第67話 アイドルの事情
俺が変な答え方になったので恋バナに発展しちまったが、今はそれがメインではない。
そもそもは聖羅の用事に付き合う気は満々。
OKの返事をしてやって来たのはカラオケだ。
聖羅の奴、付き合ってなんて言う割に娯楽施設かいな。
だが、アイドル様とカラオケなんて贅沢な用事だなとか思いつつ、有名チェーンのカラオケルームに入った。
ここのカラオケは学校近くのアーケード商店街にある。実はカフェ、シーズンの隣にあるから結構通っていたりする。こっそりね。
今はアプリで予約が簡単にできるから、待ち時間なしですぐに部屋へと入れる。便利な時代になったもんだね。ひとカラも全然恥ずかしくない。あれ、受付が自分的にはネックだったけど、アプリで予約して受付なしですぐ入れるの、めっちゃ良い時代になったと思ったね。
案内された部屋はL字型のソファーが置いてある狭い部屋。ふたりでの利用なのでカラオケなら十分過ぎる間取り。
『──イエィ!』
聖羅が、どこかで聞いたことのある昔のアイドルの歌を歌い終わり、モニターは採点モードに入る。
音程や抑制とか色々なパラメータが広がっていき、でかでかと点数が表示される。
「なんで今のが62点なのさー!」
「妥当だろ」
言い忘れていたが聖羅は歌がド下手だ。もうめちゃくちゃ下手。
音程? お前が来い。
抑制? ぼくの甘い声にふれ伏せ。
そんな独自のスタイルでの歌唱力なので、昨今のカラオケ採点モードはかなり優秀であるといえよう。
「むぅ。次、四ツ木くんね」
むくれながら俺にマイクを渡してくる。
「俺の甘い歌声に惚れるなよ」
「にゃはは。四ツ木くんが甘い歌なんて歌えるわけないよー」
そんなこと仰るアイドル様へ、ベタベタのシンガーソングライターのラブソングをぶつけてやる。
将来、好きな女の子でもできた時に落とすためのとっておきだったが、そんなことを言われちゃ男が廃るってわけよ。こっそり練習していた成果を見せてやらぁ。
『──大好き、だよ』
最後の歌詞を歌い終えて、しんみりな空気になった部屋。聖羅は茫然と俺を見つめていた。
「いや、別に聖羅に言ったわけじゃないけど」
「にゃ、にゃ……わ、わかってるし。別に」
「あれあれ? もしかして、まじに惚れちゃった? 困っちゃうー」
前髪をかき上げて、キリッと四ツ木フェイスを見せつけてやる。
おい、聖羅。なんで笑ってやがる
「そんなわけないでしょー」
「そんなことあれよ」
「ほら、点数出るよ」
「はい、無視をいただきました」
あ、うん。まじにシカトぶっこいでいやがる。
この話題はもうおしまいね。わかりました。
俺の心も鋼じゃない。
前髪を戻し、手ぐしでササっと整える。
「ま、ちょっと上手かったけどぼくには及ばないかな。55点ってところでしょ」
ババーンと採点が表示された。
「はい、92点いただきました」
「にゃにー! 確かに、甘くて切なくて胸がキュンキュンしたけど! したけれども!?」
「お褒めのお言葉ありがとう。現役アイドル様とAI採点に認めてもらって嬉しいです」
「きぃー。悔しいー。次は100点取るもんね」
聖羅は悔しそうにタブレットを持ち、次の曲を選別しようとしている。
お互いに楽しいと思える時間を過ごしているのだろう。
実際、楽しいし。
だからこそ不安になる。
聖羅はクリスマスライブが控えているはずだ。ライブまで数日しかないって時は、メンバーみんなで合わせて練習するものではないのだろうか。
「ライブまで日にちもないのに、俺なんかと遊んでて良いのか?」
ピタっと聖羅の動きが止まってしまう。先程までの笑顔が硬直しちまった。
これはあかん空気だ。すぐに訂正文を送る。
「俺は聖羅といて楽しいから良いんだけどさ」
本音で思ってることが、どこか嘘っぽく聞こえてしまうのは自分が地雷を踏んだと自覚しているからだろう。彼女が俺の言葉をどう受け止めたのか、怖くて彼女の顔が見れずにいる。
「ライブ……」
呟く彼女の声色から、アイドル活動でなにかあったことは明確であった。
素人の俺が芸能活動を行う彼女の事情に土足で入って良いものか悩む。
「四ツ木くん、ぼく……」
悲しそうな顔で俺の名前を呼ぶ聖羅を見て自分の考えを改める。
聖羅は嫌われ者の俺と一緒にいてくれる数少ない仲間だ。
仲間が苦しそうにしているのに、事情に土足で踏み込むだなんて言い訳して躊躇する奴が仲間だなんて言えるのか?
