第7話 高校生男子なんておしゃれなお店なんて知らないから勘弁してください
放課後の図書室は人気がなく、俺と美月以外に人はいない状態。
彼女曰く、「テスト前は大人気だよ」とのこと。
次の期末テストまで人はあまり来ないみたい。
つまりは美月の独擅場ってわけだ。
現在、俺と美月は受付に座っている。
彼女は持参しているノートパソコンを受付のデスクに置いてカタカタと執筆中。その隣で美月から拝借したスマホから彼女の書いた小説を読む。
美月はパソコンで書いてスマホに保存するタイプ。ネットに上げる前に俺が読むってのが毎度のやり取りだ。
データを送ってくれても良いと思うんだけど、「誤送信したら嫌だから」だってさ。
読書中にポケットに入れた俺のスマホが震えた。
どうやら夏枝からメッセージが届いたみたい。
『学校にいる? 正門で待ってるから』
メッセージに目を通して、そのままスマホの時報を見た。
完全下校時間よりは早い時間だが、女バスの練習は終了したみたいだな。
まだ小説を見ている途中だったが、先にした夏枝との約束が優先だ。
美月へ帰ることを伝えると、「私はもうちょっと残るね」とのことなので、お互いに手を振って別れた。
さっさと正門の前に行くと、遠目でもわかるくらいの美女が、これでもかと言わんばかりにお似合いの水色の傘を差して待っている姿が伺えた。
「こんな美女を雨の中待たすなんて、四ツ木は相当良い男なんだね」
くるりと傘を一回転させると、水しぶきと共に嫌味なセリフが飛んで来た。
「メッセージが来てから飛んで来たんだがな」
「ふふ。冗談。私も今きたとこだよ」
まじのデートっぽいやり取りが、少々こそばゆく感じてしまう。
彼女は首を傾げて、悪戯っぽい笑みで尋ねてくる。
「飛んで来たってことは、私との放課後デート、そんなに楽しみだった?」
「そりゃ、夏枝ほどの美人と帰れるなんて後世の自慢になるからな」
こちらの大袈裟な発言に、「ぷっ」と彼女は小さく吹き出した。
「後世とか、どんだけこの放課後デートを受け継がせる気だよ」
「子々孫々」
「このデートを子孫が続く限りとか、四ツ木家やべぇ」
あははとお互いに笑い合いながら、夏枝と肩を並べて正門を出て行った。
平気なフリしてるけど、やっぱり夏枝と肩を並べるのは緊張するな。
♢
鷹ノ槻高等学校は駅近にあるため、正門から歩いて約10分程度で駅前に到着する。
電車通学の聖羅が、「駅から学校近くて助かるよねー」って言っていたのでアクセスが良い学校と呼んでも差し支えなさそうだ。
学校だけではなく、この町は交通の利便性が高い。
中核都市と呼ばれる我が地元は大阪北部に位置し、京都と大阪を繋ぐベッドタウンとして発展している。
電車ですぐ京都や大阪に出ることが可能。ほんのちょっぴりの差で京都の方が早く着くかなーって感じ。
住所は大阪になるんだけどね。
県境に住んでるあるある、自分の県の都市部に行くよりも、隣の県の都市部に行った方が近い説。
加えて、電車一本で神戸までも行けちゃう抜群のアクセス力。
今日は京都に国宝でも見に行くかぁ。
今日は大阪でお笑い見に行くかぁ。
今日は神戸で買い物でもするかぁ。
なんてのが実現な交通の便が非常に良い町だ。
駅前なんかは都会ほどではないけど、結構繁盛していたりする。今もスーツ姿の人や、俺達と同じような学生が見られる。
俺は基本的に自転車通学だけど、雨の日はバスで通学する。びしょびしょになるのも嫌だからね。
夏枝もバス通学なのだが、俺とは家の方角が真逆。彼女は北の山側。俺は南の工業地帯。
南北、真逆のバスに乗車しないといけないため、学校から一緒に帰るならば、バスロータリーでバイバイすることになっちゃうね。
今回は放課後デートということで、バスロータリーをそのままスルー。
駅の南にあるアーケード商店街へと入って行く。
屋根のある長い商店街に入ると、互いに傘を軽く振って水気を飛ばす。
「どこ行く?」
「座ってゆっくりと話しができるところが良いかな」
