第十話
『…る―――…』
暗闇で誰かが私を呼んでいる。
『…ぉる――…薫!!』
私はハッと目を覚ました。
小さな黒い影の獣人姿に戻ったヴァルが、金色の瞳で私の顔をのぞき込んでいた。
「ヴァル…―――ッ!?あれ、なんで私生きて…」
私は上半身を起こした。
『…お前はあのまま意識を失い、根負けした魔族が我々をここへ運んで来た』
私は信じられない思いで自分の体のあちこちを確認しようとして、自分の手足につけられたものが目に入りギョッとした。
「ぇえっ!?これって…」
私の両手と両足に、紫の炎で出来た手足錠がそれぞれはめられていた。炎は熱さを全く感じず、引っ張ると一定の長さで突っ張りそれ以上は何をしても伸びない。ヴァルが影となって私の肩に上ってきて言った。
『あの炎の魔族がお前に付けたものだ。…これでは逃亡も図れんな』
「はぁ…徹底してんな…」
何とか外れないかと錠を引っ張ていた私は諦めて、体の他の箇所に異常はないか確認して見た。
「体に炎の跡がない…――何で…」
『どうやら…我々を五体満足で連れて来たかったらしいな』
「そっ、か――…」
釈然としない思いを抱えていたその時、大きな影がヌッとあらわれた。
『僕も無事だよ。ヴァル君の中にいたから―――…ありがとう薫。身を挺して僕を守ってくれて』
体長が数メートルに戻った旅兄さんが、8つのつぶらな複眼で私を見下ろしていた。
「うん…無事で良かった」
(まぁ…あのまま死んでたら、結局旅兄さんも道連れになってただろうけど…)
私の肩にチビ獣人姿で立ったヴァルが、腕を組んで偉そうにふんぞり返りながら叫んだ。
『そうだぞ旅兄っ!!お前のせいで薫は逃亡の機を逃し、業火の苦しみにまで遭ったのだ!感謝しろ、感謝して我に喰われ…』
「あ~もうヴァル、止めなよみみっちぃなあ!」
『み゛っ!?み、みみっちぃだとっ!?我がこんな小さな姿だと馬鹿にし…』
「そうじゃなくてさぁ―…」
「お、おい…ああ、あんた、何者なんだっ」
怯え切った声に私がバッと振り向くと、そこには青ざめた顔をしながら私達を見つめる60代ぐらいの中年のおっさんがいた。
おっさんの他にも何人かの人間が皆一様な表情で私を見ていて、自分が今見ているものが信じられず、私はしばらくの間おっさんの顔をまじまじと見つめてしまった。
「な、何だよ…」
おっさんは動揺して後ずさった。
「ッ!!いっ、いえ…人が、いたんだと思って…」
「ねぇ、ここはどこなのっ!?」
女性の金切り声にそちらを向くと、そこには数人の女性が固まって怯え切ったようにこちらを見ていた。
「あ、あなたこの世界の人なのっ!?ここはどこ!?私達これからどうなってしまうの!?」
ヒステリックに叫んだ女性は30代ぐらい、周囲の女性にもヒステリーが感染したらしく、私はこの事態の首謀者であるかのような扱いで突然責め立てられた。
「ここから出して!!お願い、家族が無事か知りたいのよおっ!」
「あいつ等は何なのっ!?ねぇ私っ…頭がおかしくなっちゃったの!?だからこんな夢を―…」
「お願い助けてっ!!こんな気味の悪いとこ、もう居たくなぃいっ!!」
私が口を挟む暇も無いまま女性達はそうがなり立てると、堰を切ったように泣き出した。周囲の人達にも動揺が広がって不穏な雰囲気が広がる中、最初に話し掛けて来たおっさんが口を開いた。
「…あんたは何か知ってるのか?その――…その周りの奴は…何なんだ?」
私はそう問いかけられ、でも一体何をどう伝えたらいいのか戸惑った。
私も初めてこの世界のことを聞かされた時は、あまりに馬鹿げた与太話としか思えなかった。そんな現状をどう説明すればいいのか―――とにかく頭が真っ白になってしまい、中々言葉が出てこない。
『――…多分…ここは、魔神“アシャ・ワヒスタ”の神殿だよ』
「―――ッ!!」
いきなり話した旅兄さんに、おっさんはビビッて距離を取った。
「…神殿って、ここに来る時見えた、山裾に広がった赤い寺院みたいな建築群!?」
“神殿”というキーワードに不吉なものを感じながら言うと、旅兄さんがうなずいた。
(――…月島に絶対近寄るなって言われた所に、私来ちゃってんのっ!!?)
