第63話 バイト休みはいとことミナミへ
キーンコーンカーンコーン。
もう聞き飽きた鐘の音は、俺達生徒に取っての労いの音。そう、放課後を告げるチャイムの音だ。
こちらが、今日も一日おつかれさんなんてのんびりとしていると、夏枝がさっさとエナメルバッグを背負って教室を出て行った。相変わらずの早さに感心していると、彼女に続いて聖羅も教室をそそくさと出て行った。
この間、ライブを終えたばかりだというのにもう次に向けてのレッスンだろうか。アイドル様も大変だ。
しかしまぁ隣の席の大和撫子様はごゆるりとしている様子ですな。
美月はのろのろーと帰り支度をしており、あーいつも通りだなぁなんて思いながら、俺もいつも通りにバイト先へ直行しようとした時だ。
ブーブー。
ポケットに入れたスマホが唸るように鳴ってやがります。
普段鳴らないスマホが鳴り響くなら、どっかのネット回線の営業電話かなんかでしょうなぁ。悲しくなる。とか思いながらスマホを取り出して画面を確認する。
「はりゃ。じいちゃん?」
自分でも驚く位に間抜けな声がでちまった。
だけどな、四ツ木世津。それくらいは許してやれ。こんな時間にじいちゃんからの電話なんて珍しいんだからさ。
「もしもし」
『もしもし、世津。今、まだ学校かい?』
「うん。ちょうど今終わったから店に向かうところ」
『良かった』
一安心と息を漏らしたじいちゃん。次に受話器からは申し訳なさそうな声が聞こえてくる。
『実は今日、定期健診の日だったんだがね。古い友人に会って話が弾んでしまってな。今日はそのまま飲みに行くことになって店を休みにしたいんだ』
「良いじゃん。たまにはそういう日があっても」
じいちゃんは趣味で店をやっているという割に、ほとんど毎日働いている。もちろん、不定期で店を閉める場合もあるが、基本的には休みってのは少ない。そんなんだから、たまに古い友人と会った日くらいは休んだって誰も文句は言わないだろう。
『悪いね。今度のバイト代はおまけしておくよ』
「いいよ、いいよ。久しぶりの友達と楽しんで」
『ありがとう。私の紳士としての血を受け継いだ世津に感謝』
最後、やたら大袈裟なことを残して電話を切ったが、俺はあんたみたいに歯の浮いたセリフは思いつかないぞ、と繋がっていないスマホに向かって心で発してやってからズボンのポケットにスマホをしまう。
さて……。
教室を見渡す。
急に空いた放課後の時間。夏枝も聖羅も基本的には忙しい人。
美月だって最近、筆がのっているみたいで、安易に図書室に行って邪魔するのも悪い。
豪気と陽介の姿も見当たらない。もう帰ったのだろう。別にスマホひとつで呼びつけることも可能だが……。
「たまには家でゲームでもすっか」
高校生になってからはバイトなり、仲間と過ごす時間が増えたのでゲームをする時間ってのは極端に減った。
こういう急に空いた時間は積んだままのゲームを消費する良い機会かもってことで、今日の放課後プランを完成させたら、いざ実行。
何のゲームをしようかと教室を出ると見慣れた顔があった。
「や」
消え入りそうな声で目の前に立つショートボブの美人様。
いとこが俺の教室前にいたので手を上げて挨拶を返す。
「おつかれー、未来」
労いの言葉を発すとどこか大人ぶったような笑みを作って来る。
「未来先輩、でしょ。いくつ違いだと思ってるの?」
「うん、一つだね。一日違いだね」
相変わらずの先輩面に対してのいつも通りの返し。そのはずなんだけど、未来は少女時代を思い出すかのような遠い目をしている。
「そういえば、そうだったね」
「なんだよ。先輩面のやりすぎで自分が相当年上だって思いこんでるのか?」
冗談交じりのいじりに、未来はちょっぴりだけ黙り込んでしまった。
