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セツなきミライは砂時計にながされて  作者: すずと
夏枝七海編〜サマータイムフェイクラバー〜
8/100

第8話 偽の恋人

「付き合ってって……どこに?」

「四ツ木はそんなベタな間違いをするタイプだったんだ」


 しょうがないなぁ、なんて面倒臭そうにして、はっきりと発言してくる。


「恋人って意味で、付き合って」

「恋人……」


 夏枝七海が男に告白。それはあり得ることなのだろうか。


 美人の女バスのエース様は男子からモテモテで、告白された回数は数えきれないほどだとか。それでも断り続けるのはよほど理想が高いのか、男に興味がないのか。


 同じグループでほとんど毎日一緒にいて、仲は良いけどそこは男と女。


 互いの恋愛事情に深く踏み込んだことは一度もなかった。


 仮にこの告白がマジだったとしても、それはあまりも突拍子がなくて現実味がない。


「わたしからの告白でドキドキしてる?」

「ドキドキっつうか困惑だわ」

「そっかぁ。しまったな、もう少しドキドキな空気を作ってから言った方が良かったな」


 パチンと指を鳴らして悔しがっている。


「その空気を作ってどうする気だったよ?」

「え? ドギドキしてる四ツ木を見て楽しむの」

「なんちゅうことしようとしてたんだ。ぜひとも弄んでください」

「だーめ。ドギドキしてないから、今回はお預けでーす」

「ちくしょうめ。演技でもドギドキしてれば良かったぜ」


 指パチンのお返しをして割と本気で悔しがる。こんな美女に弄ばれるなんて我々の業界ではご褒美でしかない。


「しかしだな。そんな言い方をするってことは、この告白になにか裏があるってことだよな」

「まぁ……ね」


 夏枝が神妙な面持ちに変わる。


 さぁ今から本題に入るぞってところで少し空気が重くなる。


「ええっとね……」


 随分と歯切りが悪くなっている様子から、ちょっと言いにくいことなのが伝わって来る。


 普段、余裕しゃくしゃくといった感じで生きている夏枝七海の意外な一面が見れた気がするな。


 時間はたっぷりとある。急かす必要もないし、彼女のタイミングで話してくれれば良い。


 夏枝からの言葉を待つために、彼女の飲みかけのコーヒーカップを手に持った。


「……ちょーい、ちょい。お兄さん? なにしてる?」

「へ? 夏枝と間接キスしようと思って」

「なるほど」


 夏枝は立ち上がって手を、ひょいひょいと動かした。どうやら立てって意味らしい。


 素直に立つと一瞬だった。腕を持って行かれて関節技を決められる。


「いてえええええ! ちょ! 夏枝さん!?」

「ええっと。これでどうやって唇と唇をくっつけるの?」

「痛い痛い痛い! なになになに!? なにが起こってるの!?」

「え? 関節キスがしたかったんじゃ?」

「漢字がちげーわ! なんだよ関節キスって!?」

「関節技決めてからキスするんじゃないの?」

「ちょ! ギブ! ギブだから!」


 タンタンタンと、関節技を決められていない方の手で夏枝の腕を叩いて白旗をあげる。


 ようやくと解放された時には、もう涙目であった。


「キミ、やっぱりドSだわ」

「どっちが悪いの?」

「さーせん」


 謝りながら席に座ると、夏枝がくすりと笑っていた。


「ありがと」

「関節技の練習台になってくれてありがとうってか?」

「そうだね。中々、関節技をかけさせてくれる人っていないから助かる。わたし一人っ子だし」

「良かったよ。夏枝に弟がいなくて。もし、夏枝弟が存在していたらそいつの関節はボロボロだ」

「わたしに弟がいたらめっちゃ甘やかすっての」


 なんだか、先程のどんよりした空気が晴れ、いつも通りの空気が流れる。


 そこでようやくと夏枝が本題に入ってくれた。


「実は、男バスの先輩から告白されちゃってさ。その先輩、女バスのレギュラーの先輩と付き合ってるのに、わたしに告白してきたんだよね」

「うはー。どろどろー」

「ねー」


