第九話 せっかくのデートなのに雨
未来の入試が終わった。
入試の出来具合を聞くと、ピースで返してきたので上々の出来具合だったんだろうな。
俺が言うのもなんだが、入試より告白した時の方が緊張していたのではなかろうか。
人生を左右する入試よりも俺への告白の方が緊張するっていうのは、つまりは俺の存在は未来の人生にとってなくてはならない存在。
とかなんとかキモイ思想になるのを許して欲しい。男子は基本こういうこと考えるから。考えるから。
ええい。そんなことよりも、入試が終わったなら明日から未来と恋人らしいことができるかも、なんてちょっと期待しちゃったりして。
そんな期待でわくわくしながら昨日は床についたのを覚えている。
「……ん」
夢は見なかった。深く眠れたのだろう。
ふと気が付くと。なんだか妙に甘い香りが俺の鼻筋を通って脳をくすぐってくる。ゆっくりと瞼を開けると、まだぼやけている視界に綺麗な顔が瞳いっぱいに映る。
「起きた?」
まだ覚醒しきっていない脳では今の状況がいまいちわからない。とりあえず、未来が目の前にいることだけは把握できる。寝起きの俺ができる可能な限りの質問をぶつけることにした。
「なに、してんの?」
「添い寝?」
「添い寝……ね……」
彼女の答えに納得して、二度寝の快楽へと身を委ねようとしたところで思いとどまった。
「あれ……添い寝って、して良い事、だっけ?」
半分以上眠っている状態の脳では添い寝が善なのか悪なのかの判断ができないでいる。
「思いっきりねぼけてる」
くしゃりと微笑みながら、いつもみたいに頭を撫でてくる。これがまた心地良くて、すぐにでも夢の世界へと旅立てそうになる。
「良いに決まってるでしょ。私達は恋人同士なんだから」
「そっか、俺達恋人同士だもんなぁ……へへぇ」
未来がそう言うなら間違いない……。って、ん?
「……いや、うん。朝から物凄い恥ずかしいこと言ってるな」
急に意識が覚醒する。
恥ずかしいセリフを恥ずかしげもなく言い放ち、更には綺麗な女性と添い寝なんてしているシュチュエーションによる顔面の紅潮。
「そう? 別に本当のことなんだから恥ずかしくないでしょ」
目の前の美人さんは全然恥ずかしくないみたい。なんで俺が恥ずかしがっているのか不思議で仕方ないといったご様子。誕生日が一日違いによる大人の余裕とでも言いたげだな、おい。
「今、何時?」
今日は学校が休みの日だ。しかしながら、未来は休みの日でも容赦なく起こして来るタイプ。そんな彼女が俺を起こさないところを見ると、まだ朝の早い時間帯だろう。
彼女が寝転びながらスマホを確認した。
「十時」
少しばかり耳を疑ったね。
両親が海外出張に行く前ならまだしも、未来が朝起こしに来てくれるようになってからは、そんな時間に起床したことなかった。休みの日でも最悪八時には強制起床させられるからな。
「今日はどうして起こさなかったんだ?」
「たまには世津の寝顔でもじっくり見ようと思って」
「俺の寝顔なんて楽しくもないだろうに」
自分の寝顔に興味がないもんで、そんなもんを見たってなんの価値もないと思うのだが、未来は、「そんなことないよ」と笑いながら否定する。
「寝言で、『未来お姉ちゃん……ちゅき……』とか言ってる時の寝顔とか尊いし」
「なっ!?」
ガバッと反射的に起き上がってしまう。
「そ、そそ、そんなこと言ってたのか!? 寝言で!?」
寝言なんて自分じゃコントロールできないし、そもそも本当かどうかなんてわからない。
真相を確かめる手段なんてないんだけど、だからこそ、こっぱずかしくって、さっきから紅潮している顔が更に熱を帯びるのがわかる。
「言ってたよー」
からかうように未来も起き上がり、コソッと耳打ちしてくる。
「大丈夫。未来お姉ちゃんも世津のこと、ちゅき、だから」
「はぅぁ……!」
ビクッと体が反応してしまう。彼女の吐息混じりのセリフが、耳を伝って体全身に行き渡り、顔だけではなく体全体を熱くする。
このパイセン様はほんと、朝から俺をどうしたいっていうんです!?
「ちょ! 未来、さん!?」
「あはは! ビクッてなった。ビクッて!」
こちらの反応に、余は大変満足じゃ、なんて殿様の道楽みたいに笑ってらっしゃる。
「なんか世津って、かっこいいのか、ダサいのか、わかんない存在だよね」
「寝起きから辛めのご意見きっちぃ」
ずっと、ケタケタと笑っていた未来が徐々に落ち着き出してから、こちらに提案してくる。
「今日はどうしよっか?」
「ん?」
「入試も終わったし、大ちゅきな未来お姉ちゃんと遊び放題」
解放感に満ちた様子の彼女は、さっきの俺の寝言をまだいじり倒してくる。
なんだか妙に悔しいので、負けまいとこちらも戦闘態勢に入る。
「世津きゅん大ちゅきな未来お姉ちゃんは、せっかくの休みの日だから一緒にいたいって?」
「そゆこと」
あかん。この子にこちらの煽りが効かない。向こうの方が一枚上手らしい。
これ以上、この件での勝負はこちらになんの得もないことを察し、普通に彼女へ問いかける。
「どこか行く? カラオケにボーリング。遊園地に水族館。ピクニックにドライブ。入試お疲れ様ってことで、どこにでも連れて行ってやるぞ」
「わぁ。嬉しい」
わざとらしく言ってのけると、未来は立ち上がってカーテンを開けた。
「でも、雨なんだよね」
「……くそぉ。雨め」
これじゃ初デートなんて行けないじゃないか、くそったれめ。まぁ室内施設でのデートなら行けるだろうが、移動で濡れちまうのはちょっぴし勘弁だ。
落ち込んでいると未来が、「あ」となにか閃いて提案してくれる。
「だったらさ、やりたいことあるんだよね」