全身から血の気が引いていき、あまりの絶望感で目の前が暗くなる。私は現実だと信じたくないと思いながら立ち上がり、改めて周囲を見回した。
赤味を帯びた褐色の大理石で出来た壁には、豪華な装飾が施されている。
良く分からないが、何かの戦いの模様が壁一面にレリーフとなって彫られていて、人とは思えない化け物達が入り乱れて戦うそのレリーフは、人工的に彫られたとは思えないほど精巧に作られたいた。
レリーフの周囲を飾るのはきらびやかな金の装飾で、見渡すと過剰とも思えるそれらが辺り一帯に隙無く施されている様は、異様な威圧感を見る者に覚えさせる代物だった。
「…だけど、何なの、このサイズ感…――」
私は周囲を見渡しながら、呆然と呟いた。
大きい…―――そう、見渡す全てのものが私達人間に合ったサイズではないのだ。
私達人間など、ちっぽけなアリか何かかと思えるほどの巨大さ―――まるで、巨人の国にでも迷い込んでしまったような錯覚を覚えるほどに広大な空間が辺りに広がっていた。
私は自分が立っている足元を見下ろした。
「…ここって…テーブルの、上…?」
これを使う住人は一体どれほどの大きさなんだと思った私は、すぐにそれを想像したことを後悔した。
「旅兄さん――…その魔神に、私達どうされるの…?」
『ごめん――…分からない。でも、あまり安易に逃げようとはしないほうがいいかも…』
「魔神って何だっ!?そんなものっ…お伽話の中のことだろ!!」
会話に割って入ってきたおっさんは、視点の定まらない血走った眼でそう叫んだ。
「お、落ち着いて下さい…こんな場所が、私達のいた世界にあると思えますか?思えないですよね」
「おおおおお前はっ、化け物の仲間なのか!?何でそんな化け物と…」
ヴァルが馬鹿にしたように鼻を鳴らした。
『我を化け物風情と共にするな、人間』
(まずいな…あんまりこっちの身の上は話したくはない)
ヴァルの存在が、自分が持つ能力だとは他人に知られたくはない。私は自分も分からないふりをしようと決めた。
「その――…私にも分からないんです。ただ、私がこの世界で迷子になってた時、この話すクモと会って、それで今は一緒に…」
「ああんたなら、じゃあここから逃げ出すことも出来るんじゃないか?俺達も一緒に頼むっ!!」
私は顔をしかめて手錠を示した。
「いや無理ですよ、私こんな状態なんだから。それに――…この手足錠を付けた奴に、私達は負けたんです。手も足も出なかった…」
「じゃあ俺等はここでこうしてるしかないっていうのか!?なあ゛っ!!」
私はさっきから身勝手なことしか喚かないこの目の前の中年に、次第にムカムカした気分が込み上げてきた。
(私にどうしろっつうんだよっ!!同情はするけどーー…こいつらウザいっ!)
