第64話 ビラ配りも仕事の一つ
大阪を代表する繁華街は大きく、北の梅田と南の難波で分かれている。
通称、《キタ》と《ミナミ》ってやつだね。
鹿児島のばあちゃんからも、「結局どっちが大阪代表なの?」という質問が飛んできたが、その質問は大阪人泣かせってもんだ。
個人的にはキタとミナミに大きな差はないと思ってるんだけど、他の大阪人様はどう思ってるのかな。
キタには新幹線が停まる新大阪駅があるため、ビジネス寄りの街かなぁと思う。
大阪を感じるのは断然ミナミと言えよう。トレンドの発進地、アメリカ村や、天下の台所の拠点地、黒門市場もある。
一応、キタとミナミ論争なるものが存在するらしいが、実際に言い争っているとこ
ろを見たことはないな。
強いて言うならば、俺達の地元からキタへ電車一本で行けるため、都会で遊ぶとなった時はキタで遊ぶことが多い。
そのため、どちらかと言えばキタ派になるのかもだけど、キタからミナミなんて電車ですぐに行けるのでミナミでも全然遊ぶこともある。
どちらが面白いなんてことは答えることはできず、『どちらも面白い』という大阪人の回答としては面白くない答えになっちゃうね。ごめんなさい。
なにが言いたいかというと、キタとミナミ、どちらも大阪を代表する繁華街ってことで勘弁してくだい。大阪ええとこでっせ。
「にしても、めっちゃ買ったな」
ミナミにあるオタロード。
道路を挟んでアニメや漫画のキャラの書かれたポスターがあちこちに貼られてあるビルが並ぶ。
右見ればアニメ。左見れば漫画。一個コンビニを挟んでフィギュアな電気街。
みたいな感じだ。
歩行者天国ってわけではない道路が歩行者天国のようになっちまってる。平日の中途半端な時間帯だっていうのにお祭り騒ぎと言わんばかりに人が溢れかえっているし、こんな寒空の下をミニスカのメイドさんがあちこちで呼び込みしている。
「まぁね」
未来が持っていた袋を軽く持ち上げた。その袋の中身は宣言通り、タイムリープもののグッズがぎっしりと詰められている。
「そんなに買って、小遣いは大丈夫なのか?」
「良いんだよ。これもまたひとつの行動だ」
「行動?」
「そ。世の成功者達は言うんだ。『この世に無駄な行動などない。無駄なのは動かないことだ』ってね」
「誰の名言」
「加古川未来」
「なるほど。どうりで胸にささらんわけだ」
軽口を叩くと、むぎゅっと口元を掴まれる。
「生意気な口はこれかな?」
「ずみまべん」
「素直でよろしい」
あぶね。あのまま軽口叩いたら、口元にアイアンクローが放たれていたことだろう。やはり紳士はすぐに謝る。これに尽きるね。じいちゃんの英才教育だ。
「しかしあれだ」
未来がこちらに年上とは思えないような笑みをぶつけてきやがる。
「お金なくなっちゃったから、世津にたかるとしよう」
「おい自称パイセン。後輩にたかるとかどういう神経してんだよ」
「自称じゃなくて、事実、未来先輩だから」
「だったら尚のこと、後輩にたかるなってんだ」
「えー。良いじゃん。ほら、買った漫画貸すし」
「それは借りる。中身気になるし」
「あ、やっぱり? 絶対に世津も気に入るよ」
俺達はオタロードをタイムリープもののグッズで盛り上がりながら歩いて行った。
♢
オタロードで買い物。その目的は達成されたのだが、その後の予定は特にない。しかしだ、ミナミまで足を運んだのだから、今すぐに帰るのはなんかもったいない。
そんなわけで、ぶらぶらとミナミの街を未来と歩く。
予定なんて立てなくても、こうやって適当にしているくらいが丁度良いって思えるのは、赤ん坊の時から一緒のいとこだからだろうか。
もし、こんな美人がいとこではなく、ただの先輩だったとしたら、ドキドキしてなにを喋れば良いかわからない後輩だったかもしれない。
ふむ。そう考えると、こんな美人と気心が知れた仲というのは、役得と言えるのかも。
オタロードを出て、人の流れに乗りながら進んでいくと有名な戎橋までやって来る。
通称、ひっかけ橋。
昔はナンパをする場所として適していたことからの俗名だったが、今もナンパしてる人はいるのかな……。
あとは有名なお菓子メーカーの看板があったり、関西のプロ野球チームが優勝したら飛び込んだりする道頓堀川があったりする。
この間、優勝した時は奇跡の一枚みたいなのが撮れたね。あれがネットでバズって、写真を撮った人の技術力ってのは凄まじいのが素人目でもわかったな。
……って、川に飛び込んだら絶対にダメだから。危ないから。
ま、そんな感じで有名な大阪ミナミの観光地のひとつがここ戎橋だ。
「おねがいしまーす!」
観光客や待ち合わせで賑わう戎橋から甘ったるく、どこか聞き覚えのある声が聞こえてくる。
「変わった……」
未来、今までクリアできなかったゲームの攻略のヒントを得たかのような顔をしていた。
「なにが?」
問うと、指を口元に持って行き、ウィンクひとつ。
「乙女の秘密」
「秘密って、あ、おい」
ふらふらぁっと先を歩く未来は勝手に戎橋を渡って行く。
「あ、加古川先輩」
未来が立ち止まった前には先程からビラ配りをしているポニーテールの女の子が立っていた。未来がポニーテールの女の子からビラを受け取ったところでその子と目が合う。
「聖羅じゃん」
「四ツ木くんじゃん」
ほとんど毎日学校でつるんでいる聖羅の声なら、そりゃ聞き覚えがあるってもんだ。
彼女はそのまま持っていたビラを俺に渡して来る。
「今度のクリスマスにライブやるんだ。また見に来てよ」
受け取ったビラを見てみる。
ライブ会場は、あべのハルカスの前にあるショッピングモールで行われるみたいであった。
「へぇ。クリスマスにライブか。この間も盛り上がったし、ぜひ、見に行くよ」
「ありがと。加古川先輩もぜひとも来てね」
「うん。機会があれば」
「にゃははー。それ、絶対来ないやつー」
未来の返しに、あくまでも笑顔を絶やさずに可愛い声を出す聖羅。そのままの笑顔を保ちつつ未来の手をギュッと握った。
「来てくれたら、ぼく、あなたのためだけに踊り狂うよ」
駆け出し中とはいえ、流石はアイドル様。あなただけが特別みたいな感じを醸し出す仕草に、未来はたじたじになっていた。
「ぜ、善処します」
「にゃは。待ってるからね」
手を離すと、聖羅は俺達へ手を振ってくれる。
「デートの邪魔してごめん。ライブ来てねー」
ふりふりとしてくれた後に、「あ、こんにちはー。ぼくたち──」と、違う人にビラを配っていた。学校では仲の良い友人だが、今はアイドル活動をしているアイドル様だ。邪魔するのも悪いので、俺達はその場から離れることにした。
それにしても、聖羅の属しているアイドルグループは四人組のはず。
それなのに、聖羅だけしか見かけないのはなぜだろうか。違う場所でビラ配りでもしているのかと思ったが、ここら辺では他のメンバーは見かけなかったな。