「……そう、かもね」
なんとも歯切りの悪い返事をしやがる。どこか元気のない彼女の様子がちょっぴり心配になる。
「ね、世津」
「んー?」
「オタロード行こうよ」
オタロードはフィギュアやアニメグッズ、プラモデルなどの専門店が集中しているポップカルチャーの聖地だ。関西の秋葉原だね。別にそこに行くのは良いんだけど……。
「おい、受験生。そんな余裕しゃくしゃくで良いのか?」
来月にはセンター試験があるだろうに、この一日違いのパイセン様はなにを呑気なことを言っておっしゃるのでしょうか。
こちらの嫌味と心配の混ざったセリフを平気な顔したまま鞄に手を突っ込んで、一枚の紙を取り出して渡してくる。
「余裕でA判定なので」
「はい、非常にむかつくな、このパイセン」
ピースサインを送って来る成績優秀なパイセンが憎たらしい。なにをやらせても完璧でいらっしゃるな、このいとこ。
「いや、別に、未来が良いんなら良いんだよ。俺も暇だしさ」
「決まりだね」
彼女は回れ右すると階段の方へ歩みを始めた。
こちらも彼女へ続いて肩を並べる。
「それにしても、オタロードまで足を伸ばすなんて珍しいな」
「あんまり行かないね」
「なんか欲しいものでもあんの?」
階段を下りながら尋ねると、未来は軽くジャンプし、階段を数段飛ばして踊り場に降り立つ。
外見は随分と大人の女性へと成長を果たしたが、こういう無邪気な行動を見ると、幼い頃となんら変わりない姿でどこか安心できる。
「最近、タイムリープものにハマっててさ。そのグッズでも買おうと思って」
「へぇ。タイムリープ」
予想外なものにハマっている事実を知り、「ちょっと意外だな」なんて声が出ると、未来はクスっと笑って、「でしょ」って返してくる。
昔から未来は俺のゲームに付き合ってくれていた。
その影響もあって、彼女もどちらかというとゲームや漫画、アニメは好きな方である。
特に少女漫画が好物みたいで、俺も彼女に付き合えと言われたために少女漫画の知識がそれなりにはある。
そんな未来だからそういう特殊能力系というか、ファンタジーなものにハマっていると聞いて、未来も色々開拓しているのだなぁと感心しちまうね。
「タイムリープものの主人公の決断力とか、覚悟とか、色々と勉強しないと」
「未来よ。俺が言うのもなんだが、今はそんな勉強より、受験生なんだから参考書の勉強の方が良いんでねぇの? いくらA判定で余裕だっていっても、世の中に絶対ってのはないんだから」
ぐちぐちと母親のようにやる気を削ぐ嫌味に対して、キックのひとつでも飛んでくるかと思ったが、未来はギュッと俺の手を優しく握って来る。
おいおい。その反応は予想してないぞ。いきなり手を握られると緊張するだろうが。
「そうだよね……」
まじな顔して、目を潤ませて口を開いた。
「この世に絶対なんてない。それはどんなことでもそうだよね?」
「ちょ、近い、近い」
一体なんのスイッチが入ったのやら、未来は顔を近づけて吐息がかかる距離まで詰めてくる。
いとこといえど、こんな綺麗な顔が間近に来たらちょっぴり理性が飛びそうになっちまう悲しき男の性。
「そうだよね。うん。そうだよ」
このいとこ様はスイッチが入ったまま、勝手になにかを自己解決してうんうんと頷いている。
「お、おーい。未来パイセーン。い、良い加減、きょ、距離感ってのを考えてくれよん」
未だに距離が近い彼女へ、こっちもギリギリなので誤魔化すような物言いでセリフを放つ。
俺との距離に今頃気が付いたのか、未来も顔を赤らませて視線を逸らした。
「せ、世津、いくら私と近づきたいからって学校でやるのは反則だよ」
「おい、パイセン。どの口が言ってんだよ」




