第58話 レッスン風景は鬼気迫る勢い
美月と一緒に帰ろうと思ってたんだけど筆がのったみたい。
カタカタカタと俺をそっちのけでノートパソコンを叩き出しちゃった。
熱が入ると周りが見えないタイプなので、スマホにメッセージを残して先に図書室を出た。
「おっと……」
「お。陽介」
出会い頭に爽やか系のイケメンが立っていた。こいつ相変わらずイケメンだなぁ。
高校に入るまで男子の外見なんて微塵も興味なかった。しかし、こいつだけは別格だ。陽介だけは本物のイケメンだと思い知る。
そんな認めている爽やか系のイケメンが、煽るような顔をして問いかけてきやがる。
「世津ぅ。まぁた幼馴染とイチャコラしてたのか?」
美月が小説を書いていることは俺と美月だけしか知らない。別に話しても良いと思うが、そこは譲れないらしく、できれば黙っていて欲しいとのこと。
「イチャコラは、してないなぁ」
なので本当のことは言えず、こんな曖昧な返しになってしまう。
「じゃあ、イチャイチャだ」
「擬音が変わっただけで内容が変わってないぞ」
これ以上、陽介にからかわれるのも面倒だ。
こちらから大きく話題を変えてやる。
「陽介が図書室に用事なんて珍しいな」
話題変更の波に気が付いたみたいだが、彼も深くまで俺をいじり倒そうと思ってなかったみたい。簡単に話題変更に付き合ってくれる。
「国語の感想文を提出しろだとよ」
「あー……。この前の期末のね」
国語の期末テストの赤点者は感想文を提出しろとかなんとかご伝達があった気がする。
俺は赤点なんか取らないので知らんが、陽介の成績は良くない。
現場を仕切るリーダー的なことは向いているが、それと勉学の成績はイコールじゃ結ばれないみたいだ。
人間、誰しも欠点があるってことだね。こんだけ爽やかイケメンなんだ。成績が悪いくらいのウィークポイントがあっても、お釣りが出るくらいの人生だろうよ。
「そ。それで本を借りに来たってわけ」
言いながら図書室のドアに手をかけるのを、「ちょっと待った」と静止を促す。
今、美月はノリノリで執筆している。いくら仲間とはいえ、それを邪魔されるのは良い気分ではないだろう。
「美月のやつ、めっちゃ忙しそうだからさ。その本ってのは急ぎ?」
「いや、別に急ぎじゃないけど。でも、すぐに済むし、秋葉の邪魔はしないぞ」
そりゃ陽介は美月が図書委員の仕事をしていると思っているのだから、本を借りるだけなんて邪魔にはならんと思うわな。彼の正しい行動を止める方法はゴリ押ししかない。
「ままま。そういわずー」
ガシッと肩を組んで、ボソッと言ってやる。
「特製パフェ。奢っちゃる」
「のった」
流石は親友。甘いものにめっぽう弱い。あ、もちろん、特製パフェはウチのカフェ、シーズンのものだけどね。
♢
簡単に誘いに乗ってくれた爽やか系イケメンと、ぺちゃくちゃと雑談をしながら正門を目指す。
途中、そよそよと音楽が聞こえてくる。
一瞬、吹奏楽部なり軽音学部なりの演奏かと思ったが、どこかで聞いたことのある音楽だったため、二人で足を止めて互いに顔を見合って唸る。
「この前のライブで聖羅が歌ってた曲じゃね?」
俺の方が一歩早く思い出した。
陽介もポンと手を叩いて、「それだ」とすっきりしたような声を漏らす。
「この学校にも聖羅のファンがいるってことだな」
まさか自分の曲を学校で鳴らしているとは思えない。誰か、熱狂的なファンがいるのだろう。
こちらの発言に対して陽介は爽やかに悪いことを言う。
「自分で自分の曲を聴いてるのかもだぞ」
「まさかぁ。わざわざ学校に残ってまで?」
「聖羅だぞ」
陽介の自信に満ちた声は、彼女の名前だけで納得材料と成りえた。
「聖羅、だもんな……」
「ちょっと確かめてみるか?」
「どうやって」
「こっちっぽいぞ」
陽介は音楽に導かれるように、校舎の方へと戻って行く。
彼に続いて行くと、校舎裏の方まで回るはめになった。
放課後の校舎裏と聞くと、ラブコメ脳な俺は告白の場所というのを思い浮かべる。
だけど残念。
そんな青春の一ページを彩るようなイベントは執り行われてはおらず、寂しい冬の風を誤魔化すように曲が流れてくるだけであった。
「近くなったな」
「陽介。あそこじゃないか?」
