本田さんの無表情は微塵も崩れず、本田さんは顎に手を当て気難しい学者の様にしばし考え込んだ。
(…なんか、私と同じ地味キャラだって勝手に思い込んでたけど、本田さんって実はかなりアクの強いキャラなのかも…)
本田さんは顔を上げた。
「―――…確かに、一理ありますね」
「んでしょ!?俺等は人間同士戦闘することはほぼ禁止されてるし、与えられた猶予は2週間。その間になるべく自分の力を強化すべきだし、神殿の構造を知っておけば何かの役に立つはず―――あ、それとも本田さん、もう誰かと組む予定ありとか?」
本田さんは首を振った。
「今日起きた事柄で頭が一杯で。正直…この先のことを他の人達と協力して対応することまで、考えが至ってなかったです」
私は吉永と顔を見合わせた。
「…じゃあ、俺等と探索しても良いってこと?」
本田さんは私と吉永を見比べ頷いた。
「ええ。よろしくお願いします」
吉永は思い切り笑顔になって何度もうなずいた。
「やったあ!まあ、さ。これから先もしかしてお互い戦い合わなきゃかもしんないけど―…」
吉永のその言葉にドキリとする。
(…こいつ、やっぱりその可能性分かってて…)
「…それでもさ、なるべく偏見無しで俺は他の人達と協力し合ってきたいんだよね」
吉永はそう言って照れたように頭をかいて笑い、その無垢な少年のような笑顔の吉永を見た私は、なぜか胸を突かれる思いがした。
「ーーー…萌ゆる」
「え?も…」
私は今さっき確かに聞こえたはずの場違いな本田さんの呟きに、思わず問い質そうとした。
「いえなにも。じゃあ明日の朝食後に、食堂で落ち合うのはどうですか」
「あぁ…でも時間がなぁ―ー…」
私はこの世界に地球と同じ時間が果たして通用するのか分からず、本田さんのその提案に躊躇した。
「…私もさっき知らされたんですが―――…ほら、あの時計」
本田さんは言いながら斜め後ろを指した。振り返ると、壁の上の方に四角いメタルフレームの時計が掛かっていて、時計は針を刻み今は0時51分を指していた。
「私についたシフと言うゴーストに聞いたら、どうやらこの異世界も地球と同様に一日24時間で、しかも私達の世界と現在時刻も同じなんです」
「「えぇ~~っ!!」」
私と吉永の声が重なった。
「そっ、そうなのか!全然気付かなかった!」
「私も、時間まで同じとは…。――あ、じゃあ割り当てられた部屋の時計を使えばいいのか」
本田さんはメガネのブリッジを押し上げ頷いた。
「八時半頃はどうですか?朝食をそれまでに済まして」
吉永を見て了解の合図を伝えると、頷いて笑顔を見せた。
「んじゃそれで。やー良かった、本田さんが一緒になってくれて。他にも声掛けして、チーム組めないか提案してみようぜ」
私達は、お辞儀をして自室に戻る本田さんの背中を見送った。
「…やっぱ3人は少ないよな」
私が言うと、吉永はあごに手を当て思案顔になった。
「う~ん…後2人ぐらいは一緒に行ってもらいたいよなぁ…」
「――…あ。そう言えば海藤さんがいた」
「海藤さん?」
「うん。あのブタの魔族のコック達がいたキッチンに来て、家がビストロやってるから調理機器の操作方法を魔族に教えてやれるって…まだいるかな」
「海藤海藤――…ああ!あの普通な感じの男子大学生の…」
「ん?…ああ、多分そうかも」
「まだキッチンにいるかな」
「行ってみよう」