第一話 推しの朝食に何を作りますか 2
推しのお家だ。
つまりこれから、一年間推しを眺めさせていただく神殿でもある。
興奮のあまりに鼻息が荒くなった私に馬車の御者はドン引きしたようだ。
「…ルノーア嬢、ですか」
屋敷の門の前に、ひとり黒髪の青年が私を出迎えてくれた。文官と聞いていたので、色白で本より重い物を持ったことがないような人だと勝手に想像していたが、全く違っていた。
仕事柄仕方がないのかもしれないが、眼鏡こそかけているものの、背が高くて体格が良い青年である。整えた顔立ちは、生徒会長よりもサッカー部のエースのような爽やかさがある。
ただ、なぜか私を見るなり、「げっ」とでも言いそうな不機嫌な顔になった。
「…またか。」
「はい?」思わず聞き返した。
「いや、何でもない。私は団長補佐のグレンだ。案内するのでついてきなさい」
愛想わるっ!!!なになに??早速新人いびり??いいね――!!!
私は顔を輝かせた。
誤解されたくないが、私は決してMと呼ばれるようなタイプではございません。
ただご存知の通り、体が弱く、まともに通学して青春を謳歌したことがない。もちろん、数少ない授業に出た日も、私の扱い方が分からないのか、周りの子は壊れ物のように接してくれた。やさしくて親切なクラスメイトばかりだったが、距離感を感じて仕方がなかった。
なので、優しくされていない経験自体が新鮮で面白い。その方が、【素】を感じられてとても嬉しい!
「はい!よろしくお願いします!」
さらに喜びを帯びた私の声に、グレンはきょとんとした顔で、さらに不審者を見るような顔になった。
「団長の屋敷は、2階建てである。2階は団長の私室と書斎と来客用の客室。1階は、浴室、応接間、食堂、調理場、洗濯場…そしてルノーア嬢の部屋がある」
住み込み家政婦と聞かされていたので特に驚きはなかったが、なんだか悔しそうに自分の名前を言われたので、私は気になった部分を聞くことにした。
「グレンさんはここにお住みでは無いのですか」
おお、なんかさらに悔しそうになった。
「団長は簡素な生活を好んでいらして、自ら団長邸として選んだこの小さめの物件に使用人の部屋は一室しかない故、私は…自宅から通っているのだ。次、浴室を案内する。ご存知のように、団長はご多忙の方、ご自宅は日頃の休みを癒す場所で、その一つである浴室も非常に重要な場所でして…」
愛想が少々悪いが説明上手なグレンの話を半分聞き流し、私は頭の中で推理ゲームを始めた。
――私の顔を見るなり、「またか」とあからさまな不満。
――自分が住み込みでは無いことが悔しい。そして私に対して…羨ましい?
――何より、「団長」という言葉を発する度に感じた違和感…
――もしかして、真相は!?
「ここが君の自室になる。期限付きの契約なので、整理整頓に気をつけ、丁寧に使うように…」
「あの…グレンさん」
「仕事への質問は後でまとめて聞く」
「いいえ、個人的な質問です。」
「個人的な質問?団長のプライベートの部分はこたえかねる」グレンは形の良い眉をしかめる。
「いいえ!グレンさんへの質問です!!……ずばり、グレンさんも、【推してます】よね!!!」
「あー?推す?」あまりにも予想しない言葉にグレンはぽかんとして間抜けな声を発した。冷静な人には、やはり意表を突く作戦が効いたようだ!
「推しとは、それは、崇拝!憧憬!尊敬!!であります。しかし、特別な存在になりたい、くっつけたいような劣情や、見返しを求めたい浅ましい感情も無論一切ございません。」
「ルノーア嬢…キミ、どこかで頭でも打ったのか」割りと真剣に心配されている。
「いいえ、いたって健康です!グレン氏、私は君の敵ではないです。あわよくば玉の輿乗りたいとか下心を抱くことも一切ございません」
「わ、分かったから少し落ち着いて。」
「つまり我々は、戦友なのだ!!!!!団長を一緒に推しましょう!!!!」
私は、非常に嬉しいのである。
ゲームにハマったのは、入院生活が長期化になった頃なので、見舞いに来る兄以外、ゲームの話ができる友達1人もなかった。まして、ツンデレ美少女がタイプな兄とは、推しの素晴らしさについて語ることも出来ず…
若い女性を警戒するのは今まで何度もトラブルがあったのだろう。せっかくメイラおばさんがいたのに腰が痛めたという。
質素な生活を好む団長の自室には、必要最低限の部屋数がなく、住み込みは家政婦のみ…。
どれもが、その事実を直感に訴えたのだ。
そして、こんなに近い場所に、【友】がいること。
「戦友?」
爽やかな青年は完全に混乱しているようだ。困らせて申し訳ない。
「はい、単刀直入に言うと、わたしとグレンさんと同じ、団長が大好きで、彼が幸せになれるようにただ見守りたいということですね!」
「だ、大好きなんて、何を言っているの」
言葉の割に、図星を突かれてグレンは顔を赤らめた。
「要するに下心がないので安心して欲しい、とだけ言いたいです。」
私はグレンの手を握って微笑んだ。
「短い間ですが、誠心誠意、団長を仕えさせていただきます」
「信じられるものか… 」私の手を振り払って、グレンは頑張って冷静さを取り戻そうとしているみたいだが、どうやらあまり上手くいっていない。
「団長を騙そうなんてしたら、私が承知しないんですからね!」
「グレン、今日はいつもより大きい声出るな」
扉の方から聞こえるその低い声に、私とグレンは仲良く「ひゃ――ー」と叫んでしまった。
――ベルベット・ボイス。
柔らかくて艶がある布を用いて声の質を例えることば、この瞬間まで1度も使おうと考えたことがない。
VCがついていないゲームだったので、今までは色々な声優の声で想像してみたことがあるが、どれもいまいちピンと来なかった。
――実物の声を聞くまで。
「だ、団長。任務お疲れ様です。帰還が明日になると聞きましたが…」
「早く片付いだので、久しぶりに自宅でゆっくりしようと思って」
低くて心地よい声。ゲームの序盤の台詞から感じ取れる穏やかさと親しみやすい人柄。
推しのそばにいたい。人生の終わりに叶えてもらった願い。ただ何となく実際会えるのはもう少し先だと完全油断した故に初対面の予行演習を一切していないのだ。
推しがいま、後ろにいらっしゃる。
拙者、振り向けない候。
読んでいただきありがとうございます!
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