水色の傘を手で、スルスルと滑らせて綺麗に畳みながら彼女が要望してくる。
「ぴったりな場所がある」
こちらも傘を畳みながら自信満々に答えた。
「ファミレス?」
「ファミレスよりも夏枝の要望に近い場所」
「へぇ。楽しみ」
夏枝の期待に応えるため、商店街にある大手チェーンのファミレスを3件スルーしてやってきたのは、ちょっぴりレトロな雰囲気を醸し出すカフェ、《シーズン》だ。
春夏秋冬いつでもお店に来てくださいとの意味が込められた店名。あ、うん。察しの通り、俺のバイト先ね。
あのー夏枝さんやい。その、「自分のバイト先に女の子を連れて行くとか……やれやれ」みたいなジト目はやめてください。すみません、無知なんです。女の子とデートなんてどこに行けばいいかわからないんです。
という念を込めると、呆れたように笑っていた。
歴史を感じるドアを開けると、カランカランと鈴の音が店内に響き渡る。
店内は、少々のテーブル席と、L字のカウンター席がある至ってシンプルな造り。カウンターの奥ではコップを拭いている白髪をオールバックにしたマスター。どこにでもありそうな王道的なカフェ。
「いらっしゃい」
カウンターにいるマスターで、俺の母方の祖父の総持寺純一が渋めの顔を微笑まして出迎えてくれる。
「おや。世津じゃないか。今日はシフトじゃないだろうに、どうかしたのかい?」
「ちょっとね」
チラッと夏枝の方へと視線をやると、「ははーん、こんな美女とデートとは我が孫、天晴れなり」みたいな察した顔をされる。表情という言葉はよく出来た漢字だと実感したね。
「ごゆっくり」
適当なテーブル席に腰かけると、正面に座った夏枝が先に口を開く。
「素敵な店」
「気を使わなくて良いっての。どうせ女の子を自分のバイト先に連れてくる、知識の浅くてださい男ですよ。ぼかぁ」
「言えてる」
「おおい。そこは否定してくれや」
そのままの肯定は予想していなかった。
ちょっぴり涙目になっちゃうと、彼女はそんな俺の姿を見て笑っていた。
「そりゃなんかさ、『ぴったりな場所がある(ドヤぁ)』みたいな感じで、どんなところに連れて行ってくれるのかと期待したら、『自分のバイト先かいっ』って思うでしょ」
反論の余地なし。
「でも、うん。こういう個人経営のカフェって入らないから、素敵な店って感想は本当」
「気に入ってくれたなら良かったよ」
「また今度、四ツ木が働いてる時に来ようかな」
「働いてる姿を見られるのは恥ずかしいな」
「よし、わかった。働いてる時に来るとしよう」
「話し聞いてました? キミ、Sなの?」
店内に流れる昭和レトロな曲を聴きながら、彼女と内容もないような話しで笑い合う。
「どうぞ。サービスコーヒーです」
マスターである祖父が、夏枝へコーヒーを差し出す。
「注文していないですけど、良いんですか?」
「もちろん。いつも孫がお世話になっているお礼です。それに美しいレディーにサービスするのは紳士として当然ですよ。遠慮なくどうぞ」
恥ずかし気もなく歯の浮くセリフを並べると、祖父はカウンターに戻って行った。
「四ツ木はおじいさん似?」
「あんな歯の浮くセリフをサラッと言えるかよ」
「さっき正門で言ってたのは幻かな?」
「……それで? 今日の目的は?」
「あ、話を逸らした」
小さく笑って夏枝はそれ以上追求してはこなかった。
コーヒーカップを持って、静かに飲む彼女の姿は絵になる。ついつい見惚れてしまった。
「ん? どうかした?」
「んにゃ。別に」
見惚れたなんて、恥ずかしくて言えるはずもなし。改めて彼女へ今回の件を質問してみる。
「んで、放課後デートの真の目的は?」
わざわざ部活終わりのしんどい時間を使ってまで、俺とお茶したかったわけではないだろう。
本題を尋ねると、ゆっくりとコーヒーカップを置いた。
「四ツ木」
真っ直ぐと見つめられてしまう。
綺麗な瞳から放たれるキラキラのオーラ。星を見ているかのように、うっとりとしてしまう。
「わたしと付き合って」
「……はい?」