アストラルオーダー
プロローグ
ルエルは、自分の剣でからめとった相手の剣を宙へ弾き飛ばした。
高々と弾かれた剣がくるくると回転しながら地面に落ち、あたりに耳障りな金属音をひびかせる。
武器をうしなって無手となった相手の女はさっと後ろに跳びのくと、懐にかくしもっていたナイフを引き抜き、まだ闘志が萎えていないことを誇示した。
女の身なりはこのあたりの平民のそれと大差ない。年齢は二十代前半といったところか。体つきは華奢で、戦いとは無縁の人生をおくっていたであろう平凡な女である。
例外なのはその表情だった。
本来なら若さと活力に満ちてかがやいているべき両目が、どんよりと曇っていて虚ろだった。
眉間に深いシワをきざみ、歯茎が見えるほど強く歯を食いしばりながらルエルをにらみつけている。その形相は、まるでなにかに取り憑かれているかのよう。
五日間にわたる監視の結果、特定した女である。
女は監視に気づき街から逃げだそうとしたが、それを予期していたルエルが街の門に先まわりし、今こうして女を追いつめていた。
街の大通りで突如としておこった刃傷沙汰に周囲の人々はおどろき、ある者は悲鳴をあげて逃げだし、ある者は対峙しているルエルと女を遠巻きにながめて野次馬を決めこんでいた。
「そこまでだ。あきらめろ」
戦いで乱れた空色の前髪をかきあげつつルエルが放ったこの降服勧告に対して、女は一歩、後退しながら応じた。
「それ以上、近づけば、この女の舌を切り落とす!」
そう言い放つと舌をだし、そこにナイフの刃をあてる。
まるで自分の体が他人のものであるかのような言いぐさであった。
おまけに女の口から飛びだしてきた声は男のもの。それも四十代前後の壮年のものだった。
だがルエルにおどろきはない。すべてを承知で肉体的には若い女と対峙していた。
男の声が、いやらしいひびきをともなって女の口から流れる。
「へへ、お前、なかなかいい女だな。そのデカい胸なんざ、まさに俺好みだ。どうだ。この女の体と交換しねえか?」
「・・・・・・」
答える気にもなれない下衆な問いかけを無視してルエルはもう一歩、前へ踏みだした。
女もまた一歩、後ずさりして間合いをたもつ。
「おっと、近づくなと言ったろ? マジでこの女の舌を切るぜ?」
「やってみろ」
「・・・なに?」
「やってみろと言ったんだ。苦労してうばった肉体を放棄して、みずから幽体を無防備にさらす度胸がお前にあるのならな」
「ほう、やけに強気だな・・・クククク」
女が、男の声で笑いだす。
笑われたルエルは怒るでもなく真顔で小首をかしげた。
「なにがおかしい」
「幽体となった俺のことが、お前たち生者に見えるのか? 幽体となって逃げる俺を、お前たち生者は追えるのか? 見えまい。追えまい。俺が逃げたあとに残されるのは、俺を取り逃がし、あまつさえこの女も救えなかったという汚名と屈辱だけだ!」
「なるほど。そういうことか」
ルエルは、相手が調子にのっている根拠に納得すると、冷淡な眼差しでさりげなく告げた。
「お前は、わたしをただの衛兵だと勘ちがいしているようだが、ひとつ、教えておいてやる」
「ふん! なにをだ」
「わたしは離体者だ」
「なッ・・・」
先ほどまでルエルを嘲って醜い笑みを浮かべていた女の顔が一瞬で凍りついた。女の体を乗っ取っている声の主が初めて見せた動揺である。
「どうした。顔色が悪いぞ? 今さら自分がおかれている窮状を理解したか?」
「・・・ハ、ハッタリに決まってるッ」
「そう思うなら、宣言どおりその女の舌を切って逃げてみろ。ただし、覚悟しておくんだな。その直後に自分が凄惨な罰を受けるということを」
ふたたびルエルが一歩、間合いをつめた。
女は、ルエルの発言に動揺しているためか呆然と立ちつくし、間合いをたもつことをわすれている。
あと一歩、踏みこむことができれば、ルエルの右手に握られている剣がとどく。
そのことに、女もおそまきながら気づいたようだ。
「くそッ」
覚悟を決めたのか、ナイフを握る女の手にグッと力がこもる。
ルエルはそれを見逃さず、反射的に叫んだ。
「ラリアラ!」
ルエルが叫んだ直後、ひゅんと風を切る音が走る。
「ぐあッ」
うめく女の手からナイフが落ちる。それを握っていた女の右手には矢が一本、甲から掌にかけて貫通し、突きたっていた。
