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第十三話


 「すみません!!少しいいですか!」


 その時一人の男性が大声を上げ、周囲の人間に向かって呼び掛けた。

 年齢は40代前半。日に焼けた肌に、切れ長の目にスタイリッシュな眼鏡をかけた真面目そうな顔立ち。暗い紺色のスーツをきっちりと着こなし、黒い革靴に、糊のきいた白シャツに紺のストライプ柄のネクタイ。

 どこをとっても隙が無く、あまり“情”というものを感じさせない鋭い雰囲気の男は、自分を振り返った人達を見返しながら朗々とした声で続けた。

 「ここにいる全員で集まって、自己紹介をし合いませんか?これから二週間の間、お互いの顔と名前が分かっていたほうがいいと思うので」

 私がどうしようかと思っていたその時。

 「おいっ、楠森っ!」

 うげっ…何だよと思いながら振り向くと、吉永が私に向かって手を振りながら別の色の餓鬼を伴って近づいて来た。

 「お前まさか、行かないつもりじゃないだろ?行こうぜ、一緒にほらっ」

 『どうする?薫』

 「…一応、行ってみよう。うるさいなっ、今行くって!」

 手でも引いて行きそうな勢いの吉永に、一々馴れ馴れしくすんじゃねえよと反発しつつ、私は男の提案を拒否する理由も無いと思い吉永に続いて男の元へと歩いて行った。


 最初に呼び掛けた男の元には、19人全員が集まった。何となく輪になって、今はお互いがお互いをうかがっているところだ。

 「集まってくれて、ありがとうございます。まず私から――…私は、刑部慶人おさかべのりと。年齢は42歳、弁護士をしています」

 刑部が真っ先に口火を切った。そして間近にいた、大柄の太った男性を振り返って言った。

 「では…次はあなたの番でいいですか?」

 男は眠そうな熊のようなどこかのんびりとした雰囲気の大男で、刑部に指名されるとあ、俺?といった感じで自分で自分を指さした。

 「あ~…俺は牛原太一、31歳。農家をやってぇ…というか、“やってました”か」

 牛原は190はありそうなむっちりとした体格に、上下黒のスポーツウェアに長靴姿で、黒くて硬そうな短髪をかきながらそう自己紹介した。

 「では、牛原さんの左の方――…」

 「ん。俺は井上彰大しょうた、22歳。見ての通りバンドマンっす」

 ぶっきらぼうとも取れる声で言ったのは、黒髪のソフトモヒカンに耳には黒いピアスを付け、純和製なあまり愛想のない肝の据わった顔立ちの男だった。

 170後半の体格に黒革の革ジャンの下に黒シャツ、藍色のダメージジーンズに黒のスニーカーという、いかにもメタル系の音楽をやっていそうな出立ちで、背中には黒いギターを斜め掛けに背負っていた。

 「何かかっけぇな、あの人」

 吉永が小さな声で感嘆した。確かに、他とは一線を画すような雰囲気を井上と名乗った男からは感じる。

 「ではそのまま、左回りの順番でよろしくお願いします」

 刑部がそう言って次をうながした

 井上の左隣には30代に見える女性が立ち、その女性はさらに左にいた女性と顔を見合わせやがて口を開いた。

 「私は―――…東豊美子ふみこです。その…陶芸家をやってます」

 耳下までのこげ茶の短髪をサイドに分け、どこか端然とした雰囲気のすっきりとした顔立ち。スポーツ系の茶のダウンコートにモスグリーンのニットにジーパン、足元は灰色のスニーカー姿の東さんの肩にその時、ひょっこりと小さな何かが顔をのぞかせた。

 全身が粘土で出来た薄い黄褐色の2頭身の人型人形が、両手を東さんの肩に置きながら興味深そうに私達人間を見回していた。

 「…ヴァル、あれって…」

 『うむ。奴もダイモンを操るタイプのようだな』

 私達は小声で会話した。

 「あの―――…私は、綾部遼子です。秘書を、やっていました…」

 東さんの左隣にいた綾部と名乗った女性は、そう言って頭を下げた。

 年齢は20代後半。長く美しい黒髪がさらりと流れ、顔を上げた彼女は華やかな美人だった。黒のスーツジャケットにパンツ、中には白いシャツを着て足元は黒のヒール。綾部さんは、立っているだけでピンと伸びた背筋が綺麗な美女だった。

