第72話 バッドエンドなんか覆すさ(冬)
未来の要望通りにバイクで凍えながらもやって来た地元の駅前。
つうか、未来の奴、あんなに寒かったのにテンション高かったな。寒さが振り切ったとかか。こちとら寒くて震えながら運転してたっつうの。
そこまでしてやってきた地元の駅前はすっかりとクリスマスモード。バスロータリーの木にはライトアップが施されていたり、ビラ配りの人達もサンタコスなんてしている。
そんな駅前を行き交うのは、やっぱりカップルが多いな。
大人なカップル。俺らと同級生くらいのカップル。……中学生のカップル。ちくしょうが、小学生のカップルまでいやがる。ほんと、どうなってんだよ、おい。
「そんな恨めしそうにしないの。未来お姉ちゃんと一緒なんだから」
「誰が姉だよ。一日違いめ」
憎まれ口を叩きながらも、虚しく終える予定だった俺のイヴの予定を埋めてくれた未来には感謝している。
ま、いとこだけどね。でもだよ。いとこだとしても、イヴを美女と過ごしたという実績は残る。これは自慢しても良いよね。
おりゃ、リア充共刮目せんかい。こちとら超絶美女を連れて歩いてんぞ、ドヤァ。なんて性悪なことを思いながら歩いていると、本当に数名のカップルがこちらを二度見してきた。ま、未来は本気で綺麗だからな。
「ふふん♪」
この美女ないとこ様は自分が注目されていることを承知で鼻を鳴らしてきやがりましたとさ。
「ささ。ケーキ、ケーキ」
ここで素直に、「隣を歩いてありがとうございます美女ないとこ様」だなんて言ったらつけあがるだろうから、口が裂けても言っちゃならん。しばらくマウントを取られそうだ。
そもそもの目的はメインのケーキなんだ。買いに行こう。
目的地へ向かうため、駅前のバスロータリーを歩いていると見知った顔があった。
「聖羅……?」
見間違えるはずがない。
あのポニーテールは冬根聖羅だ。
聖羅が俺の家方面に向かうバス停で待っているのを見て、サァァっと血の気が引いちまう。
もしかして……!
自然と足が聖羅の方へと向かってしまうのを、ガシっと腕を掴まれて強制停止が入る。
「未来?」
「世津。冬根さんのところに行くの?」
彼女は心配そうな瞳を、ゆらゆらと揺らして見つめてくる。
まるでこれから先に起こることを知っており、不安になっている瞳に吸い込まれそうになる。
「仲間が困ってるから。行かなきゃ」
「それは仲間だから? それとも冬根さんが好きだから?」
ドクンと心臓が跳ねた。
未来の本気の質問に対して動揺しちまう。
「いや、好きとか──」
「答えてよ」
涙目で睨んでくる未来へ誤魔化しの言葉なんて通用しないと諦める。
「そんなんわかんねぇよ。意識してるかもだけど、好きとかどうとかって……」
「……行かないで」
懇願してくる彼女は今にも崩れ落ちそうなほど不安定で。彼女の感情がこっちにも乗り移ったかのように思える。
「そんな中途半端な気持ちで行かないでよ!」
未来は珍しく声を荒げた。通行人達が軽く見てくる程度の大きな声を出したが続けてくる。
「そんな中途半端な気持ちだったら、今日は私とクリスマスパーティしようよ。私と一緒にいようよ。ね?」
握る手に力が入る。腕が痛くなるが、彼女の痛々しい顔に比べればこちらの痛みなどどうということはなかった。
「もう、世津がいなくなるのは……嫌、だよ……」
消え入りそうな不安な声に俺は精一杯返してやる。
「なに言ってんだよ。俺が未来の前からいなくなるなんてあり得ないだろ」
「……」
未来は視線を落として、「なにやってんだろ、私」なんて呟いてから、軽くパンパンと頬を叩いた。
「ごめん、世津。なんか痛い女みたいになっちゃって」
「いや……」
「これだけは聞かせてよ」
未来は涙目でこちらに聞いてくる。
「冬な根さんと恋人になることがバッドエンドだったとしても、世津は彼女と恋人になる?」
ズキっと頭痛がした。
なんだか既視感のある質問に頭をなにかで殴られた感覚に陥る。
しかし、それも一瞬。こみかみ辺りを無意識にマッサージしてやるとすぐに頭痛はなくなった。
なんかの心理テストか? いや、こんな状況で心理テストなんてするもんか。
おふざけや冷やかしで聞いてきていることではないのがわかる瞳に吸い込まれそうになりながら俺は彼女へと自分の思いを伝える。
「バッドエンドなんかにさせない。もし、そんな終わり方が待っているだけだとしても、覆してハッピーエンドにしてやる」
本気の答えはどこか子供っぽく、綺麗事の単語の羅列を描いてしまった。そんな小学生でも出せそうな決めセリフを受けて、未来は軽く手で涙を拭いてから返してくる。
「証明してみせて。バッドエンドをも覆す、きみのハッピーエンドを」
くるりと回れ右して未来は俺に背中を見せる。
「邪魔者は帰るとするよ」
未来はそのまま背中で語ってくる。
「中途半端なことしたら許さないから」
そう言い残して未来は早歩きで去って行った。
未来。それは俺に聖羅への気持ちに覚悟を持てってことで良いんだよな?
だったら、俺は──。




