第73話 めちくちゃにしてやろうぜ!
「聖羅!」
俺の家方面に向かうバス停。そこに立っていた女の子がポニーテールを揺らして振り返ってくる。
「四ツ木、くん?」
腫れた目でこちらを見つめてくる瞳は嫌な感じに光っていた。その光の理由は良いもんじゃないと見ればわかる。
「なにがあった?」
明らかに泣いた後だってわかるもんだからそんな質問を投げてやる。
彼女は無理に笑って答えてくる。
「にゃはは。いや、まさか、ここまでされるとは思ってなかったよ……」
前置きがアイドル活動のことが原因でこうなったことを示しているのは明白だあった。
「まさかライブの日にちをウソつかれるとは思いもしなかった」
「……んだよ、それ……」
聖羅の言っている意味がわからなかった。
ライブの日にちをウソつかれるってどういう意味なんだ。
「本当はクリスマスライブじゃなくて、クリスマスイブライブなんだって。にゃは。イブライブだなんてぼくらのグループも成長しましたなぁ」
なんで聖羅にそんなことをするんだよ。聞いているだけで、今にも噴火しそうな怒りを抑える。本当に怒りたいのは聖羅の方だ。
「なんかどうでも良くなってね。今から四ツ木くんの家に行こうとしてたとこ。せっかくみんなクリスマスを空けてくれてライブに来てくれるって言ってくれたから直接謝ろうと思ってさ。にゃはは。よくよく考えたらスマホ使えば良いのに、なんでアポ無しで行こうとしてるんだろうね」
聖羅の瞳から我慢できなくなった涙がこぼれた。怒りや憤りを超えた悲しい笑顔を見してくる。
「四ツ木くん……。嫌われ者って、辛いね……」
限界だった。
傷ついたアイドルをこのままにすることができない俺は自然と彼女を抱きしめていた。
彼女にどう声をかければ良いかわからなかったが、自然と体が動いた。
ギュッと彼女を抱きしめる。強く抱きしめる。
「聖羅……。大丈夫。もうそんなとこに無理している理由なんてない」
「で、でもぼくは、おばあちゃんとの、約束が」
「そのヘアゴムを送った理由ってのは、春山明日香に縛られる必要はないって意味で送ったんじゃないか?」
「え……」
「自分の個性を、やりたいことをやりなさいって意味で送ったんだよ、きっと。おばあちゃんが孫に自分の理想なんか押し付けるかよ。だから無理してアイドルなんかしなくて良い」
ギュッと更に彼女を強く抱きしめる。
「ずっと俺側にいてろ」
「四ツ木、くん……ぅぁ……!」
強く抱きしめた俺の胸の中で聖羅は堪えていた分を吐き出すように泣いた。
クリスマスイヴの駅前で周りがなにごとかとざわついていても、気にせずに泣いた。周りの目なんて気にせず、彼女が泣き止むまで俺は彼女を抱きしめ続けた。
♢
徐々に落ち着きを取り戻した聖羅は、ゆっくりと俺から離れようとする。
その意思が見られたので抱擁を解くと一歩距離を取る。
「恥ずかしいところ見られちゃったね」
「恥ずかしいなんてことあるかよ」
そんなこと言いながらも、先程の抱擁を思い出し、ちょっぴりだけ照れ臭くなる。
彼女も同じ気持ちなのか視線を伏せていた。
「うん。決めた」
恥ずかしさをかき消すように決意表明をしてみせると、どこかスッキリした表情を見した。
「ぼく、アイドルやめるよ」
やめるという決意がどれほどまでに勇気がいることか、それは本人にしかわからない。
今まで、ずっとハメられていたのを耐えていた彼女の勇気と覚悟。彼女の中にアイドルという職業へのこだわり。おばあちゃんへの思い。
その葛藤への答えを出した彼女へ
「聖羅には俺達が……俺がいつも側にいるから」
こんな安っぽいことしか言えない。
でも聖羅。信じて欲しい。
表面上は安っぽい言葉かもしれないが、俺のこの言葉にウソ偽りは全くないんだ。
「……うん。ありがと」
それが彼女にも伝わったのか、吹っ切れたような笑みであった。
「でもさ、ぼくてきにこれでフェードアウトってのはやっぱり悔しいかな」
やられっぱなしは性に合わない。それは俺も同じ気持ちだ。
「最後の最後にそのライブをぶち壊す?」
こちらの提案に、パチンと指を鳴らしてウィンクを投げてくる。
「さっすが四ツ木くん。わかってるー」
「このままやられっぱなしで黙って終わりなんて納得いかないもんな」
「それそれー! って言いたいんだけどさ……」
聖羅はポケットからスマホを取り出して画面を見る。
「今から電車で行ったらライブに間に合わないよ」
「場所は?」
「天王寺のショッピングモール」
「天王寺ね」
自虐を取り入れて笑う彼女の手を引いた。
「にゃ!? 四ツ木くん!?」
「連れてってやるよ。ライブ会場まで」
「え?」
「ここまでバイクで来てるから。マッハで天王寺まで送ってやる」
「バイク……バイク!?」
テンションの上がった聖羅は、走り出した。
「バイクでライブインとか最強にロックじゃん!」
「アイドルらしくないけどな」
「確かに」
にゃははと笑ってから親指を突き立てる。
「でもでも、最後のライブに相応しいね! ほら、早く行くよ、四ツ木くん!」
「おい、聖羅! そっちじゃない。こっちだぞ」
全く。さっきまでしおらしかったってのに、バイクに乗れるとなると急にテンションが上がって、お子ちゃまなやっちゃ。
ま、それこそが現役アイドル様の冬根聖羅らしいがな。




