第60話 大阪の待ち合わせ定番の一つ
大阪梅田の駅の前。
そこには昔から大きな家電量販店がある。
その家電量販店に隣接する数年前にできた大型商業施設。
それら二つの施設の広場では休日にライブが開催されている。
今日はそこで聖羅が所属するアイドルグループのライブが行われるってわけで、いつものメンバーである、俺と夏枝と美月、陽介と豪気は彼女のライブを見るために、休みの日に人でごった返している梅田、通称キタまでやってきた。
待ち合わせは多数決でビッグマンとなった。金銀時計がシンボルの時空の広場でも良かったんだけどね。赤い観覧車で有名なヘップは目的地からほんのちょっぴり遠いかな。梅田は大事なところで信号がないからねぇ。これは大阪の人なら誰でも思うんじゃないかな。梅田、信号なさすぎワロタってね。
ビッグマンは東京でいうところのハチ公前って感じかな。
お店の名前じゃなくて、私鉄の地上2階から地下1階まで抜けるコンコース。そこにめちゃくちゃでかいモニターがあるんだけど、その大型モニターがビックマンってオチだ。
「この度はあたしのせいで遅れてしまいまして、誠に申し訳なく存じますです、はい」
休みの日に安定の寝坊をぶっかました美月が深々と頭を下げる。
俺が迎えに行ってなければまだお布団の中だっただろう。この子も俺同様に、人間冬眠計画が実行されればいの1番に賛成をするんだろうね。
「いやいや。待ち合わせ時間ピッタリなんだし、別に気にしなくていいよ」
恐縮する美月へ夏枝が優しく言ってあげているが、美月はぺこぺこと頭を下げている。
まぁ確かに待ち合わせ時間ピッタリなので遅刻ではないよな。流石は美月。寝坊はするが遅刻はしないとか、最早才能ではなかろうか。
とかなんとか思っていると、夏枝の視線がこちらへとやってくる。
夏枝さん? 美月と見る目が違いすぎやしませんか? なんで睨んでるんですか?
「相変わらず四ツ木は、こーんな美女を待たせるタイプなんだね」
「随分と大和撫子を待ったものだ」
こちとら昔と変わらずに幼馴染の家の前で待たされたってオチなんだが、夏枝は不服そうに睨んでくる。
「ふぅん。美月と一緒に来たんだ。へぇ」
なぁんか怒ってますね、この爽やか系の美女。
「ごめんなさい」
こんな時は意味がわからないけど謝るのが一番だね。男のプライド? そんなもんは美女の前では無と化す。美女と一緒にいたいのなら尻に敷かれるってのが紳士の定義だぜ。
「夏枝は変わらずに1番か?」
「まぁね」
「流石は夏枝七海様」
「わたし、最高の女だから」
「否定できないからリアクションに困るんだが」
くすりと笑う夏枝。先程の不機嫌はどこかに消えてなくなったみたいだ。
あれ? つうか俺はなんで夏枝が待ち合わせに早いって知ってんだろうな。
「よぉみんな。そろそろ移動しようぜ」
自分自身に疑問を抱いているところに、美月が男性陣への謝罪が済んだみたいで、豪気が提案してくる。
「そうだな。時間に余裕はあるし、ライブ会場も目と鼻の先だけど、移動しとこう」
陽介の言葉に、「さんせーい」と女性陣が肯定し、ゾロゾロと歩き出した頃には、さっきの夏枝が待ち合わせに早いってことは忘れていた。
「つか世津聞いてくれや」
「ん?」
歩き出したところで陽介が話しかけてくる。
「オレのチケット代、後から聞いたらお前ら全員分なんだけど」
「あー。ララバイ諭吉ね」
「さらば諭吉な。なんで子守唄なんだよ」
ケラケラ笑う陽介は、ポンポンと肩を叩いてくる。
「今の面白かったから、今回のライブはオレの奢りにしてやるよ」
「今度スティックのり奢るわ」
「いるかよっ」
なんか知らんが、くすくすと笑いながら陽介は豪気に絡みに行った。
あいつのことだ。チケットのことは結局奢ってくれていたのだろう。
俺らの関係は持ちつ持たれずだ。互いに支援し合っているからこそ、今回の件もなんとも思っていないことだろう。
「──てい」
「ひゅわっ!」
ビックマンから地上に出たところで、首根っこに氷でも当てられたかのような冷たい感触を感じる。
驚いて見てみると、イタズラっぽい笑みで夏枝が笑っているのが見えた。
「お主の仕業か?」
「秘技、《手つめたっ》である」
「あ、うん。秘技の名前がくそださですね」
「この最高の女、夏枝七海はネーミングセンスがなしなのである」
「認めちゃったよ、この子」
「わたしの唯一の欠点かもね」
「いや、もっとあるだろ?」
「例えば?」
「例えば……」
改めて聞かれると、夏枝の欠点ってなんだろう。
「四ツ木、四ツ木」
俯き加減で考え込んでいるところに、肩をポンポンされて顔をあげると、彼女の吐息を感じる距離に夏枝の綺麗で整い過ぎた顔があった。
「こーんなドアップでも綺麗な夏枝七海に欠点があっても、それは長所になるでしょ?」
「美人の欠点は可愛いに変換されるってか」
「そゆことー」
この小悪魔め。男心わかってやがります。
「それにしたって夏枝さんやい。距離が近過ぎて歩きにくくありゃしませんかい?」
「元カレの特権ですな」
「キスできちまう距離だぞ」
「キスしますか? あの時のお礼で」
「……えっと」
この子は本当に小悪魔だ。うん。ここは大きく頷くとしよう。
「おーい、そこの元カップル。距離が近すぎるぞー」
前を歩く陽介に指摘されちまう。
すると夏枝は、べっと舌を出した。
「ざーんねん」
彼女が距離を取ると、小悪魔全快の笑顔でからかうように言ってくる。
「所詮は偽物の元カップル。キスなんてしちゃだめだぞ」
「誘っておいて突き放すスタイルはえげつないぞ」
「わたしとキスしたかったら、本気で落とすことだね」
あははと、イタズラな妖精の笑い声みたいに陽介達のところへと合流していった。
いや、妖精なんてもんじゃないか。あんな美女を落とすなんて、ラスボスと戦うみたいなもんだろ。




