とあるナツへのタイムリープ
残酷な未来はそう簡単には変わってくれない。
私が奇行に出たくらいでは変わらない未来。世津の死を回避できない。
どうすれば良いの……? どうすれば私の最愛の人は救われるの……?
行動が小さ過ぎるのかもしれない。
なにかを得るにはなにかを失うしかないのかもしれない。
恋人の世津を救うには、私が恋人じゃなくなればあるいは……。
──嫌だ……。嫌だ、嫌だ!
私は昔から世津の事が好きだった。
物心ついた頃から姉弟みたいに育ったずっと一緒のいとこ。
たった一日違いなのに学年が違う時は絶望した。どうして私は世津と一緒の教室じゃないのかと泣いた。
でも、私達は結婚できる関係。親戚だけど結婚はできる。それが法律的に許された関係なのであれば我慢する必要はない。
だから、私は世津と一緒にいた。
日に日にカッコよくなっていく世津の姿に私は夢中だった。
そんな世津に相応しい女の子になるために自分を磨いた。綺麗になるために色々と勉強した。学校の勉強も頑張った。
世津に勉強を教えてあげれるかもしれない。そうなるとふたりの時間は増える。
バレンタインデーに我慢できなくなって告白をしてOKをもらい、私達の関係はいとこから恋人となった。
昔からの夢が叶ってこれから楽しい未来しかやって来ないって信じて疑わなかったのに……。
「大好きな世津を救えるのは、大嫌いな自分だけ」
そうだ。
今、世津を救えるのは私だけ。加古川未来だけ。大嫌いな自分だけ。
世津が死んじゃうくらいなら私は恋人じゃなくなっても……。姉弟みたいないとこみたいな関係に後退しても……。
私が恋人じゃなくなったら、世津は仲の良い女の子と付き合うよね。みんな魅力的な女の子だし。
世津が他の誰かと恋人になっても、彼が生きてさえいてくれれば良い。
それくらい、私は四ツ木世津のことが大好きなのだから。
♢
ザーザーと降り注ぐ雨。
もう夏だというのに梅雨みたいに降る雨を二年六組の廊下前の窓からぼーっと眺める。
世津の恋人じゃなくなることを決意した。
決めたんだ。
私は世津を救う。大好きな人を救う。私達の関係性がなんだろうと関係ない。
「加古川先輩……」
秋葉さんの微かな声が聞こえてきたので視線をそちらに向ける。
彼女の隣に立っている世津は、なんだか私を色物でも見ているかのような瞳で見つめてきていた。
「秋葉さん。ちょっとだけ、《《それ》》、借りて良い?」
「どうぞどうぞ。《《これ》》で良ければ気のすむまで持って行ってください」
「ごめんね、秋葉さん」
「いえいえ、全然、全然」
秋葉さんはぶんぶんと首を横に振る。
「じゃ、先に行ってるね」
「ああ。また後で」
世津と秋葉さんが互いに軽く手を振り合って、彼女の姿が見えなくなったところで世津がこちらに視線を向ける。
「珍しいな。未来が俺の教室まで来るなんて」
ちょっと笑いそうになってしまった。だって、世津の声が若干震えていたんだもん。
「未来先輩、でしょ。ここ、学校」
彼のおかげでいつも通りに接することができた。
「ぬかせ。四月一日生まれと四月二日生まれのたった一日違いに先輩もくそもあっかよ」
「残念ながら、たった一日違いでも、世津は私より学年が一つ下なのだよ。後輩くん」
「ぐぬぅ」
変な声を出す世津。
あー。楽しいなぁ、世津とのお喋り。本当に楽しい。
「んで、その未来先輩様がなんの御用で?」
楽しくて、嬉しくって、やっぱりもっと世津と一緒にいたいって気持ちが溢れてきてしまう。
「せ、先輩命令です。きょ、今日は私とデートすること」
「……はい?」
あっけらかんとした声で返されててしまう。
「デートって、俺と未来が?」
「そう。キミと私が」
「どこに?」
「そりゃ……。んー、そうだなぁ……」
ただ一緒にいたいだけなので具体的な提案などなかった。
天井を見上げて考えると、卒業旅行の計画を思い出してしまう。
「世津のバイクでツーリングとか?」
「バカですか?」
世津は笑いながら窓の外に目を向ける。
「この土砂降りの中、ツーリングなんてバカがどこにいるんだよ」
強い雨はザーザーと強く地面を打ち付けていた。時折、廊下の窓に当たる雨音がその強さを象徴してくれる。
「青春は雨とバイク。激エモじゃない?」
「エモさと引き換えに体調不良を取得する羽目になるぞ」
「一緒に体調不良になろうよ」
「いやだわ! どんなお誘いだ!」
「むぅ……」
そりゃそうだよね。でも、世津とバイクに乗りたかったな。
いじいじと足で、のの字を描いた。
「それに悪いけど先約があるんだ。デートならまた今度な」
先約……。
それって、夏枝さんと?
ガシッ。
気が付くと私は彼の腕を掴んでしまう。
「待って、世津、待って……。行かないで。今日は私とデートして。ううん。デートじゃなくても良いから。私の側に一緒にいてよ」
私の決意はどこへやら。
思っていたことと違う行動に出てしまい感情がめちゃくちゃになってしまう。
泣きそうで、今すぐに世津に抱きしめて欲しい。
「なんかあった?」
「えっと……」
世津の心配するような声で我に返る。
私は……。恋人をやめると言ったのに、なにをしているのだろう。
救うと決意した相手に心配かけてなにを……。
「今日予定変えようか? なんかトラブルに巻き込まれてるなら俺は未来を優先する」
「……ずるいよ」
優しすぎる。
優しいよ、世津。
そんなんじゃ、恋人をやめたくなくなっちゃう。
「ごめんね。なんでもない」
だめだ。だめ、だめ。
世津を救う可能性があるのなら揺らぐな加古川未来。
救う相手に心配をかけるな。
笑え!
「受験勉強でちょっとイライラしてただけ。雨の中をバイクで駆け出したらスッキリすると思って」
「受験勉強は辛いよな。それで未来のストレス発散になるなら乗せてやりたいんだけど……。今日は勘弁な。めっちゃ雨降ってるし、また別の日でも良い?」
「……うん」
名残惜しいが腕を離す。
「今のは私らしくなかったな。反省、反省」
いつも通り、いつも通りを演じろ。
「まぁ、未来らしくはなかったかな」
「今日は帰って来たら世津の大好物で晩御飯を彩ってあげよう。肉祭りだ。だから、できるだけ早く帰っておいでね」
「らしくないって言った直後にらしくない行動を取ろうとしているぞ。いつも、健康面を意識したヘルシーメニューだってのに、どんな風の吹き回しだ?」
「真のレディーは気まぐれなものなのだよ。その気まぐれを射止めることができるのが、真の紳士というものさ」
言いながら、ポンポンと頭を撫でてやる。
「お子ちゃまの世津にはちょっと難しかったかな」
「ぬかせ。一日違いめ」
いつものやりとりを終えると、世津が最後に言い残す。
「受験勉強大変そうだし、あれだったら飯は無理して作らなくても大丈夫だからな」
気を使ってくれる言葉。
「俺は未来の味方だから、なんかあったら遠慮なく言ってくれ」
まるで恋人を甘やかすようなセリフ。
「……いつの世津に会っても、キミという存在はいつまでも優しいんだね」
そう。世津はいつまでも優しい存在。だから、絶対に救うよ。




