おわりのはじまり
「おっかん、ち最近までわっぜ元気やったんに。見た目じゃほんのこてわからんな(母さん、つい最近までかなり元気だったのに。見た目じゃ本当にわからないわね)」
「無理しちょたんじゃらせんか。見た目は若ってん、あん骨見たじゃろ。いっちょんなかったど(無理してたんじゃないか。見た目は若くても、あの骨を見ただろ。全然なかったじゃないか)」
気が付くとどこからか鹿児島弁が聞こえてくる。
大阪に住んでいる私からすると、全くもってなにを喋っているのかわからない。まるで外国語を聞いているような感覚に陥る。
「ここは……」
私が立っているのはおばあちゃんの家の居間……?
「未来、そげんところ突っ立ってなにをしちょど?(そんなところに突っ立ってなにをしているの?)」
喪服姿のお母さんが、鹿児島弁で喋ってたそのままのテンションで私に鹿児島弁をぶつけてくる。
なにを喋ってるのか正直わからないけど、その声は世津の葬式の時のように沈んだものではなかった。いつも通りのお母さんの声。
「あ……っと。あはは。あかんね。地元に帰ってくるとついつい方言が出るなぁ」
私に方言が通じていないと察したお母さんが大阪弁で、ごめんごめんと笑っているが、大阪弁も方言である。大阪弁は伝わるので気にはしないが。
「ん。未来が持ってるの、それ、どっかで見たな」
「え……」
お母さんに言われてからようやく自分の手になにか握られていることに気が付き、視線を手に向ける。
「時の砂……」
私は時の砂を握りしめていた。
「時の砂?」
お母さんが首を傾げていると、居間で親戚と話していた世津のお父さんである四ツ木義之さんが答えてくれる。
「それ、母ちゃんが大切にしてた砂時計やろ」
「あー。お母さんの。どうりで見覚えがあるわけやね」
「そういえば未来はあの砂時計ねだってたよな」
おばあちゃんの葬式の日に話した内容。
喪服。おばあちゃんの家。時の砂……。
私は砂時計を、ギュッと握りしめて義之さんに問う。
「叔父さん。今日って、おばあちゃんの葬式の日?」
ゴクリと生唾を飲んで叔父さんの顔を見ると、目を丸くして驚いた顔をしていた。まさかそんなことを聞かれるとは思ってもみなかったような顔だ。
そんな叔父さんとは対照的にお母さんは笑っていた。
「なに言ってんの。さっきおばあちゃんにさよならしたところでしょ。白昼夢でも見たん?」
お母さんの言葉でドクンと心臓が跳ねる。
ここはもしかしたら……。
過去?
「お母さん、世津は? 世津はいる?」
「世津なら……って、近い、近い」
無意識にお母さんへ詰め寄るように質問していたみたい。
「世津なら縁側で一丁前にかっこつけて黄昏てるぞ」
叔父さんが教えてくれて、私は教えてくれた礼を言うのも忘れて縁側へと向かう。
そこには──。
「世津……」
愛しの恋人の姿があった。
かっこつけて座って、手のひらに桜の花びらなんか乗せて黄昏てる。かっこいいのかダサいのかよくわからない。私の大切な人。
「未来?」
そんな彼の顔が、声が、仕草が、もう一度見られたことによって今まで我慢していたものが一気に溢れ出す。
「世津ぅ……ぅぁあ……!」
泣きながら彼の胸に飛び込んだ。
もう二度と感じることのできなかったであろう温もり。匂い。
彼の胸で、泣いて、泣いて、泣いていると、私の頭を優しく撫でてくれる。
「大丈夫か、未来」
まるでお兄ちゃんみたいに優しい声と手。彼の手で私は徐々に気持ちが落ち着いていく。
世津の胸で泣いて、気持ちが落ち着いたら冷静に今の状況を考えることができる。
ここは過去だ。私は時の砂を使って過去にタイムリープしたらしい。
おばあちゃんの話では、時の砂はおばあちゃんにしか使えないと言っていた。だけど、私が過去に戻りたいと強く願ったからなのかな。過去にタイムリープすることができたみたいだ。もしかしたら時の魔法使いであるおばあちゃんの血を引いているから時の砂が応えてくれたのかもしれない。
真実はわからない。
でも、これはきっとおばあちゃんが導いてくれたものだと思う。
「おばあちゃん、私……」
私は時の砂へ誓う。
世津を救う。
時の砂が、おばあちゃんがくれたこのチャンスで絶対に世津を救ってみせる。




