第74話 冬の一撃。最高のライブ
マッハってのはもちろん比喩表現。
道路交通法を守り、安心、安全に冬のバイクでやってきました天王寺。
俺達の地元民はそこまで足を運ばないが、天王寺も色々と開拓されて行きやすくなって来ている。
キタ、ミナミに次ぐ、大阪第三の繁華街とか呼ばれてたりする。それもあべのハルカスの経済影響によるものだな。
そりゃ日本一高いビルなんだから観光客も、関西人だって訪れるってもんだ。
それにしたってこのアイドル様は、「いけいけー!」とか「かっ飛ばせー!」だなんて真冬のバイクなのに元気なこって。
なに? この世界の美女は寒さを感じないの?
ちょっぴり呆れながらも、あべのハルカスの目と鼻の先にあるショッピングモールのバイク置き場に着く。
華麗に聖羅がバイクから飛び降りてヘルメットを投げ渡して来るのを見て、美月ちゃんとは大違いだね、なんて美月に大変失礼な思考が巡った。
「わり。ちょっと遅れちまったな」
「まだ全然大丈夫。行ってくるね」
「おう。めちゃくちゃにしてやれ」
「ド派手にぶちかますよー!」
ピューと風のように走り去る姿は本当に早く、もうすっかりと彼女の姿は見えなくなっていた。こちらもバイクのエンジンを切って、ヘルメットホルダーに二つのヘルメットを収容する。
「さて、俺も聖羅の勇姿を拝みに行くとしますか」
バイクの鍵を外して俺も聖羅みたく、ピューと走ってライブ会場を目指した。
♢
ショッピングモールのイベント会場では既にライブは始まっており、爆音で音楽が流れている。音楽に合わせ、3人のアイドルが歌って踊っているのが伺えた。
今回はチケットなしなので後方の方での観覧となる。
聖羅からもらったチケットの日付は25日と書かれているため、こんなものをスタッフに見せようものなら悪質な犯罪と捉えられて通報されちまう。
つうか、これを作ったメンバーもメンバーだな、おい。
当日券は既に完売しているため、仕方なしにチケットなしの後で我慢するか。
ざわざわと会場は騒ついている。それはライブで盛り上がっているというよりは、困惑しているといった様子だ。
メンバーが1人足りていない中始まったライブ。こりゃなんの説明もなくライブを始めやがったな。
会場に来ているファンの多くは聖羅のメンバーカラーである黄色であった。
おいおい。手作りの刺繍を施した特攻服を着ている人なんかもチラホラと見えるぞ。『セイラン』とか書かれてるし。前のライブにはいなかったが聖羅のやつ、人気がうなぎのぼりに上がっていたんだな。
そりゃファンのみんなが聖羅ばっかり推すならば、他のメンバーも嫉妬するか。
昨今、考えは行動しないと意味がないと言われているが、嫉妬の念が生み出した相手を落とし入れる行動なんぞしちゃならんよな。
わあああああああ!
突如として歓声が湧き起こる。見ると聖羅が遅れて来たヒーローよろしくな登場でステージの真ん中に大きく立った。
アイドル衣装に身を包んだ3人に対して、センターで踊る聖羅は先程まで着ていた私服姿であった。
「なんでセイランだけ衣装じゃないの?」
「さ、さぁ……」
「でも、なんかこの演出良くない?」
「衣装なしは論外だけど、遅れて来るのは主人公感があるよな」
どこからか聞こえてくるファンの会話を聞く限り、演出ただと思ったみたいだな。
黄色いペンライトが大きな波のように蠢く会場。
全員の視線を独り占めした聖羅のダンスは、ペンライトの波に反応するように、激しく、華麗に踊り狂う。
他のメンバーを置き去りにしたキレッキレのダンス。
チームプレイ? くそくれぇだ。
息を合わせろ? 付いてこれるなら勝手ち来いや。
そんな意思を3人に見せつけているようだ。
レベルが段違いなのか、アイドル衣装を来たアイドル3人は聖羅のダンスに全く追いつくことができなかった。
会場は聖羅のダンスを披露させる演出と思っているのか、それとも素人目から見ても圧巻のダンスを披露する聖羅に魅了されているのか。
おいっ! おいっ!! おおおおおお!! おいっ!!!
なんて、黄色いペンライトで埋め尽くされて聖羅の独占場となる。
「あはは! こりゃめちゃくちゃだわ!」
俺は手を叩いて、ついつい大笑いしちまう。
聖羅のライブをめちゃくちゃにするってのは他のメンバーとのダンス力を圧倒的に見せつけてマウントを取る、最悪で最高の作戦ってこったな。
「いけえええええ!! 聖羅ああああああ!!」
会場の盛り上がりに負けず、俺はひとり聖羅に向かって声をかける。
聞こえるはずないと思うが、踊りながら聖羅はウィンクひとつ投げてくれる。
それが会場の被曝材となり、うおおおおおお!! と歓声が響き渡る。
俺の中で1番短かった4分強の曲が終了し、会場はものすごい盛り上がりのままMCへと入った。
『ありがとおお! みんなああ!』
最初の曲を終えた会場に、余裕の笑みを振りまく聖羅の声が響き渡る。
他のメンバーは付いて行くのがやっとだったのか、本番のライブだと言うのに練習後みたく、その場でへたれこんでいた。
セイラン! セイラン!! セイラン!!!
大迫力のセイランコールに聖羅は大きく手を振って返す。
みんなの期待に応えるように手を振り続けていると、ちょっと沈黙が入る。
その時、聖羅は大きく息を吸ったのが遠目でもわかった。
『ごめんなさーい!! ぼく、冬根聖羅はアイドルをやめまーす!!』
聖羅の渾身のストレートが会場に入った瞬間、会場内が一気にざわついた。ステージに立つメンバーも驚きのあまり固まってしまっている。
『もう──』
彼女が続きを話そうとするとマイクが切られてしまって声が一気に小さくなる。
聖羅も、「そりゃそうだよね」なんて顔をしながらマイクを地面に置くと地声で話し出す。
「色々と疲れちゃったんだよね。この衣装もそう。ぼくのだけ用意されてないし。今日だってライブの日にちをウソつかれたし。もう、最悪だよ!」
吹っ切れたのか。俺と話した時とは違い、自虐ネタのように笑いながら語り出す。
「今まで応援してくれたファンのみんな! ほんとーにごめんなさい! こんな勝手なことして。でも、でもね……!」
手を胸に置いて深呼吸をすると、ビシッと会場に向かって指差した。
「いつか必ず帰って来るから! 違う形でみんなの前に現れるから! その時はみんな!! ぼくの応援よろしくね!!」
最後まで言い放つと、会場にはファン達から温かい拍手が轟いていた。
困惑しているスタッフとメンバーなんか知らんと言った様子で、聖羅はピョンとステージから降りると人混みをかき分けて木枯らしのように俺の前に現れる。
「逃げるよ。四ツ木くん」
ガシッと俺の腕が掴まれる。
「は? え?」
「それー!」
「お、おい!」
ざわつく現場を無視して、聖羅はまっすぐと走り出す。
俺はそんな彼女に手を引かれ付いて行く。