 何となく私の右隣の吉永を見てみると、案の定デレェ~っとだらしない顔をして綾部さんを見ていた。

 綾部さんは自己紹介を済ますと、自分の左隣の人物に目をやった。そこには私よりいくらか年下に見える、詰襟の男子学生が立っていた。

 体格は小柄で細い。おしゃれとは程遠いメガネに地味な顔立ち。綾部さんに見つめられ、目に見えて動揺したその少年は、顔を背けて自分を落ち着かせるようにメガネを押し上げると早口でしゃべり出した。

 「あの僕、広末賢治です。中学3年の15歳ですっ…――」

 その時私の傍らから、人を小馬鹿にするような嫌な笑い声が響いた。

 振り向くと私の左側2メートルくらい先に紺色のブレザー姿の男子学生が二人、先程自己紹介した広末の方を見ながら何か言い合い笑っている。

 (…“松本”だ)

 ここにもいた―――…ゴキブリやドブネズミの様に、どこにでもいる人種。自分より劣った人間を見ると、マウント取って馬鹿にしなきゃ気の済まない、スクールカースト上位のクソ下劣野郎どもが。

 「―――…ヴァル」

 『何だ、薫』

 「あそこで今笑ってる二人の男…あいつら敵だから、一切容赦しなくていいから」

 ヴァルは私の視線をたどり二人を見ると、獲物を標的に定めた獣のように金色の目を細めた。

 『―――分かった、あれはお前の敵なのだな』

 聞こえたヴァルの声には、嗜虐的な笑みががこもっていた。

 広末は手で次どうぞ、といった感じで左隣の男に次を譲り、男が自己紹介を始めた。

 「私は大嶺寿和おおみねとしかずです。会社を経営して――…います」

 年齢は50代くらい。がっしりとした筋肉質な体格に、グレーの三つ揃えのスーツを着込んでいる。表情は厳しく頑固そうな顔立ちは、人を寄せ付けない雰囲気があった。

 「…あたしはぁ、塩崎メイです。一応中学生です」

 大嶺の左隣にいた小柄な少女が口を開いた。

 カラフルな色のパーカーに原色ピンクのミニスカート。スニーカーから靴下まですべてがカラフルで、まるで体に悪そうな外国のお菓子のようだ。パーカーの前ポケットからはスマホのストラップなのか、これまた色とりどりの小さなマスコットやアクセサリーがじゃらじゃらとはみ出している。

 色白で、明るい茶色に染めた長髪をツインテールにして化粧もばっちりしている。眠たげな、どこか冷めた目が印象的な少女だった。

 「―――小林真壱、25歳。整備士やってました」

 次に自己紹介したのは、青灰色のつなぎを着た20代半ばくらいの男だった。

 身長は170前半の中肉中背、黒い短髪に日本犬を思わせる渋い顔立ち。態度も至極丁寧で一見真面目そうに見えるが、なんだか落ち着き過ぎというか――…何物にも動じないその態度が逆に肝が据わり過ぎな感じがして、本人から妙な威圧感を醸し出している。

 (…まさか、出所して更生した系の人じゃないよな…)

 私がそう危惧する間に、小林は次の人を目顔でうながした。

 「あ、俺、海藤勇志かいとうたけしです。あ~アルバイトしてました」

 歳は20代前半。まさしく今時の若者といった感じの、“普通”としか形容できない中肉中背の男は挨拶をすると、ひょこっと頭を下げた。

 「――ー私は、本田栞梨しおりです。専門学校生です」

 海藤の左隣の女性が次に自己紹介した。

 全身が、とにかく黒い。

 黒のTシャツに黒のパーカー、同色のロングスカートにスニーカー。黒ぶちメガネに長い黒髪を後ろに一つに縛った本田さんは、自己紹介後そのまま無表情に黙り込んだ。

 その本田さんの左隣にいた少女が本田さんを見て、え?もういいの?といった感じで慌てた様子になって口を開いた。

 「あっ、あたし小島沙恵っていいまぁす。16歳、女子高生でーす」

 明るく染めた茶髪はゆるくカールし、カラコンに今流行りの化粧をばっちり決めた彼女は明るくおどけた口調で自己紹介をした。

 アイボリーのファーコートに、下は灰色のニットカーディガンを羽織ったセーラー服。ミニのプリーツスカートからのぞいた生足が見るからに寒そうで、よくこんな華奢な子が生き残ったもんだと私は逆に感心してしまった。

 (何か、吉永と気が合いそう…)