私は冷静になろうと一つため息をつくと、旅兄さんにたずねた。
「旅兄さん…このテーブルの下はどうなってんの?」
『…自分の目で確かめたほうが、いいかもね』
言われた通りテーブルの端まで歩いていくと、私はそこから恐々と下を見下ろした。
「た、高い――…って何これ!?」
2,30メートルはありそうな高さから見下ろした床は、赤褐色と白が入り混じった大理石で、色の違うそれを幾何学模様に組み合わせたそれが床一面に広がっていた。そして――…
「魔物だらけじゃんか、ここ…」
その床に―――かなりな数の、暗赤色の良く分からない生物が床を這いずり回っていた。
私が見下ろしているのに気付くと、こちらを見上げて早くこっちに落ちてこいとでもいうように、化け物は牙をむき出しにして騒ぎ始めた。私はすぐに頭を引っ込めテーブルの端から後ずさった。
「駄目だ、これじゃあ脱出なんて…」
私がそう呟くと、ヴァルが耳元で囁いた。
『いや、あの程度の小物なら、喰らいながら撃退することは可能だ、薫。…しかし問題はその手足錠だ。多分それは、奴の意思で本物の炎のように変化する代物だろう』
ヴァルの中にいた時のあの激痛を思い出し、私は身を固くした。
「…でもどうして錠なの?私達を殺すつもりは無いってこと?それともーー…あいつの主人…魔神が、私を食べるってこと?」
私も小声になって聞き返すと、ヴァルは腕を組んで考え込んだ。
『いや…この世界の摂理である人間世界との融合、そして選定者同士の争いーー…魔神は基本的に、それを邪魔する立場にはないはずだ。しかし―――…選定者ではない人間に対しては処遇も違うだろうし、それに…今は力の無い選定者だろうが、力をつければ魔神を殺し自分の力とする者も現れるかもしれん。自分の領民や自分に被害が及ばぬよう、今の内に我等を殺そうと思っている可能性はどうしてもぬぐえんな…』
要するに今私の命は、どっちにしても風前の灯火だということに変わりはないということが分かっただけで、確かなことは何一つとして分からなかった。
(…今度は魔神に喰われてお終い…?何なんだよもうっ!!何度も何度も生きるか死ぬかって…!!)
「…っ…とにかく、旅兄さんと何か策はないか、相談して…」
そう言いかけた時、私の耳に微かな音楽が聞こえ―――…空耳だと思ったそれが、段々大きくなって近づいて来ているのが分かった。鈴やガムランの様な金属楽器を打ち鳴らす澄んだ和音の、東南アジアの民族音楽を思わせる音が確かに近づいて来る。
私は旅兄さんの近くに戻りながら、右斜め前方にそびえる巨大な金ピカの両開きの扉を注視した。
『僕はヴァル君の影の中に戻るね。君を助けられる場面には手を貸すから』
「う、うん…」
旅兄さんの体が縮んで2メートルぐらいになると、ヴァルは私の全身の影を広げた。旅兄さんがそこへ行くと黒沼に沈むように、旅兄さんの体は影の中へ没していった。
「おっ…おいっ!!俺もそこへ一緒に入れてくれえっっ!!」
狂気じみた声と共に、おっさんが走って来て私の影に触れて這いつくばった。しかし影はただの影へと戻っていて、両腕をかいて必死で入り口を探すおっさんの体が沈むことは無かった。
おっさんはギッと私を見上げた。その目は完全に理性を失くし血走っていて、危険を感じた私はおっさんから後ずさった。
「おいっ!!あのクモみたいに俺をお前の中に入れろぉおっ!!」
「…悪いけど、それは出来ない。そんなことしたら私が余計なことしたって…」
澄んだ音色の和音がさらに近づき、何かが金色の扉の向こうにやって来たのだと知らせていた。
「ふざけんなあっ…このまま殺されてたまるかぁあっっ!!!」
おっさんは立ち上がると、やおら私に向かって襲い掛かって来た。
「ッ!!ヴァ…」
『分かっている』
ヴァルが言うと、私の影が不定形にうねって一部が床を離れて立体化して立ち上がり、伸ばされたおっさんの腕を素早く切り裂いた。
「うぁあああっっ!!!」
おっさんの腕から血飛沫が上がり、切られた腕を押さえておっさんはうずくまった。私の右肩に乗ったチビ獣人姿のヴァルが腕を組み、這いつくばっているおっさんを睥睨した。
『薫に危害を加えるなら、お前も敵だ―――…魔神が来る前にお前を殺すぞ』
