第十一話
魔神の叫びと同時に、テーブルの上にいた人間達の体がいきなり黄金の炎に包まれた。辺りは悲鳴や怒号が飛び交い、暴れて何とか炎を払おうとする者もいた。
「…ッ!!」
私もまた全身を炎に包まれ、黒紫の魔族にやられた時のことがフラッシュバックして、パニックを起こしかけ―――けどすぐに異変に気付いた。
「全然熱くない…あの中級魔族と同じ―ー…ぅわあっ!!?」
私の全身を包んだ黄金の炎が一気に燃え盛ると、体がテーブルの上を離れブワッと宙に浮いた。
「わ、わわっ…ヴァルっ!!」
『落ち着け薫、ただ浮いているだけだ』
ヴァルが左肩から安心させるように言った。周囲を見ると他の全員も同じ状態で、黄金の炎に包まれながら浮いていた。
魔神は目を細めて笑いながら話した。
『まずは第一関門―――…このテーブルの下にいる魔物達から、自身の身を守って見せよっ!!』
「…っ…!」
やっぱりそうか、と思った瞬間風になぶられたように炎が揺れ、その途端私の体は宙に浮いたまま、後方に向かって勢いよく放り出されていた。
「…ッ!!」
私の体は木の葉のようにたやすく吹き飛んで巨大なテーブルを越え、その下に広がる魔物だらけの床に向かって放物線を描いて落下した。
「ぎゃぁああああ――――っ!!」
「やめ、やめてぇっ…」
「うぉああああ――――っっ!!」
私と同様にてんでバラバラな方向へ投げ出された人々の体が、テーブルを越えて次々と落下していく。
「ちょっ、このままじゃっ…!!」
私の体が床に叩きつけられそうになったその時、黄金の炎がさらに勢いを増して床につく寸前フワリと浮き上がり、そのままゆっくりと私の両足は床に着地した。しかし安心したのも束の間――――私は周囲を魔物に囲まれていた。
『『『ギギギギギキィイッッッ!!!』』』
姿も様々な魔物達の興奮した叫びは大音響と化して、360度から私の耳を聾した。
今にも襲い掛からんとする魔物達はだがしかし、私を中心に一定の距離を保ったまま一向に近づいてこようとしない。私は炎に包まれた自分の体を見下ろした。
(これのせい――…でも)
「ヴァル…どうすれば」
獣人姿のヴァルは鋭い視線で辺りの魔物を睨みながら、硬い声で答えた。
『全て我に任せておけ薫。お前を奴等に喰わせたりなど、絶対にせぬ』
「――…う、うん、分かった…」
「嫌ぁああああっっ!!!」
「こんなの無理だあ、助けてくれぇえっっ!!!」
必死に助けを求める者、泣き叫ぶ者、声を出すことも出来ず発狂寸前の状態の者に気を失ったままの者――…辺りはさながら阿鼻叫喚の様な光景だった。
私がゾッとしながらそれを見ていたその時、私達がさっきまで立っていた巨大なテーブルが黄金の炎を吹き上げ、轟音と共に一気に全体が炎に包まれると盛んに燃え始めた。
「ッ!?」
数十メートルの長さのテーブルは、あっけないほどの短時間で見る間に消し炭と化していき、その背後から魔神が目を細めて腕を組みながら、こちらを笑って見下ろしている姿が現れた。
『さて…これでぬし等の戦うさまが、よう見えるわ』
まるで巨大な太陽を間近で拝する様に、私達の頭上に君臨する魔神のその威容に私達は一様に声も無くすくみ上った。
『さぁ、早く己を解放し覚醒せよ―――…そのための時間は、今刻々と短くなっておるぞ』
魔神の声には明らかな興奮がこもっていて、見下ろされる異形の眼差しは愉悦の狂気で油膜が張った様にギラギラと輝いている。
「完全にイカれてるっ…こんなこと、何でわざわざやらなきゃ――…!!」
『多分…人間が覚醒し、初めて力を持つ瞬間に興奮を覚えるのかもな。…魔神の中には様々な欲望の偏りをもつ者がいるというから』
