第69話 どうしてアイドルにこだわるんだよ
大阪難波千日前。
そこには有名なお笑いの劇場がある。お笑いに興味のない関西以外の人も名前だけは知っているであろう超有名な劇場だ。
関西のほとんどの人はお笑いが好きだと思う。もちろん、全員が全員ってわけじゃないけども。
テレビで見かける街の人が取材中にモノボケしたり、幼稚園くらいの子が華麗なるツッコミを披露したりするところを見ると、地元だなぁって思う。俺も大阪北部の県境の人間だが、やっぱり大阪人なんだなぉとしみじみ。
お笑いは好きだ。年末恒例の全国放送の賞レースなんかは欠かさずに見る。だけど、劇場に行って生で見るってのは初めてであった。
いや、まさか聖羅の奴、「お笑い見に行こ」って誘ってくるとは思わなかった。
たまたまなのかなんなのか、お昼の部の当日券で入ることができたのはラッキーと言えよう。まぁ、当日券なんで良い席ではなかったけど。
『ほな、そうなるかぁ』
あっはっはっ! と壇上に立っている、数年前に年末の賞レースで最高得点を叩き出したお笑いコンビの漫才で会場が爆笑に包まれる。
「にゃはは!!」
隣に座る聖羅も涙を流しながら大笑いをしていた。
マイク一本で客を笑わせる芸。素晴らしいな。
『力!! はっ!!』
男が憧れるボディーのマッチョさんも気合いを入れて芸を披露していた。
あの人の筋肉、普通に凄すぎて憧れるわ。
そして前半の漫才が終わると次はお笑いの劇が始まる。関西だったら休日の昼に放送されているんだけど、全国的に放送されてるのかな? やっぱり関西だけ? たまにテレビを点けてやっていたら全部見ちゃうよね。
『……』
『なんか言えや!』
あっはっはっ! と漫才で温まった客達は劇を見て大爆笑。
「にゃはっ、にゃはっ! にゃははは!!」
聖羅も腹を抱えて笑っておいでだ。
おいおい、涙流してるぞ。
そして感動のフィナーレと見せかけて、『なんでそうなんねーん!!』という笑いの裏切りで終幕となった。
♢
「にゃはー。笑った、笑った」
ご機嫌の聖羅の声がレストランに響く。
ここは、お笑いの劇場から歩いて約5分のところにある、難波戎橋商店街の中心、GoGoーだ。関西で豚まんと言えばここだ。
基本的に、この豚まん屋はテイクアウトが基本。だけど、ミナミには超激レアなレストランがあるんだ。
存在は知っていたが、レストランに入るのは初めてだ。
聖羅は何回もあるみたいで、小慣れた様子でレストランへ入っていたね。
注文はもちろん豚まん。
「にゃはー。やっぱりここの豚まんは世界一だよー」
「圧倒的だよな」
ふたりして幸せそうに豚まんをかぶりつきながら、「あそこが面白かったよね」、「あれはやばかった」と先程の劇場の話題で盛り上がる。
「それにしても意外だったな」
「にゃにが?」
はむはむと豚まんを頬張りながら首を傾げる聖羅。
小動物みたいで可愛いな。
「んにゃ。聖羅だったら、お笑いじゃなくてアイドルのライブのイメージだから」
「あー、あはは」
少し引きつった笑みを見してくる。
「嫌なことがあったらさ、ああやって思いっきり笑わせてもらうんだよ。お笑い芸人さんもアイドルも一緒だね。観客を楽しませるエンターテイナーだ。ぼくが同業者だなんておこがましいけど、ぼくだってアイドルの端くれだからそうやって言わせて欲しいかな」
彼女は少し遠慮気味に笑って見せるが、すぐに真剣な顔に戻る。
「ぼくと同じく、人を楽しませたい、って気持ちの人の芸を見てね、笑って嫌な気持ちを吹き飛ばしてもらったらさ、勇気が出るんだよ」
でね、と拳を作り出して気合いを入れるポーズをする。
「また明日から、『よぉし、がんばるぞー』って気合い入るんだ」
だが、言葉とは裏腹に彼女の表情は沈んでしまっていた。
「でも、おかしいな。今日はあんまり入んないや……。明後日はライブだし、切り替えないといけないのに」
その寂しそうな顔は、この前カラオケで内部事情を話してくれた時と同じで不安になっちまう。
こちらの不安そうな顔を察したのか、聖羅が無理に明るく笑ってみせる。
「ごめんね、暗くしちゃって」
「なにされた?」
明らかに弱っている聖羅へ端的に聞いてみると、ちょっとばかし口を開けるのを躊躇しながらも教えてくれる。
「なにもないよ。なにもされてない。その、なにもされてないのが問題なんだけどね」
にゃははと苦笑いを一つ。
「どういう意味?」
「明後日はライブだからね。今日集まらないはずがないんだよ。でも、なに一つ連絡がない。メッセージも無視」
「んだよ、それ……」
とことん聖羅をはめるってか、くそどもめ。
「事務所の人とか、マネージャーとかは?」
なんとか抑えた怒りでも、相当に唇が震えてしまう。
「そういうのは事務所が教えてくれるもんだろ? マネージャーが教えてくれるもんじゃないのか?」
聞くと首を横に振られる。
「ぼく達みたいな無名の弱小事務所に所属してるアイドルにマネージャーなんていないよ。自分達のことは自分達でって感じ。だから、リーダーの子が取りまとめてる」
だからか。だから聖羅をハメるのは容易ってことかよ。くそが。
「なぁ聖羅。そんなグループやめちまえよ」
「……え?」
キョトンとする聖羅へまだ怒りの収まらない俺はテーブルをバンっと叩いて立ち上がってしまう。
「そんなゴミの集まりに聖羅がいる必要ない! いつも明るくて元気で可愛い聖羅がそんなとこにいると腐っちまう! そんなとこやめて俺らとずっと一緒にいりゃ良いだろ!! 無理すんなよ! 俺達なら、俺なら! ずっと一緒にいてやるから!!」
つい熱くなった言葉で他のお客様のご迷惑となっているのに気が付いたのは言い終わった後。
反射的に周りに頭を下げて反省。
聖羅は、ちょっぴりくすぐったそうに笑ってみせた。
「四ツ木くんってぼくのことそうやって思っててくれたんだね」
「え?」
「『いつも明るくて元気で可愛い聖羅』って言ってたよ?」
「それは、その……」
勢いで言っちまったよ、こんにゃろ。とか恥ずかしくなっていると、にゃははと大きく笑われちまう。
そのあとになんだか妙に大人っぽい表情をされる。
「今の言葉。とっても嬉しかったよ。ありがとね、四ツ木くん」
でも、と聖羅は強い生差しで俺を見つめた。
「ぼくはアイドルをやめたくない」
「どうしてそこまでアイドルでいたいんだ?」
聖羅は少しばかり考えてから、茶目気たっぷりに言ってくる。
「ね、もう少しぼくとのデートに付き合って」
「ん」