「い゛…っ嫌だぁあ゛~、し゛っ死にたくない゛ぃっ、死にた゛く゛…」
大の大人が這いつくばり、鼻水まで垂らして泣き喚く様は見ていて何とも嫌なものだ。
その時扉が軋む重い音が部屋に響き渡り、両扉が徐々に開き始め音楽のボリュームが一気に大音量となった。
(…来る――…)
女性の悲鳴が大きくなる中、私は固唾をのんで開いた扉の先に待ち受けるものに備えた。
床にいた小さな魔獣が両扉の前から引いて道を作っていく。数十メートルはあろうかという金の扉が開くと、その向こうから“黄金の炎”が音を立ててあふれ出てきた。
部屋の中の空気が一気に温められ、発生した熱風が髪をなぶる。まるで朝が到来したかのような光が部屋中を照らし、私はその眩しさに目を細めた。
「…ッ!!」
最初に現れたのは、宙に浮いたいくつもの炎の塊だった。仏像の背後にある、装飾的な炎を象った後光に似た光を皆が背負い、どことなく人間めいた異形達が、それぞれ違う楽器を演奏しながらこちらに向かってきた。
そしてその背後から――――数十メートルは確実にある巨大な魔神が、両腕を組んで宙に浮いたままの立ち姿で厳かに姿を現した。
「…っ…―――…」
その圧倒的なまでの畏怖すら伴う存在感、リアルな重量感を感じさせる精緻な全身の造形美に、私はそれまでの恐怖も息をするのすら忘れ見入ってしまった。
見事な長い金色のあごひげに縁どられた人間に似た顔には、3つの金の瞳に加えて、昆虫の目のようなものもいくつかついている。肌は黄褐色で、長い金髪が後光の様に魔神の周囲にたなびき、途中から髪の毛は黄金の炎と化していた。
いくつもの金の角に、装飾的な髪飾りや身に着けた装身具の数々――――絹のような光沢を放つ白い法衣かガウンのような服には、細かな銀の刺繍がびっしりと施されている。
どこをとっても余白の無いその過剰なほどの豪華絢爛な姿は、この主の宮殿の華美さと明らかに重なっていた。
(…魔神っていうから、てっきりもっとおどろおどろしい姿をしてると想像してたのに…――)
――――――これは“神”だ。
不意にそんな思いが頭に浮かんだ途端、私の背中を寒気に似た戦慄が駆け抜けた。こんなの…敵う訳が、ない。そんなことを思う事すらこの魔神の前では不敬だと思えてしまう。
魔神は完全に部屋に入ると、ゆっくりとテーブルの上の私達を見下ろした。
その瞬間――――生まれてこの方、感じたことのない感覚が私の全身を襲った。
多分ここにいる人間全員が同じく感じたはずだ。元の世界にいる時、私達は全生物の頂点に君臨する存在だった。例え自分より大きな生物に遭遇しても、それはやはり自分達より“劣った”存在であって、人間が手にする武器や道具でそれらを殺すことが可能だった。
都市には人間を脅かす生物など存在せず、全ての物や生物を支配下に置いている事実を何も疑いもせずに安穏と生活してきた――――そのはず、だった。
だがそんな事実など今この瞬間、粉々に砕け散ってしまった。気が付くと全身が震えていて血の気が引いた体に力が入らず、手足がやけに冷たくて麻痺しているように感じる。
私達は食物連鎖の頂点から一気に転落し、被捕食者になり下がってしまった――――この世界で一番弱く、脆弱な“獲物”に。
土グモ達と協力関係を結んだことで、そんな感覚を忘れかけていた。でも今私は、まざまざと思い知らされた―――ー自分がどんなに小さくか弱い、捕食されうる存在だということを。
(に、逃げなきゃっ…逃げなきゃ逃げないとっ…――)
目の前の魔神に完全に圧倒されてしまった私は、パニック寸前のまま思考停止に陥った。
『薫―――しっかり己を保て。自分を見失えば、精神がやられてしまうぞ』
ヴァルに耳元で言われて少し正気を取り戻した私は、荒い呼吸を繰り返しながら何とか自分を冷静に落ち着かせようと、感覚のマヒした両手に少しでも血が巡るよう動かし続けた。
魔神はこちらを見つめながら近づいてきた。私と同様に目を見開いて硬直しながら魔神に見入っていた何人かがその途端、白目をむいて倒れてしまった。その他の人もそん場にへたり込んでしまったり、顔を覆って泣き出してしまったりと、人間側は恐慌状態に陥っていた。
(そ、そうだよ…こんな状況下で、まともでいられるはずがない…!)