「お、おのれッ・・・」
ここにいたってようやく女はルエルに仲間がいたことを知ったようだ。
突然、糸を切られたあやつり人形のごとく、女が生命感なく地面にくずおれた。声の主が女の肉体をすてたのである。
「わたしも離体する。体をたのむ、ラリアラ」
ルエルは、かけよってきた褐色の肌の美女を正面から抱きとめると、そう告げた。
ラリアラもギュッと抱きかえしてきて、ルエルの鼻先まで顔を近づけるとうれしそうに微笑んだ。
「あなたの体ならいつだって大歓迎よ、ルエ」
全幅の信頼をよせる相棒に抱かれたまま、ルエルは自分の内側へ意識を集中させた。
一瞬の浮遊感を味わった直後、周囲の景色から一斉に色彩がなくなる。
色だけではない。音も、匂いも、ラリアラの温もりも、彼女に抱きしめられている感触さえもがなくなった。
それら五感の喪失は、ルエルが幽体となって己の肉体を離れ、この世ならざる世界、すなわちアストラルレルムに足を踏みいれた証だった。
ふわふわと宙をただよっているような感覚は、夢でも幻でもなく、現実のものである。地上では、抜け殻のように脱力しているルエルの体をラリアラが大事そうに抱きしめてくれていた。
自分の体を、第三者のような視点で見おろす奇妙な光景──それは、みずからの意思で己の肉体を離脱して幽体となれるレイスならではの光景であり、ルエルにとっては幼少期から慣れ親しんでいるありふれた光景だった。
幽体となったルエルは周囲を見まわした。
すると、色のない群衆や建物をすり抜けつつ、ルエルから距離を取るようにして逃げている幽体をひとつ、確認できた。
黄色いモヤにつつまれたその人影は、先ほどまで女の肉体を乗っ取っていた声の主の幽体であろう。幽体だけが色をもつこの世界では、他の幽体を視認することは容易だった。
すぐさまルエルも追いかける。
目に映る壁や柱、あるいは人や馬などの生き物でさえも、幽体の前では障害物とならない。それらを無きもの同然にすり抜けて、黄色い幽体に向かって一直線に追いすがる。
速さではルエルに分があった。
彼我の距離は秒単位で縮まっていき、やがて、ふりきれないと悟ったのか、黄色い幽体がくるりとふり向き、ルエルと正対して止まった。
ルエルも用心のため間合いをおいて止まる。そして、生者にはきこえない、幽体のみが知覚できる声であらためて降服を勧告した。
「レイスからは逃れられない。そのことをようやく理解したようだな、失体者よ」
「たしかに、速さでは分が悪いようだ・・・だが、力ではどうかな?」
それまで人の形をなしていた黄色い幽体が、しゃべりながらもその姿をみるみるとかえていった。手の指一本一本が太く、長くなり、しなやかな触手と化す。足の指も同様の変化をみせ、変形を完了したその姿は軟体動物のタコを連想させた。
「それがお前のなれの果てか・・・女の体を乗っ取ってもてあそぶ、お前らしい醜悪な姿だな」
「ほざくなッ」
ルエルのすなおな感想が相手を激高させた。
「貴様とて、人の形こそなしてはいるが、全身にまとった青白い炎といい、赤くギラついた両目といい、悪魔じみた姿をしているではないか!」
「だが、お前とちがって、かくしたくなるほど恥じてはいない」
「だ、黙れェ!」
黄色い幽体が腕にはやした触手の一本をのばし、それをルエルの胴体に巻きつかせた。つづいて二本目、三本目と間断なく触手をのばし、それらが腕や脚、そして首に巻きついてルエルを拘束した。
「ハッハアアァァ! とらえたぞォ!」
下卑た笑いをひびかせて黄色い幽体が歓喜する。
「凄腕の狩人などと謳われているレイスもこの程度かッ・・・ふん! 噂など、あてにはならんなァ」
「・・・・・・」
「このままじわじわと絞め殺してやるッ」
複数の触手に力がこもり、ルエルの首や胴体を絞めあげはじめる。
「貴様の肉体は、俺がもらってやるから安心して死ね。い~い体してやがったからなァ。あの体は楽しめそうだぜ、クククク」
「お前、こちらで戦うのは初めてか」
「・・・なに?」
黄色い幽体がおどろいた原因は、ルエルの発言だけではなく、その声に苦しんでいる様子がまったくみられなかったからであろう。幾本もの触手に首や体を絞めあげられているにしては、ルエルの声はあまりにも平然としていた。
「ど、どういうことだ・・・」
