世津なき未来は砂時計にながされて
一体、何度時の砂を振りまけば世津を救うことができるの?
夏枝七海ちゃんと恋人になっても。秋葉美月ちゃんと恋人になっても。冬根聖羅ちゃんと恋人になっても。世津の未来は変わらない。
世津を救うことができない私の心はすり減っていく。絶望していく。
世津無き未来は砂時計にながされて。
希望と思っていた砂時計は絶望を積み重ねていくだけ。でも、砂時計がないと世津は救えなくて。世津のいない私は砂時計にながされている。踊らされている。
世津のいない未来ならいっそ死んだ方がマシだ……。
死んだ方がマシ……?
そうだ。
まだ試していないことがあった。
♢
灰色の雲は、今にも大雨が降り出しそうだと言わんばかりに空を覆っている。まるで私の今の心の内を曝け出しているかのようだ。そんな天気にちょっぴりの親近感を抱いた卒業式の日。秘密の学校の屋上にて、もうすぐ来るだろう愛しの人物を待っている。
ガタンと屋上のドアが開くと同時に、扉の方へ反応する。
「未来」
「世津」
世津が見えたので手を振ると駆け足で近寄ってくれる。
恋人みたいに近寄ってくれる。
告白はしていない。
だって、この恋が実ったらあまりにも残酷過ぎるから。
「卒業おめでとう」
大好きな人からの祝福の言葉。
濁りなき、純粋なお祝い。
「ありがと」
彼の祝福に対して、こちらも純粋な笑顔で返す。偽りのない、いつもの笑顔。
「ね、世津。お願いがあるんだけど」
「どした?」
視線を世津のブレザーの第二ボタンに向ける。
「制服の第二ボタン、もらっても良い?」
「第二ボタン?」
世津は無邪気に笑って見せる。
「なんだ。未来も卒業生らしいことしたいんだな」
「まぁね」
「でも、これって卒業する先輩が後輩にやるもんじゃ?」
「世津の第二ボタンが良いんだよ」
「おいおい。深読みして勘違いしちゃうだろ」
「勘違いしたら良いよ」
いつも通りに返すと世津は、「相変わらずないとこ様なこって」と呆れながら第二ボタンを引きちぎる。
「ほい。卒業祝い」
「ありがと」
私は世津のくれた第二ボタンを見つめると大事に握りしめた。反対の手でポケットより時の砂を取り出す。
「いつも持ち歩いてんだな」
「うん」
「ばあちゃんの形見だもんな」
「そうだね。おばあちゃんの形見。でも、それだけじゃないんだよ」
私が意味深なことを言ったもんだから、世津ったら首を傾げて疑問の念を投げてくる。
「どういうこと?」
真実を告げることに対して躊躇してしまう。
だけど、もう決めたんだ。
「私はね、世津」
決めたんだ。
「私は時の砂を使って何度も同じ時間をループしてる。タイムリープしてるんだ」
「タイム、リープ?」
こちらの告白に、予想外だと言わんばかりの声が漏れていた。
「待ってくれ。時の砂はばあちゃんにしか使えないだろ?」
「時の砂に願ったらね、私にも使えることができたんだよ」
「まさか、そんな……」
世津は動揺していたがすぐに私を信じてくれたみたい。
「未来がタイムリープしているって言うんだったらそうなんだろうな。俺達には時の魔法少女の血が流れている。時の砂を使えたとしても不思議じゃないか」
流石はいとこ。こんな突拍子もないことも、おばあちゃんの事情を知っているから信じてくれるよね。
「どうして未来はタイムリープしているんだ? 時の砂になにを願ったんだ?」
彼の純粋な疑問に対して、純粋に答えるのが辛い。怖い。
でも、言わなきゃいけない。
真実を──。
「世津を死なせないために過去に戻してって願った」
「……え?」
衝撃波でも受けたかのような反応。そんな彼の顔を見てられない。見たくもない。
「私の卒業式の日。世津は事故で死んじゃうの」
彼からの反応はない。そりゃそうだ。いきなり死の宣告を受けたんだ。それが例え冗談だとしても怖いだろう。
「私ね。世津が死ぬ未来を回避するために、色々やってきたんだよ。本当に、色々と……。
夏枝さんと恋人になったら世津に明るい未来が来るんじゃないか。
秋葉さんと恋人になったら世津に楽しい未来が来るんじゃないか。
冬根さんと恋人になったら世津に希望のある未来が来るんじゃないか」
「あいつらと、恋、人……?」
「そうだよ。あの子達と恋人の未来も存在していたんだよ」
自分の口から伝える悲しさ、虚しさ。つい、世津と私の関係性のことも説明したくなる。
「それからね。それから……。私と恋人だった時だってあるんだよ? たった一度。タイムリープする前。私は世津に想いを告げた。世津は私の想いを受け入れてくれて、恋人になって、幸せな日々を送っていたのに……。いたのに……」
涙が出てしまう。
今日は泣かないでおこうと思ったのに、涙が溢れ出る。
「なんどもなんどもなんども……。なんどやっても変わらない。世津は私の前から消えちゃう。そんなのやだ。絶対にやだ」
世津にこんな顔を見られるのは嫌だけど、それでも必死に彼に説明する。
「どうしたらいいの? どうしたら世津が死なずに済むの? もう恋人になりたいなんて贅沢言わない。たった一日違いで学年が離れ離れになったことに嫉妬しない。私だって世津と一緒の学年になってみんなと騒がしく過ごしたいなんて高望みしない。世津が生きてくれてるだけで良い……。それだけで良いのに……どうして神様は私のお願い聞いてくれないの……?」
これから自分が行うことに対して、怖くなり、震えてしまう。
「世津……。受け取って。第二ボタンと交換」
震える手で時の砂を渡す。
私は時の砂にながされている。絶望を積み重ねて行く。これなしでは生きていけない。
でも──。
「時の砂は何度も世津に会わせてくれた。世津が生きている世界に私を運んでくれた。世津のいない未来を見せないようにしてくれていた私の大事なお守り」
世津は反射的に時の砂を受け取ってくれた。
「私には世津がくれた最後のお守りがある。これを持っておばあちゃんに会いに行くよ」
「おい未来。それはどういう意味だ」
「どうしたら世津が死なずに済むか神様にお願いしても無駄だった。だから、私は死神にお願いすることにしたんだ」
「待てって未来。なんの冗談だ。全然笑えないぞ」
笑顔でお別れをしよう。涙でぼろぼろになった顔でお別れなんて嫌だからね。
「さよならだね。世津」
トンっと、私は世津の方を向いたまま後ろに飛んだ。
後ろにはフェンス。タイムリープ前、世津がもたれかかって外れたフェンスがある。
ガシャンと案の定フェンスが外れた。
私はそのまま屋上から落ちる。まるで砂時計が落ちるようにゆっくりと落ちていく。
「未来!?」
最後に世津が私の名前を呼んでくれた。それがなんだか嬉しかったな。
長いことタイムリープをして様々なことをしてきたが、私が死ぬとどうなるのかというのは試していない。
タイムリープしている本人が死ねば、世津の未来も大きく変わるだろう。多少の行動を変えただけじゃ未来は変わらない。なら、命をかければ変わるでしょ。
これが私の、命をかけたバタフライ効果。
世津が助かるのなら。世津さえ生きてくれれば……。
ああ、でも、やっぱり生きて世津の隣に立ちたかったな。世津と幸せに暮らしたかった。
そんな願い虚しく、私は砂時計にながされるように、意識が段々と遠のいていってしまう──。