黄金の炎が近づくにつれ眩しさが増し、手をかざして顔を背けなければならない程だった。
「ヴァ、ヴァル…なんか、私も駄目みた…」
私が絶望的な気持ちでそう呟いたその時、私の影が黒い粒子となって足元から上半身に向かって湧き上がり、私の体を柔らかく包み込みつつ力強く支えてくれた。
『…これなら大丈夫だろう、薫。我は最後まで、お前と共にいるからな』
「――――…ヴァル…」
今にもへなへなと倒れこみそうになっていた私の体は、ヴァルの力強い言葉を聞いて力を取り戻し、私は両足を踏ん張って何とか体に力を入れ直した。
「うんっーー…ありがとう、ヴァル」
今一人きりじゃないことが、こんなに心強いと思ったことはない。
魔神はとうとうテーブルの前に来て、私達人間を無言で見下ろした。怯え切っている私達は誰も口火を切ることが出来ず、ただただ緊迫した沈黙がしばらくの間続いた。
『何と…――』
いつまでこの沈黙が続くのかと思ったその時、魔神が呟くように口を開いた。その重低音の声は人間のものとは明らかに違い、声自体にエコーが掛かっているかのように、呟いた声は部屋中に響いた。
『五百年も経てしまうと、やはり変わるものよな。見よ、更に貧弱になっておるのではないか?』
魔神の声には相手を威圧したり嘲るような響きは無く、ただ純粋に見たままを述べているといった風の口調だった。
『この有様でヒラニア・ガルバヤーツで生き抜こうなど…―――胎蔵神様も、酷なことをなさる』
(…何なんだ。この魔神、私達を集めて一体何を…)
魔神の意図が読めず、私の中で警戒感だけが膨らんでいく。
『―――だが』
魔神はそこで言葉を途切れさせると、いきなり表情を豹変させ獰猛な笑みを浮かべた。
『この世界では戦うことこそが、己の生を全うする唯一の手段…!!』
魔神の見開かれた瞳がギラギラと輝いてエネルギーを放ち、周囲の金炎が呼応して燃え盛り熱風が吹き荒れた。
「う゛っ…!!」
私は吹き付けてくる熱風に吹き飛ばされないよう、両腕で体をかばいながら足を踏ん張らねばならなかった。魔神が私達の方へ顔を近づけるとその威圧感はすさまじく、意識が遠ざかりそうになった。
『ゆえに!!儂は見たいのだっ!ぬし達が生命をかけて戦い抜く姿をっ…!!』
「…ッ!?まさかそれって―…」
瞬間頭にひらめいた考えに、私は嫌な予感がした。魔神は頭をテーブルから離し仁王立ちすると、両腕を掲げて高らかに宣言した。
『ぬし達はまだ、己の力に覚醒もしていない非力な存在―――…だが、これから起きる試練を見事切り抜ければ、選定者となることも夢ではなくなるのだ!!』
「な…何を言ってるの…?」
「もう嫌ぁあっ、こんなのって…!」
悲鳴じみた嘆きが、次々と周囲の人間から発せられる。当たり前だ、こんな突拍子もなく異界に放り出され、拉致されたあげく命を懸けて戦えだの言われたってまともに理解出来るわけがない。
周りの動揺ぶりにゾッとしながら魔神を見上げると、突然当の魔神がテーブルを見下ろし私に目を止めると、いきなり腕を伸ばして宝飾品をつけた大きな左手で私を指さした。
「ひっ…」
