第一話 一周目のプロローグ
時の魔法少女が死んだ。
俺の祖母である四ツ木明日香は時を司る魔法少女だったらしい。
昔は魔法少女に変身して仲間と共に悪と戦ったのだ。
なんて、鹿児島にあるじいちゃん、ばあちゃんの家に帰った時はよく聞かされたっけ。
なんともまぁファンタジーな話だ。
俺が普通の家系に生まれ育っていたら確実に信じていなかっただろう。
だけど、ばあちゃんの話は信じざるを得ないんだ。
時の魔法少女の証なのか、ばあちゃんは年を取らなかった。
見た目は高校生くらいの少女。所謂、不老ってやつだ。
ちなみにばあちゃんの子供、俺の親父や叔母は普通に年を取っている。孫である俺といとこも不老ではなく、普通の人間だ。
不老なのはばあちゃんだけだっだ。
不老なんて聞くと、一生綺麗なまま生きていられて羨ましいなんて思ってしまうが実際はそうでもなかったみたい。
親戚一同その事実を知っている。だから、ばあちゃんの見た目なんかは気にならない。
だが、ご近所さん達は別だ。
そこはやっぱり気になるわけで、色物を見る目で見られることは多々あったらしい。
ばあちゃん曰く、なんとか誤魔化して過ごしていたとかなんとか。どうやって誤魔化していたかは乙女の秘密だってさ。
そんな時の魔法少女は不老であっても不死ではなかったみたいだ。
ばあちゃんも根本は普通の人間。
最後は美しい姿のまま逝ってしまった。
葬儀が終わった鹿児島の家には親戚一同が集まっている。
「おっかん、ち最近までわっぜ元気やったんに。見た目じゃほんのこてわからんな(母さん、つい最近までかなり元気だったのに。見た目じゃ本当にわからないわね)」
「無理しちょたんじゃらせんか。見た目は若ってん、あん骨見たじゃろ。いっちょんなかったど(無理してたんじゃないか。見た目は若くても、あの骨を見ただろ。全然なかったじゃないか)」
居間からは鹿児島弁全開で喋る親戚一同の声。
大阪に住んでいる俺からすると、全くもってなにを喋っているのかわからん。まるで外国語を聞いているような感覚に陥る。
鹿児島弁に大阪弁を突っ込む気力もない俺は、ばあちゃんとよく話をしていた縁側に座ってボーっと庭を眺めていた。
庭は綺麗に清掃されており、鹿威しも、桜の木も、毎日、毎日、自分で手入れをしていたと誇らしげに話してくれたっけな。
「世津」
カコーンと鹿威しが鳴るのと同時に、俺こと四ツ木世津の名を呼ぶ声が聞こえてきた。
聞き慣れた声に反応して顔を上げると、そこには見慣れた美少女が立っていた。
加古川未来。俺のいとこだ。
ショートボブの髪型は綺麗に整った彼女の顔を際立たせる。俺と同じ学校のブレザーを纏っているのに、まるで違ったハイブランド品に見えるのは彼女の容姿が優れているからか。胸元の鷹の校章も自然とかっこよく見えちまう。
身内フィルターを外して控えめにいうと美人って表現がぴったりだ。
「みんな鹿児島弁全開でなに喋ってるかわかんないね」
「俺も丁度そう思ってたとこ」
お互いクスリと笑い合うと、彼女が隣に腰かけて一緒に庭を眺める。
「おばあちゃん、時の魔法少女だからもっと長生きしてくれると思ったんだけど見た目じゃわかんないね」
「見た目は俺達くらいの高校生に見えたけど、普通の人間だったってことだよな」
「……花嫁姿見せたかったな」
寂しそうにぽつりと零す未来の切ない言葉はシャボン玉みたいに壊れそうだった。
そうだ。そうだよな。
時の魔法使いとか、不老とか関係ない。
孫である、俺と未来を愛してくれたばあちゃんだ。
俺だって大好きなばあちゃんへ、花嫁を紹介して結婚式に出て欲しかった。
しかし、それはもう叶わないものとなってしまった。そう思うだけで悲しくなり、俺も涙が出てきそうになる。
涙はばあちゃんの葬式で枯れたと思ってたけど、思い出して泣きそうってことは相当ばあちゃんが好きだったんだな。
「だめだね。だめだめ」
未来は大きく首を横に振って、少し無理やりに明るい表情を作り出す。
「辛気臭い顔してたら天国でおばあちゃんが拗ねちゃう」
「『もう。そんな辛気臭い顔してたら天国でのんびりできないじゃないかー』って言いそうだな」