「だからって…――!!」
何とかここから早く脱出出来ないかと辺りを見回した私の視線が、数メートルほど先でうずくまったままの女性で止まった。
20代中頃に見える女性の周囲の魔物達がはやし立てるかのように騒ぐ中、女性は頭を抱えてうずくまってへたりこみ、全身を震わせながらうわ言のように何かを呟いていた。
「嫌…嫌だ、やだ…っ」
女性はショートヘアの黒髪を両手でグシャグシャとかき乱しながら、徐々に音量を増してさらに呟き続けた。
「やだやだっ…やだやだやだやだぁあ゛―――…っ!!」
女性はいきなりがばっと顔を上げると、正気の糸が切れた表情で目を見開いて叫んだ。
「い゛ぃい゛やぁあ゛あ゛あ゛―――――――っっっ!!!」
その瞬間、彼女の全身から赤味の強いピンク色の光が放たれ、離れた場所にいる私の鼻に甘い“お菓子の香り”が流れ込んできた。
「いやあ゛っい゛やっいやぁあ゛…っっ!!!」
叫び続ける女性の体から、何かがポロポロとこぼれ落ちてきた。
「あれって、け、ケーキ…?」
種類も様々なケーキやマフィンがその体から次々とこぼれ落ち、女性はやおらそれを掴むと、正気を失った状態のまま周囲の魔物にそれを投げ付けた。
『ギッ…!?』
『ギキッ…』
投げつけられた物に警戒して一旦後ずさった魔物達だったが、その甘い香りに惹かれたのか、その中の一匹が転がるケーキに近づいて匂いをクンクンと嗅ぐと、パクリとそのケーキを食べてしまった。
美味そうにむしゃむしゃと食べ続ける仲間に釣られたように、自分の目の前に投げ付けられたそのお菓子を、他の魔物達も先を争うようにして次々と食べ始めた。
「ヴァル、これって…」
『あぁ…能力が発現したんだ。薫、警戒を』
初めに食らいついた魔物はケーキを食べ切るとピタリと動きを止め、やがてゆっくりと顔を上げた。その瞳はさっきまでは黒色のはずだったのに、今では赤味の強いピンク色へと変化していた。
女性は投げつけるお菓子を全て投げ切ると、荒い息を吐いて力尽きたように顔をうつむけた。そこへ瞳の色が変化した魔物が近づいて行った。
『…クルルルルッ…』
「…ッ!?」
さっきまでの凶暴さはどこへ行ったのか、魔物は甘えた声を出して女性のみを気遣うように頭を低くして女性に顔を近づけた。
「ひぃっ…!!?」
気遣われた当の女性は、自分に近づいてきた魔物に怯えて体を引いた。しかし魔物はそんな女性にかまわず、無邪気な瞳で女性を見つめている。
その魔物の背後に影が現れ、多くの魔物が同じように瞳の色を変化させ女性の周りに次々と集まっていく。
「…自分が創り出したお菓子で、食べた相手を操る能力――…」
『うむ。なかなか興味深い能力だな』
女性は周囲に集まってきた魔物に、自分が殺されるものと思い込んでいるようで恐慌状態になったまま、フリーズしてしまっている。
「…っ…あ、の!!そこのショートヘアのお姉さんっ!!」
『薫…っ!?』
私は大声を上げて女性に呼び掛けた。女性は私の声に振り返り、すがるような視線を寄越してきた。
「あの、その魔物ーー…あなたのお菓子を食べて、僕になってますよっ!!目、目の色見て下さい!!」
「えっ…えぇ?」
女性はにわかには信じられない様子で、恐々と自分の周囲に集まった魔物達を見た。
『薫、何をやっている!敵に塩を送る様な真似をっ…』
「だって可哀想じゃんか。私にはあんたがいて、能力のこと教えてくれたけど…」
『まったく人の良い…』
『『『ギギキキキキィイイッッッ!!!』』』
女性の周囲には、お菓子にありつけなかった魔物達が取り囲んで威嚇を続けていた。
「い、嫌ぁっ…」
