四ツ木明日香
「未来!?」
俺──四ツ木世津の目の前で、未来がフェンスと共に屋上から落ちていく。まるで最初からそのフェンスが外れるのを知っていたみたいに落ちて行った。
間に合わないとわかりながらも外れたフェンスに駆け寄って下を見る。
「え……」
未来が落下途中で浮いている。
いや、まるで録画の一時停止みたいにピタッと止まっている。
『僕が時を止めた』
懐かしい声が聞こえてきたかと思って振り返ると、長い髪の少女が立っていた。
「や。世津くん」
未来の顔に良く似た少女が俺に手を上げて挨拶ひとつ。
「ばあ、ちゃん……」
去年の春、死んだはずの四ツ木明日香が俺の目の前にいる。
「どうして……?」
「忘れたの? 僕、時の魔法少女だよ」
その言葉で、もしかしたらと質問してみる。
「過去から来た?」
「大正解。死ぬ前の過去から未来──今の世津くんからすると現代に時を駆けて来たんだよ」
言いよどみながら隣に立ち、下を覗き込むと悲しそうな顔をした。
「未来ちゃんが地面に叩きつけらる前に時を止められて良かった。孫の遺体なんて絶対見たくないからね」
そうだ。未来だ。
今はばあちゃんの存在も気になるけど、未来の方が優先だ。
「ばあちゃん! 未来が、未来が──!」
「落ち着いて、世津くん」
全て見透かしたような瞳で見つめられると、ばあちゃんは俺の持っている時の砂を目で差す。
「未来ちゃんが今までなにをしていたのかというのは、時の砂を通じて僕に伝っているよ。世津くんにも僕の血が流れているから、時の砂を通じて未来ちゃんがしてくれていたことがわかるはず。どれだけ世津くんのことを愛していたかわかるはずだよ」
「愛、してくれたいた……?」
まだ自分の中では色々と整理できていない現状。
ばあちゃんは俺の持っている時の砂に触れる。
「うっ! ……っつう……!」
バットで頭を思いっきり殴られたような衝撃。目の前がチカチカとしてそのまま膝から崩れ落ちてしまう。
「あ、があああ……! ああああああ!」
耐えられないほどの頭痛に断末魔の叫びが出てしまう。脳に無理やりになにかを流し込まれている感覚。脳が圧迫し爆発しそうだ。
「世津くん……」
ばあちゃんが俺を抱きしめてくれる。けれども痛みは全く引き気配はない。
そんな状態だってのに、脳内から様々な光景がフラッシュバックしてきやがる。
『四ツ木のこと好きになっちゃった』
『世津くんが好きです』
『四ツ木くん。好きだよ』
これは俺が見た夢……。
いや、違う。
これは、現実にあったことだ。
夏、夏枝七海と恋人になったこと。
秋、秋葉美月と恋人になったこと。
冬、冬根聖羅と恋人になったこと。
そして──。
『世津。きみのことが大好きです。私と付き合ってください』
初めての恋人。加古川未来。
その全ては現実に起こっていたこと。
俺は未来の卒業式の日に死ぬ。なんども、なんども、なんども死ぬ。
夏枝と恋人になっても死ぬ。美月と恋人になっても死ぬ。聖羅と恋人になっても死ぬ。
それを未来が時の砂をふりまいて救おうとしてくれていた。
でも、俺は助からなくて。
最後に未来は命をかけて俺を救くおうとしてくれた。文字通り、自分の命と引き換えに。
「ばか、だよ、未来……。なんで俺なんかにそこまで……」
全ての情報が脳内に刻まれた時、痛みは消えいた。代わりに涙が溢れ出てしまっている。
「世津くんも逆の立場なら同じことをしたと思うよ」
ばあちゃんに優しく言われてなにも言い返すことができない。
「今から世津くんは未来ちゃんを助けようとするよね」
「……ぐすっ……。うん」
当然だ。
今度は俺の番だ。
俺が未来を救う番だ。
「でも、それじゃ同じことの繰り返しになっちゃう」
「へ……?」
なんとも間抜けな声が出ちまった。
ばあちゃんは抱擁を解く。
「世津くんが時の砂を使って過去に戻って未来ちゃんを助けようとしても、やっぱり未来ちゃんを救うことができない。どうしようもなくて。最後は未来ちゃんと同じ行動を取る。自分が死んで未来ちゃんを助ける結末が待っている」