「おばあちゃんだったら絶対そう言うよね」
ばあちゃんは明るい人だった。顔は未来に似ており、長く綺麗な髪が特徴でスタイルも良いどこかお嬢様を思わせる風貌。だけど、よくパーカーのフードを被って綺麗な顔を隠している印象だった。でも、性格は陽気で明るく、この人は暗くなる時があるのだろうかと思うほどにひたすたに明るい人だった。
ばあちゃんのことを思い出していると、ふと思い出すことがあった。
「そういえば未来。ばあちゃんから《時の砂》はもらったのか?」
時の砂はばあちゃんが魔法少女の時に使っていた時を駆けることのできる代物。所謂、タイムリープができる物らしい。なんだかファンタジーっつうかSFだな。
しかし、それは時の魔法少女であるばあちゃんにしか使えないらしい。
未来は時の砂に一目惚れしたらしく、珍しくばあちゃんにねだっていたのを覚えている。
使える、使えないのは置いておき、虹色の砂時計ってのは珍しくて綺麗だったもんな。俺も欲しかったけど、未来の熱意には負けたので俺がねだることはしなかった。
だが、これまた珍しくばあちゃんはそれだけは譲らなかった。なんでも買ってくれたばあちゃんがそれだけは未来にあげなかった。
「ううん。もらってない。おばあちゃん。それだけは頑なにくれなかったから」
「もう、もらって良いんじゃないか?」
「良いのかな?」
「形見として貰えば良いさ」
都合の良いことを言ってのけると、未来は少しばかり悩んだが、コクリと頷く。
「世津がそこまで言うのなら貰おう」
「そこまで欲しいのは未来だろ」
「世津がそこまで言うのなら貰ってあげよう」
このいとこ様はあくまでも俺のせいにしたいらしい。まぁなんでもいいが。
お互いに立ち上がり、鹿児島弁全開で喋る居間に大阪弁で乱入してやる。
「なぁ、おとん。ばあちゃんの時の砂ってどこあんの?」
「時の砂?」
俺の父さんである、四ツ木義之が反応してくれる。
「世津ぅ。そんたなんじゃ?」
「なに言うてるかわからへん」
「時の砂時計ってななんじゃって聞いちょっど」
「意味わからん」
お手上げ状態になっていると、父さんの妹で未来の母親の加古川翔子がフォローを入れてくれる。
「おにぃ。かごんま弁じゃ伝わらんやろ」
「おばちゃん。フォローするのに鹿児島弁じゃ意味ないやん」
「あ?」
未来のお母さんから、ブチンってなにかがキレるような音がした。
「世津ぅ? 自分、今、ウチのことおばはん言うたか? お?」
「なんでキレる時は大阪弁なんだよ」
「どないやねん。言うてみ」
「翔子さんはいつも綺麗で美しいお姉様です」
「うむ。よろしい」
鬼の形相がいつもの優しい未来のお母さんへと戻る。この人はおばちゃんと言うとキレる。翔子さんと言わないと俺の命はない。改めて言う事聞かないと逝ってまうと思ってしまった。
「ね、お母さん。そんなことより、おばあちゃんが持ってた時の砂ってどこにあるの?」
未来が呆れた声で尋ねると翔子さんは、俺の父さんと同じように、「時の砂?」と首を捻らしていた。
「あれか」
俺の父さんがポンっと手を叩いた。
「母ちゃんが大切にしてた虹色の砂時計」
父さんの訛のない発言に翔子さんも頷く。
「ああ。お母さんが大切にしてたやつね」
翔子さんが思い出したかのように立ち上がりどこかに行く。
「そういえば未来はあの砂時計ねだってたよな」
父さんが笑いながら未来へ言ってのけると、未来はちょっと恥ずかしそうにコクリと頷いた。
「貰って良いのかな?」
「未来のばあちゃんが大切にしてた物だ。孫が貰ってくれたら嬉しいに決まってる。遠慮なく持っていきなさい」
父さんの発言のあとに翔子さんが戻って来た。その手には虹色の砂時計が持たれている。
「あんたこれ昔から欲しがってたもんね。おばあちゃんも未来が貰ってくれたら喜ぶと思うわよ。大切にしなさいね」
翔子さんも俺の父さんと同じようなことを言って、未来へ砂時計を渡した。
「うん。大切にする」
未来は宝物を扱うように砂時計を胸元へ持って行った。
その時、時の砂が輝いたように見えたのは気のせいなのだろうか。