 小島さんがうながした次の人物を見て、私はあっと息を呑んだ。

 「俺は相澤鉄生…会社員だった。よろしく」

 『あの時のバイク男だな、薫』

 「うん…背ぇ高いな」

 とにかく押し出しが強い。

 荒くノミで彫ったような武骨で厳つい顔はニコリともしない。ガタイも他の男と比べてマッチョなうえに上背もあり、そこに上下黒の革ジャンにパンツに黒革のブーツ姿なもんだから、まるでどこぞの未来から来た暗殺ロボットみたいだ。

 相澤の左隣にいた女性が、自分の番だと確認すると一同を見て口を開いた。

 「西岡玲奈です。大学生でした」

 年齢は20歳前後。切れ長の目に、小麦色の肌の整った目鼻立ちは気の強さを感じる。ウェーブのかかった肩下までの濃い栗色に染めた髪に、モデルのようにすらっとした細めの体形。

 トレンチコートの下は黒のニットワンピに、足元は膝丈の茶色のロングブーツ。腕を組んで立つ姿は、女だてらに他の者を寄せ付けない雰囲気を醸し出し、何とも様になっている。

 「んじゃ、次俺ね」

 どことなくカッコつけたような、気障な笑いを含んだ声の男子高校生が次の番だった。

 サイドに流したこげ茶の今風の髪形。日本人離れした彫りの深い繊細な目鼻立ちに背も高く、学校ではさぞや華やかに注目を浴びていたに違いない。

 紺色のブレザーにの下には白シャツと紺色のベストを着、水色のストライプのネクタイにタックの入った灰色のパンツに、靴は黒のローファー。男は薄ら笑いに見える笑みを浮かべながら、堂々と話し出した。

 「俺は秋月晃太郎。付属私立の3年です、皆さんよろしく」

 秋月はそう言ってぺこりと頭を下げると、左隣にの男に向かってアゴでん、といった感じで次をうながした。そこには秋月より少し背の低い同じ制服の男がいた。

 「俺は夏目優斗まさと。隣のこいつとは同級生です、よろしく」

 秋月が華やかな“陽”であるのに対し、夏目と名乗った男は“陰”といったタイプに見えた。

 サイドに分けた、真っすぐで艶やかな耳下の長さの青みがかった黒髪に、秋月と違い大人びて理知的な整った目鼻立ち。しかしその切れ長の二重の目はどこか薄情な感じで冷たく、悪だくみをたくらむ白狐の様に油断ならない陰険さを帯びていた。

 「うへぇ~、二人とも俺とはあんま縁の無さそうなタイプだなぁ…」

 私の左隣にいる吉永が、小声でそう呟くのが聞こえた。

 夏目が吉永を見て無言で次をうながし、吉永がそれに答えて愛想良く笑ったのを、当の夏目は軽く無視して顔を秋月に向けた姿を見て私は顔をしかめた。

 (けっ…!嫌な奴っ…)

 吉永は気にした様子も見せず他の人に向き直ると、元気よく自己紹介をした。 

 「あ~っと、俺は吉永淳一です!高校一年です。皆さん…無事でほんと良かったです、よろしくお願いしまっす!」

 吉永は勢いよくきっちりとお辞儀をし、頭を上げると明るい目で笑いながら私の方を見た。

 「私は…楠森薫です。よろしく」

 極力目立たないよう願いながらそう自己紹介し、そのまま右隣の峰さんに視線を送った。うなずいた峰さんは、少し緊張した様子で自己紹介した。

 「私は、峰千里です…OLをしていました。皆さん、よろしく…」

 峰さんはそう言ってお辞儀をした。

 次で最後の人か―――と、峰さんの右隣をのぞいた私は思わずギョッとした。

 何だか…精神的に病んだような、犯罪者予備軍のような黒い雰囲気を全身から漂わせた男が、顔をうつむけて猫背で立っている。

 男はパサついて乱れた肩までの金髪の頭を上げ、笑みを浮かべたままの表情で口を開いた。

 「…俺は近衛陽平―――…いいかお前等、俺を怒らせねぇほうがいいからな、良く覚えとけ」

 (はぁ!?いきなり何言ってんだ、こいつ)

 19人の間に、一気に緊迫した空気が流れた。

 男は黒いミリタリージャケットに、インナーには灰色のVネックTシャツ。黒のカーゴパンツに黒革のロングブーツ。首や耳や両手にも、シルバーアクセをいくつも着けている。顔は地味であまり印象に残らないが、その代わりに歯並びの悪さや目の下の濃いクマが嫌に目立った。

