後書き とある文官の独り言
その戦士は彗星の如く現れた。
武の名家の出身ではない無名の孤児が入隊した3ヶ月後に、体重が自分より2倍もある小隊長を投げ飛ばした。またその1年後、単身で敵将の首を討ち取り、小隊長に任命された。
飛竜を倒すものとして、【竜殺し】という異名をもらったのは、史上最年少の17の歳であった。
その後、戦争は終わったものの、各地に盗賊や魔物が跋扈しているので騎士団は大忙しだった。
国中の平和を取り戻した暁には、その孤児の少年は英雄と呼ばれるようになった。周りからは「おい」ではなく、「団長」と呼ばれるようになっていた。
リディオン・シルヴァ。
彼が遠征の際に、数多く盗賊から助けた村のひとつは、私の故郷である。
父親は後ろから殴られて気絶していた。母親は、抵抗しながらも、小屋の中に連れて行かれそうになった。私と弟に関しては、「顔がいいので隣国に売ろう」と品定めされている最中だ。
動揺しているせいか、幸せな日常が崩れ落ちる光景をぼんやりと他人事のように眺めると、盗賊の悲鳴が聞こえた。
「騎士団だ!!!」
それからのことは非常に単純であった。烏合の衆の盗賊は、瞬く間に国一の精鋭部隊によって討伐された。
その先頭に立つのは、私とは10歳も離れていない青年だった。
自分より年上の大人を率いて、誰よりも先頭に出て、誰一人を死なせない。御年わずか19歳の騎士団の新しい団長であった。
「遅くなった」今より顔立ちに幼さが残っている団長は、私と弟を安全な場所まで保護し、親との再会も叶えてくれた。
漆黒の鎧に、鋼鉄の大盾。
その騎士団のシンボルを、幼いながらも目に焼き付けて、そしていつか、肩に並べて共に戦いたかった強い憧憬に変わった。
しかし、騎士学校の入学が決まった年、私は馬車の事故で膝に大怪我を負った。
今こそ上手く隠して、普通の人と変わらないような歩き方ができるようになったが、「無理をすると一生歩けなくなる」と診断された私の膝は、騎士団の厳格な訓練に耐えるものではなくなった。
肩を並べて戦う騎士団の夢を断念せざるを得なくなったが、私はおそばにいたいという夢を諦めることができなかった。
死に物狂いで、他の手段を探すと、騎士団の書類管理を担当する文官という存在を知った。人事管理、経費、遠征費用の試算…平均的な給料の割に仕事が複雑なため、国の公職の中でも人気がない方だった。
これしかない。
と、私は文官を目指して勉学の道へ進んだ。
「この成績なら、王宮にも配属出来ますが…」
卒業の前夜、指導教授は私の志望書を見て、不思議そうだった。第一から第十まで記入することができるその書類に、私はひとつの欄のみ記入した。
「いいえ、志望はこれでお願いします」
あの日から、私の未来は、ひとつしか有り得ない。
「大変だ、グレンさんんん。」
新入りの家政婦が慌ただしく走ってくる。貴族の令嬢の髪質と大違い茶髪は今日も綿のようにふわふわである。
昨日、家政婦のメイラおばさんの代わりに来ていた彼女のこと、私はとにかく苦手なのだ。
「おパンツ、洗えないんです…!!!」
「仕事だろ」
私は頭を抱えた。若くて美形な団長を狙おうと家政婦を応募してきた女性を大勢見てきたが、彼女は、今までに会ったことのない不思議なタイプだ。
「無理です…!!!キャパオーバーです!!」
「何よ、キャパって」
【キャパオーバー】【推し】【尊死】など聞いたことのない言葉を時折口にする彼女に、得体の知れなさやを感じてしまう。
「私なんかにさ、おパンツ洗われて、リディオン様は気持ち悪がるんじゃない?!」
何故かと言うと、団長の事になると彼女の目はいつだって本気だから。
――崇拝、憧憬、尊敬。
――特別な存在になりたい、くっつけたいような劣情や、見返しを求めたい浅ましい感情も無論一切ございません
【推し】という定義をそう説明してくれた彼女の大きい目には、彼女の本心を疑う余地を与えさせないほどの誠実さを感じる。そして、自分と似ている、団長へのひたむきな思いを感じてしまう。
「推しのおパンツ洗うなんて恐れ多い…死んでしまうううう!!なので、頼んだ、グレンさん!!!」
「私の仕事じゃないって!!!」
洗濯物を私に押し付けては逃げていく彼女を捕まえるのに、今日は恐らく、多くの時間を費やすことになるだろうが。
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『孤児少年、迷いの樹海でもふもふと溺愛される第二人生を紡ぎます』
というほのぼのファンタジーものも連載しているので、
よければ作品ページから覗いてみてください。