第二話 推しの目に何が映っていますか 3
「ルノーアです!」
「――なに??」
警戒した顔で扉を開けたのは、グレンだった。
「グレン、もう少し優しい口調ができないのか」
後ろからリディオン様が苦笑いした。
大丈夫ですよーリディオン様。これは愛情故の番犬モードだから!
「コーヒーをお持ちしてまいりました!」
――書斎でお仕事する際はコーヒーがあると喜ばれます。と、お好みのコーヒーの淹れ方まで丁寧にメイラおばさんが書き残してくれました。
「ああ、ありがとう。」グレンは素直にお礼を言ってトレイを受け取ってくれた。
リディオン様はコーヒーカップの間に置かれた、2皿に切り分けられたパウンドケーキに気づいてくれた。「焼き菓子まで焼いてくれたんだ。これはうれしい。」
「頭を使うと糖分も欲しがるかなと思いまして!」大学受験中にチョコレートの食べすぎで5キロ太った兄の話を思い出しながら、台所にあった材料で木の実とドライフルーツを入れたパウンドケーキを焼きました。もちろん味見と称してかなりの量を「試食」しました。
「少しひと息しよう。ルノーア嬢もご一緒にいかが。」
「いいえ!!私はこれで!!」
逃げ出すように私は部屋を後にした。またあの寂しそうな目で見られたら、きっと断れなくなる。推しの貴重な休憩時間を邪魔してはならないのだ!!
その間、私はリディオン様の自室の掃除をすることにした。いい天気だったので、朝一に干したシーツはもうポカポカに乾いているし、花瓶のお水も替えよう!
ベッドメイキングを終えると、昨日置いた花瓶の前に、一枚の付箋があることに気づいた。
『ルノーア嬢へ』
――ぎゃ!!拙者のことだ!!!この流麗な筆の運びはまさか…
『花を飾ってくれてありがとう。君とよく似た可憐な花である。これからもどうぞよろしく頼む。
リディオン・シルヴァ』
――お手紙!!!直筆のお手紙いただきました!!これは『キザ』ではなく『紳士』だ!!ジェントルマン様!!!
「額縁に入れて、家宝とさせていただきます…」
私は手紙に合掌した。この近くで額縁のお店がないか、あとでジャスティンさんに聞いてみよう。
「はぁ…本当に優しいお方…!!」
推しのそばに居させてもらうのは、まだ2日目だが、やさしさの塊のような穏やかな人柄をひしひしと感じる。
【19歳の若さで騎士団団長に抜擢されたが、圧倒的な強さとリーダーシップのみならず、誰にも分け隔てなく接する謙虚な人柄で敬愛される。】
ふと、ゲームの設定集を思い出した。
本当に、その通りの優しい方である。
ただ、その透き通る深紫色の瞳の中に、なぜか時に寂しげな光が揺らめき、憂いが潜んでいるように感じる。
その設定集の続きの文が思い浮かぶ。
【しかし、王国暦702年の春、自分がとある魔法実験の産物であると知り、実験を主催した科学者を殺めた。主人公の両親もその事件に巻き込まれて命を失った。その憎悪の気持ちと強さから悪魔に目をつけられ、身体まで取り憑かれてしまい、そして更なる強さを手に入れた…。】
今は王国暦700年。つまり、この優しい姿は、あと2年で消えて…。
『彼の近くに居られるなら、一年しか生きられないモブでいい。彼が優しく微笑むのを、そばで見られるなら、それでいい。』
推しの闇堕ちルートを見ずに済むならいいなと思ったものの、私が居なくなっても、この世界の時間はきっと進み続ける。
リディオン様の優しい瞳は、憎しみに変わり、大勢の人を守ってきたその手が多くの無実の命を奪うことになる。
ゲームに登場していなかったグレンは、そのことを知った時どう思うのか。彼が敬愛してやまないリディオン様が...
呼吸もする、お腹もすく生身の人間としてこの世に生まれた。そのおかげで、推しを見て、声を聞いて、手を伸ばしたら触ることもできる。
もう、ここはドット絵の世界じゃないんだ。私ははっとした。
そして、どうしようもなく、その未来を変えてみたくなった。
一年間、自分だけ幸せに暮らそうと思ったのが、ひどく浅ましいと感じた。
私が居なくなったあとも、リディオン様にはいつまでも幸せに笑ってほしい。
そう思ってならなくなった。
読んでいただきありがとうございます!
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『孤児少年、迷いの樹海でもふもふと溺愛される第二人生を紡ぎます』
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