第57話 アキからフユに移ろう。アキの思い出は夢なのか……
冬眠をする動物が羨ましく思う季節が今年もやってきてしまった。
この間まで、「太陽たまには有給とれよ」って思っていたのが、「太陽働けよ」なんて都合の良いこと思ってしまっている。
今朝だって布団から出るのにどれほどの欲望を犠牲にしたか。なんなんだろうね、冬の布団の心地良さ。魔境だよ魔境。もういっそ人類も冬眠するってのはどうだろうか。名案だと思うね。だったら、夢の続きも見れるってもんだ。
「今日の夢は良かったなぁ」
鮮明に覚えている夢の内容を思い出すと、ニタニタしちまうね。
「もう、世津くん」
今日の夢に出て来た恋人役の美月は、夢の世界とは違ちょっぴり怒った表情でこちらの名を呼んだ。
「ちゃんと読んでくれてる?」
「読んでますよー。そりゃ、もう、めちゃくちゃ読んでます」
そう言いながら、美月のスマホをスクロールする。今は放課後。図書室の受付。美月が、「新作できたから読んで」ってお願いしてきたもんだから、バイトが休みなもんで、すんなりOKを出した。現在、俺と美月は放課後の図書室デートと洒落込んでいる真っ最中。今朝の夢を思い出したのも、美月の新作を読んでいるからだろうね。
「ね、世津くん。なに考えてたの?」
「んぁ?」
なんとも間抜けな声で応答してしまったが、彼女は気にせずに質問を続けた。
「なんか、ニタァってして気持ち悪かったよ?」
「あ、うん。やっぱり?」
自覚はあったが、他人からそう見えたってことは、相当気持ち悪かったのだろう。
美月は眼鏡の奥の目を細め、ジトーっと見つめてくる。
「えっちなこと?」
「えっちなことではないぞ」
「じゃあ、なに?」
「それは……」
まさか言えるはずもないよな。紫式部のゆかりの地で告白されて恋人になったなんて。
ありゃ夢だ。
思春期特有の願望に近い夢。
しかし不思議だな。蘆山寺だっけか。行ったこともないのに細部までしっかり再現されていた。
もしかしたら子供の頃とかの記憶が曖昧な頃にでも行ったことがあって、脳が精密に記憶していたのかな。
京都なんて目と鼻の先だから親と行ったことがあるのかもしれない。
小説を書いている美月から紫式部のゆかりの地で告白される夢なんて、なんともまぁロマンチックな夢なこった。
あのシュチュエーションはエモいイベントだったよな。
あかん、思い出したらまたニヤケてしまった。
「世津くん……。また顔がきもくなってる」
「おっと」
腕で顔を拭く真似をすると、呆れたため息を吐かれてしまう。
「絶対えっちなことじゃん」
なんでも良いけど、なんて言いたげな表情から一変、ちょっと不安そうな顔を見せてくる。
「それより、新作なんだけど……どう?」
俺はとっくに読み終えていたので、スマホを彼女に返しながら言った。
「今回もめっちゃ面白かったよ」
簡単な感想を言うと、純粋に喜びの笑顔を見してくれた。でも、すぐに不安げな表情になる。
「感想をもらえるのは世津くんだけだからなぁ」
「他の人からコメントもらったりしないのか? アンチとか」
聞くと、手をぶんぶんと振って否定される。
「ないない。コメントをもらうなんて相当人気な作家さんだけだよ。それにアンチコメントは人気の作品の証みたいなところあるからね。私みたいな10PVしか取れないやつにアンチはおろか、コメントくれる人なんていないよ」
苦笑いを浮かべながらこちらを見る。
「ネットでコメントくれる人はいないかもだけど、あたしにはリアルでコメントくれる人がいるから十分。これからもコメント頂戴ね」
くしゃっと笑顔を見せられたこの大和撫子な絵顔に断れる勇気のある日本男児がいれば教えて欲しい。絶対いないと思うけど。
「気の利いたことは言えんぞ」
「いいの。世津くんの、『面白かった』だけで頑張れるから。ほんとだよ」
なんだよ、それ。そんなの無条件に面白いって言うに決まってんだろ。
「じゃ、これからも感想を言いまくろう」
「お願いします」




