第9話 ガールフレンド(仮)ができたのにいとこがからかってきやがる
その後、カフェで念入りに偽りの恋人の設定を作り上げていたのだが、部活終わりで腹を空かせた夏枝がギブアップ。
俺も未来が晩飯を作って待ってくれているので解散となった。
足りていない設定の部分は、メッセージのやり取りで補充しておく。
設定その1。
偽物の恋人を演じる期間は夏休みまで。
3年はその頃には引退しているので、偽物の恋人を演じる必要はなし。
設定その2。
仲間達にも内緒にしておく。
もちろん、仲間達を信用していないわけではないが、どこでバレるかわからない。相手を騙すならまずは味方からということで、仲間達にも秘密にしておく。
設定その3。
夏休みまでに数回デートをしておく。
適当に写真を撮っておいて、誰かに聞かれた時にすぐに見せれるようにしておくらしい。
以上の設定により、偽物のカップル爆誕である。
「スマホ。食べてる時くらいはやめたら?」
団地住みの俺の家の間取りは3DKだ。一般的な団地の間取りといえるね。
家の居間にて、夏枝とメッセージのやり取りをしていると未来から注意されてしまう。
確かにご飯を食べているのに、スマホをいじるなんて行儀が悪いし、なにより作ってくれた未来に対して失礼だ。
今日は宣言通りの肉祭り。味わいながら食べないとな。
実は、俺の両親は去年の春から長期の海外出張に行っている。
本当は父親だけの単身赴任って流れだったが、初めての海外生活に不安を覚えた母親が付き添う形で俺を置いて行ってしまった。
置いていかれたというと語弊があるな。
俺は自ら日本に残ることを希望した。
せっかく仲良くなった仲間達と別れるのは嫌だし、両親がいないってことは気ままな一人暮らしを満喫できる。
そのメリットを考慮して日本に残る選択をした。もれなくとして近くに住む、いとこの未来が面倒をみてくれることになったというわけ。
夏枝に断わりの文を送ってから、素直に彼女の言葉に従ってスマホを畳みの上に置いた。
「ごめん、ごめん。ちょっとメッセージのやり取りをしてた」
「ふぅん」
未来は見透かしたような目で俺を見てくると、わかったかのように質問を投げてくる。
「彼女でもできた?」
「彼女……」
この場合は、設定その2に該当するだろう。
「デキタ」
「なんでカタコトなんだか」
未来はこちらの回答へ深追いはせず、それだけ言うと箸を進めてご飯を食べる。
「未来パイセン。彼女ですよ。俺に彼女ができたのですよ?」
「ふぅん」
興味なさそうなジト目でこちらを睨んでくる。
「反応うすっ」
「別に。今更世津に彼女ができたとか言われてもねぇ……」
なんだか俺が女の子をとっかえひっかえしているような言い草だな。
「初カノなんですけど」
「おっと」
未来は箸を置いてから、小さくパチパチと拍手を送ってくれる。
「わー。おめでとー。末永く爆発してねー」
「いとこへの祝福の言葉が辛辣」
「だって、この時期はまだ……」
視線を伏せてから蚊の鳴くような小さな声でぶつぶつ呟く。顔を上げた時には真顔だった。
「ね。キス、しよっか」
「……はい?」
このいとこ様はいきなりなにを仰っておられるのでしょうか。
こっちはガールフレンド(偽)ができたと今し方伝えたのにも関わらず、とんでもない爆弾を投下しやがる。
もちろん冗談だろうが……。おい、その真顔をやめろ。冗談に聞こえないぞ。
「ダメ……?」
どこか色っぽい聞き方に、ノックアウトされそうになる。
未来のやつ、本気で……?
いや、それにしたってなんでいきなりキスしたくなるんだよ。これは絶対に俺をからかっているに違いない。
「……や、すぅ……。その……」
脳内ではやたらと早口で言葉が浮かび上がってくるのだが、実際の口から放たれるのは吐息混じりの細い歯切りの悪い声。
こちらの反応を見て未来は、「ぷっ」と吹き出した。
「この程度で揺るぐ関係のふたりを祝福はできないなぁ」
「な、なにをぉ? おちょくりやがったなぁ」
「冗談に決まってるでしょ。彼女ができたって人にキスしようとか普通言わないよ」
ぐっ……。仰る通りだよ、どちくしょうが。
「あれあれー? 世津くんは、未来お姉ちゃんとチューしたかったでちゅかー?」
「ええい! やかましぞ! 一日違い!」
まるで本当に年の離れた弟をからかう姉のような仕草と、見透かしたような態度に負けた気がしてこの話題を終わらせた。