ルエルが苦痛を感じていないことへのあせりと、アストラルレルムでの戦いが初めてだと看破された動揺でうろたえはじめた黄色い幽体に、ルエルは静かに語りかけた。
「お前は、ここでの戦いをまるでわかっていない」
「なん・・・だと・・・」
「アストラルレルムは精神の寄る辺。己という存在に疑念をいだいた者が淘汰され、喰われていく世界だ。ここで自分の身を守り、他者を圧倒する方法はただひとつ、自我を強くたもつこと。それだけだ」
ルエルの声が淡々とつづく。
「だが、己の肉体という、精神の苗床をうしなったお前たちスペクターは、みずからの存在に確固たる意義を見いだせず、それゆえ記憶に揺らぎが生じやすい。その揺らぎは時が経てば経つほど強くなり、やがては自分のこともわからなくなる」
「な、なにをバカなッ」
「嘘だと思うか? なら、ためしに自分の名を言ってみろ」
「俺の・・・名前?」
「そう、名前だ。お前をお前たらしめている自我の導。誰もがこれをうしなっては自我をたもてない呪いのようなもの」
「お、俺は・・・俺の名は・・・う、ううう・・・」
自分の名を思い出せないのか、黄色い幽体が苦しそうにうめきはじめた。
それにともなってルエルを拘束していた触手が細く短くなっていき、やがてすべての触手がするするとほどけていった。
はなから触手の存在など意に介していなかったルエルは喜びもせず、なおも淡々と語りかける。
「ルエル・エストラーゼ。これがわたしの名前。お前は誰だ。お前の名を言ってみろ」
「や、やめろッ・・・う、ううう・・・うわあああああァ!」
突如、狂おしく叫んだかと思うと、黄色い幽体がルエルのわきをすり抜けてふたたび逃げだした。
「わたしの肉体に逃げこむつもり、か・・・無駄なことを」
ため息まじりにルエルはつぶやいた。
たしかに、ルエルの肉体は今、魂なき空の器も同然だった。そこに別の幽体が憑依すれば肉体はうばわれ、ルエルの幽体は帰るべき場所をうしない、今度はルエルがスペクターと化す。
だが、そんなことにはならない理由をルエルは知っていた。
知っていたからあせらない。
名もなきあわれなスペクターにとどめをさすため、ルエルは悠然と身を翻してあとを追った。
ルエルが追いついた時、黄色い幽体は、ラリアラに抱きしめられたルエルの肉体の上空でぽつねんと浮かんでいた。うばうつもりだった肉体に憑依できず、困惑している様子である。
「彼女は共幽者だ」
背後からルエルがそう教えてやると、黄色い幽体は、すでに観念しているのか、逃げもせずにゆっくりとこちらをふりかえった。
「・・・スピリット?」
「離体はできないが、自分の幽体を他者の肉体と共有できる者たちだ。わたしの肉体には今、彼女の幽体の一部が注がれている。つまり、わたしの肉体は今、お前たちスペクターの言葉を借りて言うなら、先客がいる、という状態だ」
「そう・・・だったのか・・・」
「これでわかったろ? 我々は、お前たちスペクターを狩るプロだ。攻めも守りも抜かりはない。そんな我々から逃れる術など、お前たちにはない。それとも、もう一度あの女の体を乗っ取ってみるか? 利き手に矢傷を負った状態で、わたしとラリアラのふたりを相手に勝てる見こみがあるのなら、それもわるくはないだろう」
そんな見こみなど万にひとつもないことを承知の上で、ルエルはあえて言っていた。
遠くへ逃げようとしても追いつかれ、逃げこめる有望な肉体すらうしない、退路を完全に断たれた黄色い幽体は肩を落としながらおずおずとたずねてきた。
「俺は、どうなる・・・」
ルエルは相手をあわれむことなく冷ややかに告げた。
「消滅して虚無に還る。喜びや楽しみがないかわりに、悲しみやおそれもなくなる・・・完全なる無だ」
「い、いやだッ。俺はまだ死にたくない!」
「もう死んでいる」
「だまれえええ!」
叫ぶや否や、黄色い幽体がふたたび触手をのばしてきた。
だが、今度のそれは勢いが鋭く、ルエルの幽体をとらえるのではなく貫こうとしているのが明白だった。
この攻撃は、先ほどとちがって、ルエルもよけないわけにはいかなかった。
なぜならスペクターと対峙するうえで最も危険なのが、この最後のあがきだからである。
あとがなくなった彼らの攻撃には生への執着と未練がこめられる。「生きたい」という未練が「生きていた」という生前の記憶を束の間、よみがえらせ、彼らにかりそめの自我をあたえるのである。