『そう…一体儂が何を言っておるのか、理解出来ぬものがほとんどだろう――…だからぬしが見せてやれ、覚醒するとはどういう事か…ぬしが授かった力を、周囲の者どもに示すのだ』
いきなり指名された、それだけなのに―――その腕の巨大さや金色に光る瞳の迫力…とにかく魔神のあらゆる威圧感が、いきなり私一人に集中したことに全身が竦んで硬直した。
「あ…ぁっ―…」
『…どうした。ぬしが力を示さねば、他の者どもに示しがつかぬではないか』
「ご…――こ、これ、は外して、ください…!」
殺される―――とっさに口答えしてしまった私は死を覚悟した。
「ここ、こんな錠なんて、付けてたら…力が―…」
私は震える両腕を掲げて、黒紫の手錠を見せながら更に言った。魔神は3つの瞳を細めて私を見下ろした。
『―――それはならぬ』
「…ッ!?」
『ぬしはすでに覚醒し、能力が使えるのだ。その能力を使用してここから脱出するのを防ぐための、それは予防策よ。その手足錠はぬしの行動を制限するものではない。ぬしが力を示すには何の妨げにはならぬ』
「…っ…」
確かにその通りだ。手足を動かしてもそれに合わせて手足錠が伸びるだけで、さっきから体の動き自体は拘束されていない。
『さぁどうしたのだーー…やらぬというのなら、ぬしが今ここにいる意味など無くなるぞ』
魔神の声の温度が下がり、その周囲を浮遊していたしもべの魔物達が、さっきまでの表情をかなぐり捨て牙をむいてこちらに迫ってこようとした。
「―――…ヴァル…」
強いられたプレッシャーでで心臓がバクバクして、嫌な汗までかいてきた。
「とにかく…派手に力を示して、ヴァル」
『―――承知した』
テーブルに伸びた私の影がゆらりと形を歪ませると一気に丸く広がり、影の黒沼が私を中心にして3メートル程の範囲に出来上がった。周囲の人達がどよめき、私から後ずさっていく。
次の瞬間――――黒沼から何十本もの細い影の“柱”が立ち上がり、音も無く高く伸びると、私を守るように影の柱が螺旋を描いて回り始めた。
呆気に取られたように息を呑む人々の背後で、魔神が満足そうにうなずいた。
『見よ。これが覚醒を果たした者の姿だ。ぬし達に“創造の意志”さえあれば、かような力を手にすることが可能なのだ。ぬし達がこの世界へやって来たのは…この覚醒の力を手に入れ、強化しーー…いずれこの世界の神“黄金胎蔵神”と対面するためなのだ!!』
魔神の放った言葉が、人々の間に衝撃を伴って広がっていく。
「…ヴァル」
私は低い声で囁きながら相棒を呼んだ。ヴァルの創った影の黒沼が見る間に縮小し、私の肩にチビ獣人姿のヴァルが帰って来た。
『薫、どうした』
「これから多分…恐ろしいことが起きる。だから、戦闘準備をして」
『ああ、分かった』
「それと…能力は今の影の力だけを使って、他のものには変身しないで。他人に、あまり知られたくないから」
『そうだな、敵に自身の手の内をさらすのは下策だ。つまり――…』
ヴァルが言い掛けたその時、魔神がいきなり両腕を広げて獰猛な笑みを浮かべ大音量で宣言した。
『さぁ…我にぬし等の“創造の輝き”を見せよ!!さもなくば――――…死、あるのみっ!!!』