女性がそれに怯える様子を見せると、お菓子を食べた魔物達が女性を威嚇する魔物達に一斉に牙をむいた。
「お姉さん!!怖がってる暇なんてないから!戦ってこの場を生き延びなきゃ…――」
私が叫んだその時。
『うむ…そろそろ出揃ったようだな。では――…戦いの幕を開けるとしようか。ぬし等の創造の意志が…このヒラニヤ・ガルバヤーツに新たな輝きをもたらさんことをっっっ!!!』
魔神の周囲に浮遊する部下の魔物達が激しい音をかき鳴らすと、私の体を包み込んでいた黄金の炎が徐々に弱くなり――――それが完全に消えた瞬間、周囲の魔物達が大挙をなして襲い掛かって来た。
「ヴァルっ!!!」
『任せておけっ!!』
ヴァルが叫んだ瞬間、私を中心に数メートル四方の“影の黒沼”が一気に広がると同時にヴァルの姿は消えた。影の沼に踏み込んだ魔物達はまさに沼に沈み込むように、次々とヴァルの創った沼の中に引きずり込まれていった。
『ギキィッ!!』
『ギャ…ッ!!』
沈み込んだ魔物達は必死に暴れて何とか沼から逃れようとした。しかしどんなに暴れようと体は一向に浮かび上がらず体はゆっくりと黒沼に沈み、やがて一様に首から上が出るだけの状態になってしまった。
『キィイッ!?』
『ギギィ…!!』
沼に踏み込む寸前でとどまって助かり、沼に沈む仲間を見ていた魔物の腕に影の沼から射出された黒い金属線がスルリと巻き付き、一気に黒沼へ引きずり込んだ。
『ギキャアッッ!!』
魔物はなすすべもなく黒沼に投げ出されると頭を下にして着水し、そのままズブズブと沼に沈んだ。
『キキキッ…!?』
『ギ…ッ!?』
影の沼を取り囲むようにしていた魔物達がそれを見て怯んだ瞬間、黒沼から黒い金属線が何十本と一斉に射出された。
ビビビビビビィイイッッッ!!!
『キィイッ!!』
『ギャアアッッ!!』
『キィイ―――ッッ!!』
不意を突かれた魔物達は次々とヴァルの金属線に捕まり、ズルズルと黒沼に向かって引きずり込まれ始めた。
私は沼の中央に立って一部始終を眺めながら、ゴクリとのどを鳴らした。
「…凄い」
『フフ…フフフっ…』
「ヴァル!?だ…」
『素晴らしい―――…力が漲ってくる!!!』
大丈夫?と言おうとした私の声は、ヴァルの高揚した叫びにかき消された。
ッッドォヴァアアアアアア―――――ッッッ!!!
「うわっ…!!」
次の瞬間、私の周囲の黒沼が一斉に大波を起こして噴き上がり、大波が勢い良く外へ向かって流れ出した。
「ちょっとヴァルっ…」
私には一切影響を与えないまま高波と化して沼の周囲にあふれ出した黒沼は、細い金属線となってばらけると波に巻き込まれた魔物を一気にさらっていく。何十匹もの魔物を飲み込んだ高波はある一定の広さでとどまり、渦を巻いて沼を旋回し始めた。
『薫見ろっ!!この程度の魔物など、我の相手ではないわっ!!』
「ちょっとヴァル!!最初からフかさないでよ、悪目立ちしたくないんだってば!」
私の周囲には海がしけった時のような大波が旋回し、そのせいで周囲の状況が良く見えない。
『だが薫――…これは獲物の争奪戦…この時点でより多くの力を付けたものが、より生存率を高めるーーーいわば“ゲーム”だ』
「――…ッ!!」
(確かに…ヴァルの言う通り、この先の事を考えれば――…)
「…ヴァル、魔物の数は減って来てるの?」
『いや…どうやら複数個所にネズミの穴のような、魔物専用の出入り口がある。そこからどんどん新しいのが入ってくるのが見える』
「じゃあ…今のところ数に制限はないってこと…。―――…分かったヴァル、出来るだけ多くやっちゃって!!」
『クククッ…――その言葉を待っていたぞっっ!!!』
ッゴォヴァアアアアンンンッッッ!!!