 近衛は私達の反応を見て、どこか脱力した気味の悪い笑みを深くしてさらに続けた。

 「俺さあ、今気分良いんだよね。だってさぁ~こんなにブッ殺しても、誰にも何にも言われないんだぜ!?すっっげぇえ~~良い気分なんだけどっ!!最っっ高だと思わねえっ!?」

 近衛は狂った様に笑い出した。隣の峰さんがじりじりと近衛から距離を取って私に近づき、私は峰さんの腕を引いてその体を背後に隠した。

 「…ヴァル、あいつ警戒して」

 『――分かっている』

 私の影が揺らめき、いつでも攻撃可能な状態になった。

 近衛は周りがドン引きしているのも構わずはぁあ~と大きく息を吐くと、急に元の鬱々したテンションに戻って言った。

 「…とまぁ、俺こんな感じなんで。ほんと、イラつかせるのやめてね」

 近衛は言うだけ言って18人の輪に背を向けると、ブラブラと歩き去ってしまった。後に残された私達の間には、何とも言えない空気が流れた。

 「…出たよ、サイコ系語ってる奴。要するに、ただのコミュ障な社会底辺のクズってだけだろ?」

 「――でも、奴を殺したら俺等も違反で失格だ。自重したほうがいい、コウ」

 秋月に答えた夏目が言ったのを聞いて、あいつ等が餓鬼からもう情報を引き出していたことに密かに驚いた。

 (あいつ等…、見た目に騙されて舐めてかかると、こっちが痛い目見そうだな。気を付けないと…)

 「真っ先にお亡くなりになるのを、願うばかりだな」

 夏目が目を眇めて言った。

 「…では―――…これで19人全員ですね。これから正直どうなるかは分かりませんが、お互い精一杯全力を尽くしましょう。お時間を頂き、ありがとうございました」

 初めに全員集まって自己紹介することを提案した刑部がそう言い、本当に自己紹介だけでお開きになるようだった。最後の近衛はともかくとして、こっちも大まかな顔と性格は把握出来たので、今はこれで良しとしよう。私は肩に乗ったヴァルを振り返り、話し掛けた。

 「…ヴァル。どう思った?」

 『うむ…若い人間が多いな』

 「あぁ…そうだね、結構同世代が多いかも」

 『最後の奴は、要注意だな。いかにもキレるのが早そうだ』

 「ね。関わり合いになりたくないな…」

 この内の誰がどんな能力を使うのか――ーなるべく早く似見極めたほうが有利になるに違いない。でも同世代からと言って、誰とでも仲良くなれそうな気はしない。特に無理そうだと思ったのは、秋月と夏目、西岡さんもどうかな―――…ああいう派手なグループの人間は、こっちを下に見て部下かパシリみたいに扱うかもしれないし。 

 「なあ楠森!同じくらいの奴等と話し合わねぇ?何か協力し合えるかも」

 (まぁこいつは…人畜無害も良いとこだな)

 私はなるべく何気ない風を装って、なぜか喜色満面の吉永に質問してみた。

 「私の能力は影だけど――…あんたはどんな能力なの、吉永」

 吉永はえ?という表情をして、それから納得したようで何の気負いも無く答えた。

 「ああ、俺は敵から生命力みたいなのを奪うみたいなんだ。手をかざしたら、敵の怪物から蛍色の光がこっちに吸収されてさ、そしたら相手は塵と化してっちまうの」

 吉永はのんきな表情で自分の手を見つめながら、そう答えた。

 (なっ…何それ、結構厄介な能力じゃんか…)

 『何と…実に厄介そうではないか…』

 ヴァルが固い声でそう呟いたのが聞こえた。私は内心相当ショックを受けたが、それを極力顔に出さないように努めた。

 「へ、へぇ…凄い能力なんだね。顔に似合わず…」

 「へへっ。俺の事、ただチャラいだけのヨワ男だと思ってただろ~楠森。ところが実はそうでもないんだなぁ~」

 吉永は得意げに鼻の下をこすった。

 (確かに、あんたは絶対ただのモブキャラだと思ってたよ…)

