第六話 秘密の場所での告白
「おおー」
初めて屋上に立ち入る。特になにかあるわけでもないが妙にわくわくしちまう。
強い風が吹いており、バンバンと風で煽られているフェンスは大丈夫かいなと思ってしまうが、うん、外れはしないだろう。
そんな頼りないフェンス越しから見える外の景色は、なんとも優越感に浸ることができる。
正門も、正門の前の通りも、そこを通過する車も、全部が上から目線。
地上から見える景色とは全く異なって見える。なんだか神様にでもなった気分で心が躍る。
「気に入った?」
まるで自分の所有物を自慢する子供みたいに聞いてくる未来へ、こちらも童心に戻ったかのような気分になっちまった。
「気に入った」
「よし。なら、卒業する私からきみへのプレゼント。この場所を世津にあげるとしよう」
そんなことを言って来るもんだから、ついつい昔を思い出して笑っちまう。
「昔から未来は、自分のものでもないものを俺にくれるよな」
思い当たる節があるらしく、彼女は懐かしむように微笑んだ。
「あはは。だね」
真冬に思い出す真夏の思い出。セミがうるさいくらいに鳴いていた夏休み。それと同じくらいにうるさい少女時代の未来は、見た目の清純さとは裏腹に活発でおてんば娘であった。
白いワンピースが汚れてるのなんて気にせずに、じいちゃん、ばあちゃんの家でラムネを飲んでいた俺を引っ張り出しやがって裏山にある洞穴へと強制連行しやがった。
そこにはまるでタイムスリップしたかのように、昭和の忘れ物が大量に保管されていたっけ。めんこ、ベーゴマ、ヨーヨー。俺達の時代じゃお目にかかる方が珍しい代物に目を輝かせたのを覚えている。
『気に入った?』
『気に入った』
『よし。なら、私から世津へのプレゼント。この場所を世津にあげよう』
今と変わらずに放たれたセリフを思い出し、ついつい笑みが零れてしまう。
こいつは美人に成長したとしても本質は変わらない。あの頃のままの未来だ。
「ね。世津」
改めて名前を呼んでくる未来の方を見ると、終わりかけの冬の風で靡く髪を耳にかけていた。
「だったらさ、あの秘密基地でした約束覚えてる?」
「約束?」
いきなり問われるもんだから、一体なんのことを言っているのかわからずに首を傾げる。
こちらのリアクションに、少々残念と言わんとする表情を見せる彼女を見て、悪いことをしたと若干の罪悪感が芽生えてしまった。
「私がさ、『おばあちゃんと違う名字だから、同じ名字が良かった』って言った時のこと」
「あ、あー」
なんともまぁこっぱずかしい思い出を語って来るもんだと思い、照れくさくなって頬をかいてしまう。こちらの反応を見て、彼女はからかうように問いただしてくる。
「あの時、きみはなんて言ったっけ?」
「さ、さぁ……」
そんな恥ずかしい昔のことを言わせようとしてくるので、白々しさ満載でかわそうとするが、ズイっとこちらに顔を近づけて圧力をかけてきやがる。
「なんて、言った?」
「い、いやー……」
「な・ん・て・いっ・た?」
物凄い圧に負けてしまった。こりゃ答えるまで無限ループアンド機嫌が悪くなるやつ。機嫌が悪くなると今日の晩飯が野菜乱舞となる。
別に野菜が嫌いってわけじゃないけど、一週間続いた実績があるのでそれは避けたい。
晩御飯を死守するためにと、恥を忍んであの頃に放った同じ言葉を彼女へと送る。
「だったら、俺と結婚したら良いじゃん」
やっば。あっつ……。昔の純粋無垢な俺、恨むぞ、べらぼうめ。
いくら、子供の頃のセリフといえど、こんな臭いセリフを言葉に出して言うなんて恥ずかしくて、頭にヤカンでも置いたらすぐにでもわきそうだ。
「……えー。世津とぉ? うーん。あははー」
「……っのやろ」
このパイセン様は、あの時に返してきたセリフをそのまま打ち返してきやがる。完全に遊ばれてるぞ、俺。
「なぁんて、あの頃の私は素直じゃなかったな」
「……え?」
未来は思い出し笑いをしながら、なんとも意味深なことを告げてくる。真っすぐにこちらを見つめてくる瞳。
急に雰囲気が変わる。
先程までの、楽し気な雰囲気から一変、なんだか幻想的な雰囲気が屋上を包み込み、キツネにでも化かされたかのような気分になっちまう。
「今日の私達の運勢は占いのポイントは素直になることだったよね。そしてラッキーアイテムは砂時計」
未来の呟きながらポケットから時の砂を取り出した。
祈るように握りしめた後、真っすぐと潤んだ瞳で俺を捉える。
「あの時、世津がそんなことを言ってくれてすごく嬉しかったんだよ。あんなのただの照れ隠し。本当は大好きな世津が結婚してくれるなんて言ってくれて、あの後眠れなかったんだから」
幼い日の思い出の真相を教えてくれて、こっちは心臓がバクバクしてしまう。
あの時、未来はそんなことを思ってくれていたんだな。
「それは今も同じだよ。今だって世津のことが大好き。結婚したいって思ってる」
いきなりの告白。
一瞬なにを言われているのかわからずにいたが、言葉の意味を理解した時、ドキンと心臓の音が大きく跳ねた。呼吸が荒くなり動悸が激しくなる。
未来は砂時計と入れ替わりにポケットから綺麗に包装された小さな箱を取り出す。
「これ、本命チョコ、だよ」
「本命……?」
「そういう意味だから。大好きって意味だから」
変化球のない渾身のストレートを放ってくる。
「昔からお姉ちゃんぶるのは世津と一緒の学年じゃない悔しさから。世津のお世話をするのはずっと一緒にいたいから。私の行動は全部、世津への溢れんばかりの思いの行動の結果なんだよ」
今まで一番近くで過ごしてきた長年の思いを伝えてくれる愛の告白。
「世津。きみのことが大好きです。私と付き合ってください」
「未来……」
昔からずっと一緒のいとこ。たった一日違いのくせしてお姉ちゃんぶって、偉そうだけど、綺麗で誰よりも優しくて、世話してくれる。そんな居心地の良い関係。この告白を受け入れればもうそんな関係には戻れないのかもしれない。
今まで通りに、口喧嘩して、仲直りして、お姉ちゃんぶって、あしらって、笑って、泣いて、喜んで、楽しんで。そんな陽だまりのような関係には戻れない。
でも、でもだ。
今まで培ってきた時間はそれ以上の関係性を作り上げることができるはずだ。
未来と共にいる未来を容易に想像できる。
これが運命の相手ってやつなのかもしれない。
「俺も、ずっと前から未来のこと、好き、だったよ」
そもそも俺の方が先に好きだったんだ。おてんばなところや、ちょっと強引なところがあったけど、それ以上に優しく接してくれる彼女を昔から想っていた。
彼女の告白を受け入れるように、本命チョコを受け取る。
「世津……。うれ、し、い……」
彼女の瞳から雫がポロリと頬を伝う。
そんな彼女の姿を見ていると、なんだか切なくて、消えてしまいそうで……。
自然と俺は未来を抱きしめてしまっていた。
「せ、つ?」
「ごめん。嫌だったか?」
彼女は俺の胸の中で、ぶんぶんと首を横に振った。
「そんなことないよ。このままずっとギュッとして」
「うん」
屋上に吹く真冬の風なんてなんのその。俺達は互いの温もりを感じながら時間を忘れて抱きしめった。
恋人として抱きしめあった。