たとえ、かりそめだろうとも、自我のこもった攻撃は幽体を傷つける。
それがアストラルレルムの理である以上、まともにくらうわけにはいかなかった。
ルエルは最初の触手をひらりとかわし、二本目、三本目とつづけざまに突きだされた触手も体さばきだけでよけることに成功した。が、その直後、残りすべての触手が一斉におそいかかってきた。
(これは無理か)
体さばきだけではかわしきれない。冷静にそう判断したルエルはただちに右の前腕を剣の形に変化させ、それを巧みにあやつって迫りくる十本以上の触手をすべて斬り落とした。
「ぐあああああ!」
黄色い幽体がもだえ苦しんでいる。
当然であった。
彼の一部だった触手たちが、ルエルの強烈な自我によって存在を否定されて消滅し、無へと帰してしまったのだから。それら触手の再生はもはや不可能である。
ルエルは間髪入れず相手の懐にとびこみ、右腕の剣で相手の胸を深々と貫くと、引き抜いた剣を横に一閃して頭部と胴体を斬り離した。
「失せろ。永久に」
すばやく流れるような剣さばきに黄色い幽体は抗う暇もあたえられず、斬り離された頭と胴は煙のように雲散霧消して跡形もなく消えさった。
「お帰りなさい、ルエ」
「・・・ん・・・んん~・・・」
深い眠りから強引に起こされた時のような気だるさは、アストラルレルムから自分の肉体に帰還したあとの常だった。頭のなかでなにかがガンガンとひびいているようで気分がすぐれず、全身もだるくて、すぐには立ちあがる気になれない。
「あらあら、フフフ、よし、よし」
そんな気だるさがやわらぐまで、いつもラリアラが抱きしめながら頭をやさしくなでてくれる。
それが気持ちいいものだからルエルもつい彼女のやわらかな胸に顔をうずめて、されるがままとなってしまうのだった。
だが、さすがに野次馬の目がある状況では、この甘美な時間に長くひたっているわけにもいかなかった。
「ラリアラ、そろそろ衛兵たちがかけつけてくるころだ」
だから抱擁をといて離れよう、とルエルは暗にほのめかしているのだが、ラリアラにその気はまったくないようである。
彼女は離れようとするルエルをぐいと引きよせて、強引に自分の胸にルエルの頭をうずめさせる始末だった。
「ダ~メ。もうちょっとこうしていましょ? ね?」
「被害者のことも気になる。彼女は? 無事なのか?」
「ええ、無事よ。おさえつけられてた彼女の意思も、あいつが出ていったおかげで解放されてるわ。まだ気をうしなったままだけど」
「ラリアラが射抜いた手の傷が気になる。手当てしてやらないと」
「あら。まるであたしが悪者みたいな言いようね」
口をとがらせてすねはじめたラリアラがこれ以上、機嫌をそこねないよう、ルエルは慎重に言葉をえらんで説得した。
「そうは言ってない。ただ手当てが必要だと言ってるんだ」
「ルエの手当てのほうが大事よ」
「わたしならもう大丈夫。ラリアラのおかげだ。だから、な、たのむ」
ラリアラの額に自分の額をそっとあてて、ルエルはゆるしを請うようにささやいた。
すると、ラリアラは根負けしたと言わんばかりに肩をすくめた。
「いいわ。今回はこのへんで勘弁してあげる」
ようやくラリアラが抱擁から解放してくれた。
共幽者は、離体者が離体している間、守るべき肉体と密着している必要がある。そのため、アストラルレルムから帰還した直後のルエルはラリアラに抱きしめられた状態となっている。
ふたりきりの状況なら、抱きあって甘美な時間にひたっているのも悪くない。が、今は野次馬に取り囲まれた衆人環視のなかである。
奔放な性格のラリアラは気にしていないようだが、それだけに、ルエルのほうで公人としての体裁をしっかりとたもつ必要があった。
ラリアラの抱擁から脱したルエルは、近くの地面に倒れて気をうしなっている女に歩みよった。右手にラリアラの放った矢が突き立っていることから、先ほどまでスペクターにあやつられてルエルと戦っていた女だとわかる。
彼女が気をうしなっているうちに、ルエルは彼女の右上腕に布をきつく巻きつけて止血してから矢を慎重に引き抜き、矢傷を負った右手に応急処置をほどこした。
「病で弱っていたところをつけこまれたのね。病は心を弱らせるから・・・」