途端に辺りに渦を巻いて逆立っていた高波が、何千何万という黒い金属線となって岸壁に打ち付ける大波の様に盛大に砕けて辺りに拡散した。金属線は一本一本が意志を持つかのようにうねりながら外に向かって伸び、辺りにいた魔物達を次々に絡めとっていった。
『ギキャア…ッ!!』
『キギィイッッ!!』
魔物達は何とかヴァルの影沼から離れようとするが、穴からこの部屋に侵入してくる仲間のせいでそれが出来ない。金属線は素早く魔物達の体に絡みつくと、容赦なく自らの沼へと引きずり込んでいった。
さっきまでの高波が全て金属線に変わったことで、視界が開け周囲の状況が再び見渡せるようになった。
「う゛っ…!」
私は数メートル先で、複数の魔物に生肉を貪られている死体を発見してしまい、そのあまりにグロテスクな映像に胸が悪くなりとっさに目を逸らした。
(私も力が無きゃ、ああなってたんだ…)
「たっ…助けて――…!」
「…ッ!?」
聞き覚えのある声に振り向くと、ケーキのお姉さんがヴァルの沼の縁に立って青い顔でこちらを見ていた。よく見るとその体はフラフラで息も浅く、顔色が血の気を失くして紙のように白くなっている。お姉さんは震える声で話した。
「何か…力が、出ないの…。もうお菓子も、出ないし、魔物もほとんど、やられてっ…」
「――ッ!!」
辺りを見ると、戦いが始まる前は20匹程はいた支配下の魔物が、今では4匹くらいに減ってしまっている。私は慌てて叫んだ。
「ヴァルっ!!お姉さんに近づく魔物を排除して!それと、お姉さんを私のいるとこまで移動させてあげてっ!!」
『全く…とんだお人好しだな』
呆れた声が沼から響き、黒い金属線がお姉さんを襲おうと近づいた魔物をその針で次々と突き刺し、そのまま苦痛の叫びを上げる魔物を沼に向かって放り投げていった。
『女、沼の上を歩け。お前が通るのを許可する』
「あ、ありがとう…」
お姉さんは息も絶え絶えといった様子でヨロヨロとこっちに向かって歩いて来ると、私の近くでへなへなと座り込んでしまった。
「大丈夫ですか?」
荒い息を吐いて喋ることもままならないお姉さんは、しばらくして顔を上げて口を開いた。
「え、ええ…もう、駄目かと思った―――…本当にありがとう。あの…私…私は峰千里――…あなたは?」
「ああ、楠森薫です。ここにいれば、多分今の所は心配ないと思います」
私は周囲を警戒しながら答えた。
「…あなたの、あの、相棒のような人、良いわね…凄い力だわ」
「…でも今の所は、だと思います。…しっかし凄い数だな、こりゃ…」
ヴァルの言ったとおり、魔物はワラワラと際限無く湧いてくる。その最中にあって遠くの方では何人かが能力を覚醒させたらしく、雷や嵐のようなものが何度も吹き荒れているのが轟音と共に見ることが出来た。
(他にも覚醒した人間が―――…誰なんだろう…)
そう思っていた私の耳に重い重低音の爆音が聞こえ始め、それがどんどんこっちへ近づいてきた。
ドルルルルルォオオオッッッ!!!