 こいつも要注意人物だ、と私は吉永の認識を改めた。

 「――で、行くんだろ?楠森」

 私はしばらく考え、首を横に振った。

 「私は―――…今はいい。行くんなら、別に私なんか一々誘わないで自分一人で行けばいいだろ」

 吉永はぶうたれた顔になって腕を組んだ。

 「何だよぉ~お前実は人見知りっ子だな?友達は多い方が何かと心強いぞ?」

 それは確かに今の状況じゃ、一理あるけど―――…それよりも今はこの神殿の内部構造や、色々細かそうなルールを餓鬼から聞いておきたい。私は再度首を振った。

 「いい、あんた一人で行きなって。…あ、でも親しくなった人の情報とか、後で聞かせてもらうかも。その時はよろしく」

 「分かったよ。んじゃ俺行くからな、いいんだな!?」

 「あーはいはい、いってらっしゃい」

 「また後で会いに行くからな、気を付けて行けよ楠森!」

 あーもうるっさいなあ、お前はオカンか!と思いつつ、しかめ面の私は一つうなずいて手を振った。吉永が走っていくのを見送ると、私は背後を振り返った。

 「…じゃあスラー、私の部屋に案内してもらえる?」

 『かしこまりましてぇ…こちらへどうぞ~』

 スラーはゆらりと動くと、宙を移動し始めた。それに後ろから付いて行きながら辺りをうかがうと、自己紹介を済ませたせいだろう、より細かいグループが出来つつあるようだった。

 (刑部は一番年上の大嶺さんと…うわ、小林と相澤が話してる…―――綾部さんは東さんと、か…)

 スラーが人の輪を離れて向かった先は、先程大量の魔物があふれてきたネズミが作ったような出入り口の穴だった。

 魔神が出入りした豪華な扉に比べたらまさにネズミサイズの大きさだが、近づくとその高さは数メートル、横幅も3メートル以上はある代物で、人間の私からすれば十分な大きさだった。

 スラーは分厚い壁を貫通している穴を通り抜けると左へ曲がり、私は続いて壁を通り抜けるとその先にある光景に息を呑んだ。

 「お、大きい…」

 天井の高さは200mは優に超えている。何もかもが魔神に合わせて作られているようで、本当に巨人の国にでも迷い込んでしまったかのようだ。

 部屋から出た先は左右に伸びる巨大な廊下となっていて、先程までいた部屋よりも薄暗い。

 赤味の強い大理石の壁のあちこちに金の装飾が施され、床も質感の異なる赤茶色の石が、タイルとなって装飾模様を構成している。どうやらこの神殿の主は赤と金色が好みのようで、けばけばしい色合いではないが、こうも同じトーンの色ばかりだと落ち着かない気分になってくる。

 私はあちこちを見渡して、一々感心したりしながらスラーの後について廊下を歩いた。

 「ヴァル…窓がある。あそこから外見れないかな」

 向かいの壁の上方20mほどの所に、大きな木枠の窓があった。私がいる場所から見えるのは、黒に近い緑の闇ばかりで外に何があるのか今は何も分からない。

 『また後で確認してみよう…それよりも薫、向こうを見てみろ』

 左肩のヴァルが、廊下の隅の暗がりを指した。

 「え?―――…ッ!!魔物…」

 大群をなして私達に襲い掛かってきたあの時の魔物が数匹、廊下の隅にかたまって、猫の様に光る眼でこちらをうかがっている。途端に私の全身を包むようにヴァルの影が黒い粒子となって広がり、床に落ちていた私の影が揺らぎ始めた。

 『あいつ等がいつ何時、襲い掛かって来るやもしれん。我はお前の影と同化して、周囲を警戒する』

 「…うん、お願い」

 チビ獣人姿のヴァルの体が、粒子となって風に吹かれるように音も無く消えた。改めて周囲を見渡してみると魔物達がそこかしこにいて、皆一様に私の方を見ていた。

 「…スラー。あの魔物は、この神殿に住み着いてるの?」

 スラーは顔だけこちらに向けて答えた。

 『はい…あれはまぁ、家に住み着く羽虫のようなものでぇ…ご主人様の配下の下級魔族にとっては、良い食料でもありますので、そのまま放置している次第であります…』

 (羽虫って―――…2、3メートルくらいあるのもいるけど…)