 他人事みたいに返事してやがる。


「その告白はどうするんだ?」

「もちろん断るつもり。だけどさ、そういう噂ってすぐに広まるでしょ。それがその女バスの先輩の耳に入ったら嫉妬するかもなんだよね」

「『なんで私の彼ぴがあんたに告ってんのよ! 誘惑でもしたんでしょ!?』」

「あはは! そんな感じ、そんな感じ」


 知りもしない女バスの先輩のものまねをしてみせると意外とウケたな。


「そのどろどろ展開を理由に他の部員に迷惑かけるのは見逃せない。もうすぐ3年は最後の大会だし、できれば穏便に事を進めたいんだよね」

「先輩達も、最後の大会をそんなしょうもない沼展開で汚されたくないわな」

「でしょー。わたし、基本的に先輩達は尊敬してるから、そんなことで女バスがグダるのは絶対嫌なんだよね」


 言葉の途中でこちらへと視線を配る。目が合うと悪戯な笑みを作ってきやがった。


「だから彼氏がいるってことで断りたいんだよね」


 その言葉で彼女の、『付き合って』の真意を理解できた。


 経緯はなんとなくわかるが、疑問は浮かんでくる。


「普通に告白を断るのとどう違うんだ?」

「色々と楽かな。先輩への告白の断り方もいちいち考えなくても良いし。彼氏いるなら諦めるでしょ」


 断り方としては、「彼氏がいるので」の一点張りで難を逃れることができるってわけか。


「それにしたって、わざわざ偽りの彼氏を用意しなくても、脳内設定上の彼氏の存在だけで良いんじゃないか? 夏枝が、『彼氏がいる』って言っただけでみんな信じるだろ」

「恋多きわたし達JKは、他人の恋が大好物なんだよ。女バス内で、『デートの写真見せて』って言われるかもしれない。それに、万が一先輩に今回の件が知られて、直接なにかやられそうな時は、四ツ木が守ってくれるでしょ?」

「そりゃ、まぁ、夏枝に直接危害が及ぶなら守るけど」

「言質取った。約束だからね」


 ニコっと爽やかな笑顔でとんでもないことを言ってきやがるな。


「でも、そっか、脳内彼氏がいるって嘘をついたことが、そのややこしい先輩の耳に入ったら、それこそややこしいことになるってことか」

「そゆこと。だから彼氏役は必要ってわけ。それに、わたしに彼氏がいるって噂になれば、告白をしてくる人も減ってくれるだろうしね」

「あれ、もしかして言葉の後半が最大の理由では?」

「虫よけスプレーてきな?」


 あ、やっぱりそうみたいです。はい。


「……で、その虫よけスプレーな偽りの彼氏の役を俺にやれってこと?」

「四ツ木がその役にぴったりなんだよね」

「なんで俺がぴったりなんだ? 陽介や豪気でも良かったろうに」

「友沢はモテるから他の女の子から反感買いそうで違ったトラブルに巻き込まれそうだし、杉並はすぐにボロが出そう。その点、四ツ木は学校の嫌われ者で、他の女の子とのトラブルなんてなさそうだし、ボロも出ないだろうからね」

「ひっでー言われよう」

「あ、勘違いしないでね。わたしは四ツ木のことが好きだから一緒にいるんだから」

「それはLOVEの方で捉えてもよろしい?」

「さぁ。お任せします」


 あっけらかんと涼しく返されちゃった。はいはい、どうせLIKEでしょ。わかってますよー。


 ちょっぴり拗ねた顔をしていると、夏枝はくすりと笑って右手を差し出して来る。


「四ツ木。わたしと付き合ってくれませんか?」


 途端に真剣な顔をしてくるから、本当に告白されたと勘違いしてしまいそうになる。


 彼女は気が付いているのだろうか、その手が震えていることを……。


 こんな嘘なんてすぐバレるだろう。乗り気ではないが、彼女の震える手を見て気が変わった。


 少しでも彼女の気が紛れるように明るく手を握る。


「よろしくな、ハニー」

「よろしくね。ダーリン」


 平気だと口に出しても、先輩がなにをしてくるかわからない恐怖があるだろう。


 偽りの恋人を演じてやることで、少しでも彼女の恐怖が和らぐのであれば、俺は全力で夏枝の彼氏を演じてやるさ。

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