「な…何っ!?」
『ギキャアアッッ!!!』
『キィイイッッ!!!』
何かに吹き飛ばされた魔物達が放物線を描いて次々と宙を舞い、その魔物の群れの背後からメタリックに輝く巨大なシルエットが現れた。
全体がゴツイ白銀に輝く金属で構成されている――――銃火器に長い刀剣、果ては獣の頭を象った装飾まで…しかしそれは原型からとてつもなく遠ざかってはいるが、2つの車輪といい(ホイールにいくつも剣が飛び出しているが)、確かに超大型の“バイク”そのものだった。
大きさが3、4mほどの、悪魔でも乗っているのかという悪趣味極まりないほどゴツイバイクが、爆音を立てながら猛スピードで車体の前方にいる魔物達を跳ね飛ばし、轢き殺しながらこちらに近づくと、もう少しでヴァルの沼に突っ込みそうになる寸前急カーブして車体を横づけにし、沼の寸前でバイクは止まった。
体に響く重低音のエンジン音もそのままに、巨大なバイクにまたがった男が私達を振り返った。
「うぉ…あっぶねぇな。もう少しで沼に落ちるとこじゃねぇか」
道端で出会ったらつい目を逸らしそうな厳つい20代半ばくらいの男が、しゃがれた声で不機嫌そうに言った。
いかにもガテン系の仕事をやってそうな筋肉質のガッチリとした体に、ユーズドの黒い革ジャンに黒革のパンツに黒ブーツ。あごひげに黒髪をオールバックにした、マスチフのような押しの強い顔立ちの男は乱暴に髪をかき上げた。
(足が地面についてないけど、バイク倒れないんだ…)
『ここは我等のテリトリーだ、邪魔をするな。さっさと立ち去れ、男』
苛立ちを含んだヴァルの声が響いて、私はゲッと思った。
(馬っ鹿ヴァル!あんなイカツい相手を挑発するんじゃ…)
『何だとごらあ゛っ…!やんのかてめ゛えっ!!』
「はあっ!?」
喋ったのはバイクの後方の荷台部分ーーーー銃火器がいくつも設置されたその一番てっぺんに鎮座している、銀色の獰猛な狼に似た魔獣の頭だった。
魔獣は紅色の瞳を見開き、牙をむき出して凶暴に唸った。
「やめろケルベロス…悪かったな、お前等の邪魔は今はしねぇよ。さっさと次行こうぜ、ケル」
男がアクセルを吹かすと爆音が膨れ上がった。
『鉄夫に感謝すんだなクソダイモン。今度ナメた口ききやがったら、容赦しねぇからな!!』
魔獣が捨てゼリフを吐くと、バイクは後方に長く伸びたマフラーから深紅の炎を吹き出し、逃げ惑う魔物を次々と巻き込みながら去っていった。
「な、何なのあれ…」
私は何が何だか分からず、ポカンとしたまま去っていくバイクを見送った。
「何だか、怖い感じ時の人達だったわね…」
『あいつもダイモン付きだ。多分あのバイクに憑依したんだろう、下品な輩だったな』
ヴァルはそう言って鼻を鳴らすと、また魔物の捕獲作業に戻っていった。
取り残された私は、峰さんと顔を見合わせた。
「楠森さん…ダイモンっていうのは?」
「ああ…この世界にいる精霊みたいなもんだと思います。私もよく知らなくて…」
私はあえて全ての情報を言わずに隠したまま、簡単にかいつまんで話した。
「精霊、ね…だからあんなに強いのかな。あんな強力な能力、私が相手じゃ絶対に敵わないと思うわ」
「――…ッ!!」
峯さんが何気なく言った言葉に、私はハッとなった。
「どうしたの、楠森さん」
「あっ、いえ。他に男の人っているのかなって思って…」
私は適当に答えながら、密かに考え込んだ。
(あの魔神…私達を覚醒させて、その次はどうするつもりだ?まさか…考えたくないけど、私達選定者同士を戦わせるつもりなんじゃ…)
その可能性に思い至った私は戦慄した。
(有り得る――…ってことは峰さんとも…)
ヴァルの言ったとおり、だとしたら私は敵になるかもしれない人を助けてしまったかもしれない。
(でも峰さんの能力はこっちも分かってる。きっとお菓子さえ食べなければ、いいだけのことだと思うけど…)
なんだか急に重苦しい気分になって来た。せっかく生き延びた同士なのに、なんで人間と殺し合わなきゃいけなんだよ。そんなこと…私は絶対にしたくない。
(さっさとこんな神殿から逃げないと…でも、この手足錠――…!!)
忌々しい思いで黒紫の手錠を見下ろした、その時。
「どぅわぁああああああ――――――っっっ!!!」
「…ッ!?」
思考をぶった斬るような絶叫と共に、人間が宙から飛んできて一直線にヴァルの沼に墜落した。