第56話 セツなきアキは砂時計にながされて
京都ってのは観光地の宝庫である。
伏見稲荷神社の千本鳥居は圧巻の光景。沢山の人が訪れる人気スポット。階段が多く登って行くとルートが二つに分かれて二度楽しめる。途中に茶屋もあって休憩できるってのもありがたい。
日本三景天橋立はリフトに乗って山を登って行くんだけど、その時に見える海の景色は絶景。そして、有名なまた覗き。また覗きをすると天と地が逆さになり、龍が天へ舞い上がっているように見えるため、飛龍観と呼ばれてる。めちゃくちゃ景色が綺麗なところ。
宇治には十円玉で有名な平等院もある。宇治抹茶とかもかなり有名だよね。
やば。観光地あげたらキリがねぇわ。
近場に住んでいる俺達ですらそう感じるんだから、そりゃ海外からお越しの観光客様が多いのも頷けるよな。
ちなみに俺達も今、京都で有名な観光地に来ている。
京都の嵐山。
ここも名前だけでも知ってるって人は多い場所だと思う。
竹林の道や野宮神社、嵐山モンキーパーク等、沢山観光するところがある。ここも国内、海外の観光客で賑わってなんだなお祭りみたいだ。
「ね、世津くん」
嵐山で有名な橋、渡月橋の真ん中辺りで、大堰川に映る紅葉を美月と眺めていると、こちらを向いて名前を呼んでくる。
「趣味は見つかった?」
「んー」
考え込んだあとに彼女へと答える。
「読書かな。美月の小説限定の」
「あたしだけの小説かぁ」
「次回作はベタベタの恋愛小説を希望する」
リクエストすると、彼女が俺の腕を組んでくる。
「あたしが書くと王道のベタベタじゃなく、イチャイチャするベタベタになるけど?」
「それは単なる俺と美月の日記になるんじゃない?」
「えへへ。そうだね」
嬉しそうに言ってのけると、ギュッと強く腕を抱きしめてくれる。
「そこを日記と思わせずに小説だと読者に思わせるのが作家としての腕の見せどころだよね」
読者、か。
「またネットにあげるのか?」
小説家になるのだから俺以外に書いた物を見せるのは当たり前だろう。だけど、やっぱり心配しちまうわけさ。
こちらの心配する様子とは裏腹に、美月はケロッとして答える。
「うん。ネットにあげるよ。でも大丈夫」
ギュッ、ギュッと腕を抱きしめて安心してと意思表示を示してくれる。
「世津くんの声だけを聞く。誹謗中傷なんか聞かずに、世津くんのぬるい声だけを聞くよ」
「改めて聞くと、ぬるい声ってなんか微妙だよな」
「そんなことないよ。あたしはその声に救われた。世津くんの言葉に救われた。あの頃からずっと世津くんはあたしを照らしてくれる」
だから。
「これからも側で輝いてくれると嬉しいな。美しい月みたいに」
そう言ってくれる彼女へ、当然側にいるよ。
だなんて返事をしようとして声が詰まる。
あれ? なんでだ? 声が出ない?
俺の声の代わりと言わんばかりに秋の風が吹く。
真っ赤に燃える紅葉の葉が舞った。
秋を彩る紅葉が吹雪のように舞う。
サァァ、サラサラ──。
どうして紅葉が舞っているのに砂が舞っているような音が聞こえてくるんだ?
いや、違う。
これは、時の砂の音……?
唐突に俺の脳内に砂時計の砂がながれる音が響きわたる。
春の日に見た時の砂のような音。
段々と強くなっている。
止むことのない時の砂の音は俺を不安という感情で包み込む。
美月……。美月……!
こちらの声は届かずに、美月はこちらに微笑みかけてくれている。
紅葉が俺達を隠すように吹き荒れる。段々と紅葉に包まれて周りが見えなくなっていく。
サァァ、サラサラ──。
そのまま俺は砂時計にながされるように、意識が段々と遠のいていってしまう──。