ばあちゃんは淡々とこれから先の状況を予想してくる。
「そうなったら次は未来ちゃんが同じ行動を。その次は世津くんが同じ行動を。キミ達は交互に砂時計をひっくり返す。無限ループ。永遠に時の砂の中に閉じ込められてしまうだろう」
「だったら、どうすれば……」
頭を抱えると、ばあちゃんが教えてくれる。
「世津くんには二つの選択肢がある」
「二つの選択……?」
「一つは──未来ちゃんが世津くんに命をくれた。未来ちゃんの願いは世津くんが生きてくれること。それだけなんだよ」
ズシンとばあちゃんの言葉が胸に刺さる。
「辛いかも知れない。苦しいかも知れない。それでも救ってもらったのなら前に進むしかない。キミは未来ちゃんのためにも幸せにならなければならない。夏枝七海ちゃんと。秋葉美月ちゃんと。冬根聖羅ちゃんと。三人の中から一人を選んで幸せにならなければならない。それが未来ちゃんの命をかけた覚悟なのだから、世津くんも覚悟を決めなければならない」
残酷な選択肢。
これを選ぶには相当の覚悟が必要となる。
「これが一つ目。次に二つ目だけど、正直にこっちはおすすめできないな」
「教えてくれよ。もう一つの選択肢を」
ばあちゃんは一呼吸置いてから教えてくれる。
「二つ目は奇跡を起こす」
「奇跡、を?」
「うん。僕が世津くんを過去に送る。時の砂じゃなくて僕自身の手で送るんだ。そうすることで時の砂のループから抜け出せるかも知れない」
「過去に戻る方法を変えることで未来を救えるかもってこと?」
「そういうことだね。そして戻った過去で世津くんから未来ちゃんへ思いの丈をぶつけて欲しい」
「俺から?」
「うん。今までのループは時の砂で戻って、未来ちゃんから告白していた。それを今回は僕自身の手で過去に戻って、世津くんから告白する」
ばあちゃんは教えてくれた後に複雑そうな顔をする。
「正直、それをしたからと言って変わるという保証はない。というか、おそらくそれくらいのことじゃ死という運命を変えることはほとんど不可能に近い」
「でも、不可能じゃないんだよな?」
尋ねると、コクリと頷いてくれる。
「少しでも可能性があるのなら、その可能性に賭けてみたい。未来のいない未来なんて耐えられないよ」
ばあちゃんは少し黙った後に、笑みを浮かべた。
「世津くんはそう言うと思った。だから、僕もわざわざ来たんだけどね」
ばあちゃんは瞳を閉じて集中し出した。
止まった時の中なのに風のようなものが強く吹く。
「……はぁ、はぁ」
ばあちゃんは苦しそうな顔をしている。
「ばあちゃん、大丈夫?」
「孫達を助けるためだ。これくらいなんともな──げほっ!」
言葉の途中にばあちゃんが吐血してしまった。
「ばあちゃん!?」
「大丈夫、だから。へへ。こんな大きな魔法を連発したらそりゃ身体に負荷がかかるよね」
「ばあちゃん! このままじゃ死んじゃ──」
言葉の途中でハッと気が付いてしまう。
もしかして、ばあちゃんが死んじゃった理由ってのはこれが原因ではないのだろうか。
「世津くんは勘が良いね。流石は僕の孫」
「やめてくれよばあちゃん! これをやめればばあちゃんは死なないんだろ!?」
「孫のために死ねるなら本望ってもんなんだよ。それに不老なだけでおいさきは短いんだ。気にしないでよ」
「嫌だよ……。これで、ばあちゃんが……」
「僕がここまでしたんだから、世津くんは未来ちゃんと幸せにならないといけない。もし、未来ちゃんを泣かせたら化けて出てやるんだから」
「ばあちゃん……ばあちゃん……!」
「世津くん。証明してみせて。不可能を可能にする未来を。バッドエンドを覆すきみのハッピーエンドを」
ニコッと微笑んでみせる。
「奇跡は起こるんじゃなくて起こすんだよ。運命を変えて──」
ばあちゃんの最後の言葉を聞いて、俺の意識は遠のいていった。