ラリアラの言うとおり、女の額に手をあててみたところ異常に高い体温が感じ取れた。どうやら熱病におかされているようである。
心の衰弱は幽体の衰弱と同義である。なぜなら、病の苦しみが死を想起させ、生きる気力を萎えさせるからだ。そんな生気の衰弱が、スペクターにつけいる隙をあたえてしまったのである。そして体を乗っ取られ、そればかりか窃盗、傷害、売春、殺人にまで手を染めることに。
本人の意図しないことだったとはいえ、それらの悪行は彼女の記憶に残っていることだろう。彼女が負うことになる心の重荷はいかばかりか。
「かわいそうに・・・」
意識を取りもどしたあとの彼女の苦悩をおもんぱかって、ルエルの眉間に深いシワがきざまれた。
「被害者に感情移入しちゃダメよ、ルエ」
ルエルの肩に、ラリアラがいたわるようにそっと手をおいた。
「あたしたちに出来るのはここまでなんだから。現場の事後処理は街の衛兵に、彼女の心のケアは聖堂の聖職者にまかせましょ」
「ああ・・・わかってる・・・」
ラリアラの正論を頭では理解できていても、これで被害者を救ったと言えるのだろうかというジレンマまではぬぐいきれず、ルエルは無意識のうちに唇をかみしめていた。
「貴様ら、何者だ! そこでなにをしている!」
不意に背後でとどろいた尊大で荒々しい誰何の声は、ようやく現場に到着した衛兵たちのものだった。
彼ら衛兵は槍をかまえ、ルエルとラリアラをたちどころに包囲した。
ルエルとラリアラを騒乱の主犯とでも勘ちがいしているらしい衛兵たちに、ルエルは自分たちの身分をあかすため、胸を張って堂々と声を放った。
「我々は対幽災騎士団だ」
これをきいた衛兵たちの間で軽いざわめきがおこった。
「アストラルオーダーって・・・王家直属の、あの騎士団のことか?」
「実在したのかよ・・・」
「俺、初めて見たかも・・・」
「だまされるな! 俺たちを担いでるのかもしれんぞ」
信じる者、疑う者、各々が思いを口にして戸惑っている。
彼らが半信半疑なのも無理はなかった。アストラルオーダーという組織が世間では半ば都市伝説的な存在で、実在しているかどうかも疑わしいとされているからだ。わかっているのは王命のみにしたがう王家直属ということのみで、誰が、なんの目的で創設し、どのような活動をしているのかも一切不明の組織、というのが一般的な見解だった。
アストラルオーダーのことを正しく認識できている者がいるとすれば、それは王族と、ごく一部の貴族くらいなものであろう。
そんな謎めいた組織の構成員がみずからをそう名乗ったことで、衛兵たちにおどろきを、あるいは疑念をあたえたのかもしれない。
「こちらの任務は完了している。被害者の保護と、現場の事後処理をたのむ」
ルエルからそう言いわたされた隊長らしき年配の男も、当初、疑わしそうな目つきでルエルを見ていた。ところが、ルエルの胸もとで輝いている青白い石に視線をさだめると、彼は途端に顔を強張らせ、あわてて背筋をピンとのばしたかと思うと手にしていた槍を垂直にもちなおし、威儀をただしてから応答した。
「はッ。承知いたしました! あとのことは我らにおまかせください!」
十六になったばかりの小娘でしかないルエルに対して、大の大人がここまで慇懃にふるまうのは異常である。だが彼はそうせざるを得ないものを見てしまったのだ。
ルエルやラリアラの胸もとを飾っている青白い宝石──それはイスタミアンブルーと呼ばれ、光源のない暗闇のなかでも光を放つ霊石として名高く、イスタミア王家の象徴としても有名であった。
これを所持できるのは王族と、王によって認められた人間だけであり、この石を身に帯びている者は例外なく王族と同等にあつかわれる。隊長のルエルに対する態度が豹変したのはそのためであった。
「じゃ、帰りましょ、ルエ」
ラリアラが無邪気な声でそう誘い、ルエルの腕に自分の腕をからませてきた。
「こ、こら、ちょっと・・・」
ルエルとしては衛兵たちの手前、騎士団の威厳をそこねるようなふるまいは慎みたいところであったが、ラリアラは、そんな見栄などおかまいなしといった調子で衛兵たちに手をふりながらルエルをぐいぐいと引っぱっていった。
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