 「あの魔物が、私達を襲ってもいいの?つまり…私達がもしそれで死んでも…」

 スラーは束の間黙った。

 『あの程度のものに殺されるようならば…ご主人様は、その者をお認めにはならないでしょう…』

 「つまりは――…魔物は襲ってくるってこと?」

 『ワタクシめと一緒の時は大丈夫です…しかし、クスモリ様がおひとりで、それとも誰かとご一緒にこの神殿を散策などなさる場合は…ご注意したほうがよろしいかとぉ…』

 私の口から盛大なため息がついて出た。

 「そうなんだ…で?あんたはいつ私の元に現れるの?ほら、何か聞きたい時とか用がある場合は…」

 『不便とは存じますがぁ、ワタクシめはクスモリ様のお部屋に常駐するよう言いつかっておりますのでぇ…ですので御用の際は、そちらで呼んでいただければと思いますぅ…』

 「ふ~ん…じゃあ食事は?そっちで支給してくれるの?」

 『はい…毎日3回、皆様専用の食堂にて食事をご用意していますぅ…そこに来ていただければと…』

 「そこへは案内してくれるの?」

 『お部屋へご案内後、そちらへも当然、案内させていただきますぅ…』

 左右にそびえる金の扉をいくつか過ぎ、馬鹿でかい廊下を進むと十字路に出た。十字路の先はどこまでも続き、一体この神殿がどれ程の広さなのか想像もつかなかった。

 スーラは十字路をフラフラと真っすぐに進み、私も後に続いた。

 「ねぇ…ここには、何体くらいの魔族がいるの?」

 今にもどこかから巨大な魔族が現れそうで、内心ビビっていた私はあちこちに目をやりながら質問した。

 『アシャ・ワヒスタ様は…魔神様方の中でも上位に属される、尊い方でございますからぁ…約数千体ほどの配下の方は、当然いらっしゃると存じますぅ…』

 「そ、そうなんだ――…」

 (数千体!?まじかっ…)

 そんな存在に逆らいでもしたら、一瞬で血祭決定だろう。

 (これは逃亡するっていう線も、どこまで実現可能か分かんないな…)

 私は知らされた事実に大いに不安を覚えた。するとフヨフヨと前を進んでいたスラーが止まり、左側の扉を指した。

 『この扉を開いて、入ってください…』

 そこには今までのネズミの穴然とした出入り口と違い、きちんと装飾を施した、どう見ても人間サイズの人工的な黒い木の扉があった。

 『ここには私のような召使い以外、魔物や魔族は侵入禁止となっておりますぅ…つまり、皆様人間専用の区域と指定されております…』

 扉には取っ手型の金属ノブが付いていて、私はそれを引っ張った。

 「…あれ?何で開かない…」

 次に押してみても、扉はびくともしなかった。

 『クスモリ様…それは、左右に開閉する扉でございますので…』

 「――ッ!!あ、そうなんだっ」

 私が左へ向かって力を込めると、扉は難なく開いた。

 中へ入った私は目を見開いた。

 地味な扉とは対照的に、中は意外なほど広々としている。

 明るい薄黄色の光が、結晶を散らした大きなシャンデリアから放たれている。ドーム状の部屋の広さは20メートル四方あり、どこもかしこも押し出しの強いきらびやかな神殿と違い、ここは木材を基調とした落ち着いた造りになっていた。

 「まるで中世のお屋敷みたいだな…」

 明らかな西洋建築の造りに、私はここが異世界であることすら一瞬忘れそうになった。

 木の寄せ木細工の床と茶色の艶やかな木柱に、壁の半ばの高さまで覆われた木の飾り板――――漆喰の壁は薄い紅色で、目を刺激するほどのものじゃない。

 ドーム左右とまっすぐ奥に向かって3方向に廊下が伸び、スラーは私の横を通り過ぎると振り返り、右側の廊下を示した。

 『こちらが、女性専用の部屋となっております。…ちなみに、先程おっしゃられた食堂はぁ、この奥の廊下の先にございますです…』

 スラーがそう言いながら示したのは、真っすぐ奥に伸びた廊下だった。

 「そう…分かった」

 『お部屋にご案内させていただきます…』

 スラーは右の廊下を進み、私も後に続いた。

 廊下の幅は2メートル以上はある。木の扉が互い違いに左右それぞれに5つ存在した。スラーは左側の手前から奥へ向かって3つ目の扉の前で止まり、私を振り返った。

 『ここでございます、クスモリ様…』

 「えっと…ここって個室?それとも相部屋?」

 『部屋は2人部屋となっておりますがぁ…今回、試験を乗り越えた女性は10人以下でございますので…この部屋には、今回はクスモリ様だけのものとなっております…』

 「…鍵は、付いてないの?」

 『申し訳ございませんが…付いてはおりませんです、はい…』

 まぁしょうがないか…何か扉を塞ぐものでも置いとくか。

 私は少し緊張しつつ、木で出来た取っ手を掴んで左へスライドさせた。


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