そんなことを、あーだ、こーだ考えずに、困ったことを聞ける間柄が仲間ってもんだ。アイドルとか素人とか、そんなもん関係ない。
「なにかあった? 俺でなにかできることはある? 悩み、全部聞くぞ」
「四ツ木、くん……」
ゆっくりと俺の名前を呼んで、持っていたタブレットをテーブルに置いた。視線を伏せて、打ち明けるべきかどうか悩んでいる様子である。
伏せていた視線を上げた時、意を決したみたいで、こちらへと心情を打ち明けてくれる。
「メンバーにハブられてるみたいなんだよね」
「ハブられ……」
全然予想していなかったところからの重い事実が飛んでくる。
そんな風には見えなかった……。
この前のライブではMCでメンバー同士で仲の良いエピソードを言い合っていたし、きゃきゃしながらファンと一緒にライブを楽しんでいる様子だっただろ。
結局それってのは表だけ。裏では全然違うってことなのか。
「本当はレッスンのある日なのに、ないとか言われたり、その逆だったり。宣伝やビラ配りも、ぼくだけ一人で行かせて、他のメンバーはやらなかったり、距離を取ったりね。嫌がらせがあからさますぎて、気が付いちゃったよ。にゃはは……」
そうか。この前の戎橋での違和感は、それが原因だったのか。ビラ配りを聖羅だけにやらせていたから、他のメンバーを見かけなかったんだな。ちっ。くそどもめ……。
「しょうがないよ」
どうしようもないなんて言いたげな聖羅はため息混じりで説明してくれる。
「自分で言うのもなんだけど、ぼくのダンスは関係者に認められた。『きみならもっと上を目指せる』とか、『もっとレベルの高いところでやらないか』とかね」
確かに、聖羅のダンスってのはキレキレだ。素人目でもそれはわかるし、この前のライブでも聖羅のダンスは他のメンバーを圧倒しているほどに目立っていた。
「他の子はそれが気に食わないんだろうね」
気に食わない?
「なんで……」
どうしてそんな感情になるんだよ。
「仲間が認められたら嬉しいものだろ。褒めらてたらこっちも嬉しくなるもんだろ」
俺の思いを聖羅はゆっくりと首を横に振った。
「四ツ木くんはかなり珍しいタイプだよ。あの子だけが特別ってなったら普通は蹴落としたくなる。ハメたくなる。アイドルは我が強くないとやってけないから。自分がまだ認められていない段階で他の人が、それも身内のメンバーが認められてるのを見たら嫉妬でそんな考えになっちゃうんだよ」
「嫉妬で……。でも、嫉妬でそんなこと……」
「人間なんてそんなもんだよ。実際、四ツ木くんだって同じような理由で嫌われてるでしょ?」
言われて反論ができなかった。
俺は、夏枝、美月、聖羅、陽介、豪気と仲良く楽しく学校生活を送っている。それが悪目立ちして嫌われ者って立ち位置になっちまっている。
それも、なんであいつだけ可愛い子とずっと一緒にいるんだ、学校でイキって楽しそうにしてんな、なんてくだらない嫉妬からくるものだろう。
俺と聖羅はもしかしたら似ているのかもしれないな。
「しょうがないよ。今のアイドルグループは自分で選んだものじゃない。事務所が適当に選んだメンバーなんだから合わなくて当然」
諦めながらも俺の方を見てくる聖羅は、ニコっと微笑んだ。
「だからこそ、学校で仲が良い、四ツ木くん、七海ちゃん、美月ちゃん、友沢くん、杉並くん。このメンバーは自分で選んだ居心地の良い場所。この場所だけは絶対になくさない。なくしたいないって思ってるよ」
「そんなの当然だろ。俺だってそうだし」
「四ツ木くんも、ぼく達から抜けたりしたら居場所ないもんね」
「いつも仲良くしてくれてありがとうございます」
「こちらこそありがとうございます」
なんか変な空気になって互いに頭を下げてから上げると、あははと笑ってしまう。
「きみに話してちょっとすっきりした。ありがとね、四ツ木くん」
「役に立てたのなら良かったよ」
彼女は拳を作って、「よぉし」と気合いを入れた。
「意味わかんない理由で人を嫌う人達なんかにぼくは負けないよ」
「現在進行形で同じ目にあってるから共感がえぐい」
「へへ。同じだね」
「嫌な同じだな」
「見ててね。ぼく、そんな壁なんか余裕で乗り越えて、もっともっと高みに行くんだから。誰も手の届かない頂に立ってやる」
「そこまで行ったらもう絡んでくれなくなるな」
「なにバカ言ってるんだよ。高校を卒業しても、ビックになっても、みんなと絡まないなんてことは絶対にないんだから」
嬉しいことを言ってくれる聖羅に手をあげて、パチンとハイタッチをかわす。
すっかりいつもの調子に戻った聖羅はマイクを握って、「今日は歌うぞー」と張り切った声をあげる。
「あ、うん。歌唱力を鍛えような」
これだけは気合いではどうしようもない。