校舎の一階。一つだけ窓が開いている部屋があったので指を差してみる。
「あの教室から漏れ出てるってわけか」
「あそこってなんの教室だ?」
「わかんね。世津、ちょっと覗いてみろよ」
「なんで俺だけなんだよ」
「万が一、女子が着替えていても世津ならダメージ少ないかなって思ってさ」
爽やかな顔をしてとんでもないことを口走りやがるな、こいつ。
まぁ確かに、陽介はこんな面をしているから女子に大人気だ。そんな奴が覗きなんてした日にゃ評価が地に落ちるだろうよ。その点、俺は学校の嫌われ者。今更覗きだのなんだのしても評価は変わらないってこと。それ以前に犯罪だけどな。
こいつ性格悪いなぁ。とか思いつつ、俺自身もちょっぴり気になるもんだから言われた通りに教室内を覗いてみる。
「……!」
中では女子の生着替えが──行われていなかった。残念。
だけど、物凄いものを見てしまった。
「すげぇ」
中はどうやらダンス部の部室らしい。部屋は殺風景な作りになっており、ダンスレッスン用だろうパネルミラーが三枚、壁に立てかけてある。
パネルミラーの前ではポニーテールをゆっさゆっさと揺らして、曲に合わせて踊る冬根聖羅の姿があった。ダンスに詳しくない。だけど、素人目から見ても圧巻のダンスだった。動きのキレ、安定した体の軸、柔軟性。鬼気迫るような迫力のあるダンスに目を奪われてしまう。
「世津? すげぇってのは女子の身体か?」
ふと、自分がなにをしているのか忘れるほどに見惚れてしまっていたらしい。
陽介の声に反応して我に返り、彼の質問に口で応えずに部屋の中を指差した。
こちらの指の先へ視線を送ると、「おお」と俺と同じような反応を示す。
「──はぁ、はぁ……ん?」
曲が終わってから聖羅が俺達の存在に気が付いた。
目が合ったので俺と陽介は軽く手をあげて、「よっ」と挨拶をする。
彼女はご主人様を見つけた犬みたいに駆け寄ってくれる。
「二人ともー。こんなところまでどうしたの?」
純粋な彼女の問に俺が答えてやる。
「帰ろうとしたらこの前のライブで聴いた聖羅の曲が聞こえてきたからさ」
続いて陽介が真相を告げた。
「そうそう。学校で、こんな大音量で流してるのが聖羅本人かどうか確認しようって思ってさ」
「性格の悪い爽やかイケメンがここに二人もいるんだけどー」
ジト目で、「にゃはは」と笑う彼女。そこにはダンスの時の迫力はなく、いつもの冬根聖羅の笑顔があった。
「まさか学校で練習してるとは思ってなかったよ。いつも放課後は真っ先に帰るからさ」
「レッスンのない日とかは時々ここを借りてるんだ」
「へぇ。よくダンス部が場所を提供してくれたな」
自分で言っておいてなんだが、ダンス部なんてあったかと疑問が生じてしまう。
「ダンス部は去年で部員が0人になったから廃部になったんだって。先生にお願いして借りてるんだ。だからぼくの独擅場だよ。イェイ」
アイドルらしいピースを見せつけてくる。この子、素の状態がアイドルっぽいんだよな。でも、さっきのダンスはアイドルっぽくなかった。
ま、所詮は素人目線の感想。プロでもない俺がとやかく言うもんじゃないか。
「ごめんな聖羅。邪魔しちゃって」
「わりぃな。オレらすぐに行くからさ」
「あ、四ツ木くん、友沢くん。帰るの?」
「ああ。これ以上レッスンの邪魔すんのもなんだしな」
「じゃ、ぼくも上がるから途中まで一緒に帰ろうよ」
「そりゃいい。今から世津がパフェ奢ってくれるんだ」
「ちょ、陽介……」
「パフェ! ごちでーす!」
「待て、聖羅。お前には奢るって言ってないぞ」
「先に正門で待ってて! マッハで準備する」
「おい。無視んなや」
あー、このアイドル様は全力で無視しておいでです。
テキパキと準備に勤しむ聖羅を横目に陽介を睨む。
「なんてこと言いやがったこのイケメンくそ野郎」
「良いじゃないか。将来有望なアイドル様に奢れるなんて、男子冥利に尽きる」
「将来有望ないじられキャラのお笑い芸人の間違いだろ」
「ちょっと四ツ木くん? 聞こえてるよ?」
「聞こえてんならさっきの言葉も聞こえてるだろ。なんで俺が聖羅に奢らにゃな」
「えー? なんでも奢ってくれるって? にゃは! やっぱり四ツ木くんって、男前っ!」
「どんな耳してんだよ、このアイドル」




