第53話 演じている彼女をデートにお誘い
古典の授業は英語と同じで訳わからんね。
まだ、『なんとかなんとかめでぃおーさっ』とか言われた方が訳わかる。
魔法でしょ、それ。ってね。
そんな昼下がりの古典の授業は難しくて聞く気になれず、ついつい窓の外を見てしまう。
窓に映った自分の顔よりも、その奥に映る美月の姿にドキっとしてしまう。
あー、めちゃくちゃ意識してやがんな、俺は。
それにしてもだ。さっきはなんだか未来に、美月への告白を催促された気分になっちまったな。
いや、あの言葉を聞いた後で俺から告白ってのも後出しジャンケンみたいでどうなのかとは思う。
でもだ。俺としては告白よりモヤモヤしてしまう部分がある。
『もう、こんな幼稚な小説を書くのはやめるよ』
美月が小説を書くのをやめる。それってのは俺の中で告白よりも重要なことだ。
だってそうだろ。今まで長いことずっと、ずっと書き続けたんだ。ガキの頃からずっと……。
俺みたく、高校に入ったら野球をやめる中途半端な野郎とは違って、あいつは高校に入っても、毎日、毎日書き続けている。図書室なんて独占して自分の執筆環境を整える行動をしている。
自分の好きなことをしているだけなのに、素性もなにも知らない奴等に石を投げられて筆を折るなんて俺には納得できない。
理不尽に石を投げられる痛みを俺は知っている。知っているからこそ、あの日に美月へ言葉を出せなかったのが悔やまれる。
告白以外に俺が彼女にやってあげられること、なにか、ないか、なにか……。
「人のこころにも秋の日がくれば思い出すこと多くなりぬ」
古典の先生が一節を読み上げてくるのが耳に入ってきた。
「紫式部の源氏物語の中でも非常に印象的な一節ですね。人は年を取るにつれて、思い出すことが増えるという人間の哀感を示した名言です」
あの一節にそんな意味が含まれるとかマジ英語より難易度高いなとか思っていると、古典の先生が補足を入れてくれる。
「紫式部が有名な作家なのは皆さんご存知ですよね。京都の廬山寺が邸宅跡というのも結構有名な話ですよ。ここから廬山寺まではそこまで距離はありませんから、皆さんもどうですか?『ここが教科書に出てきた場所かぁ』と感心しますよ」
古典の先生の声はクラスにはあまり響かなかった。先生もそれは承知の上か、コホンと咳払いをすると授業を再開する。
廬山寺……。紫式部……。有名な、作家……。
窓の外に向けていた顔を反射的に美月へと向けてしまう。
するとガッツリと目が合ってしまい、ドキンと心臓が跳ねる。
こちとら、あわあわしてるってのに、美月のやろう、いつも通りに奥ゆかしい笑みで微笑みやがって。
ちょっとは緊張しろー。
……聖羅。やっぱりお前の気持ちがわかるのは俺だけみたいだ。
しかし、廬山寺か。
これはシンクロニシティ、意味のある偶然ではなかろうか。
早速とスマホを取り出して廬山寺を検索してみる。
ほうほう。ふむふむ。なるほど、なるほどなー。
「四ツ木くん。興味を持ってくれるのは嬉しいんだけどね」
ドッキンと美月を見た時とは違う緊張が走る。
「授業中は触ったらだめでしょ」
「あはれなる人といふものは、思ひをこらすといふことなり」
「うん。意味わかって使ってるかな?」
「あはは」
「決まりだから。放課後来なさい。興味があるなら教えてあげますよ」
「うす……」
今日も青春の必需品スマホを没収されちゃった。
♢
「せーつくんっ」
放課後に弾むような声で俺を呼ぶ美月。
「一緒に帰ろ」
小学生が友達を誘うような弾むような感じで誘われてしまう。
いつも通りを演じて、あの日の言葉をなかったかのようにしているように見える。
「すまん美月。スマホを取られた」
「あ、あー。確かに。あはは」
ケタケタと笑ってやがりますよ、この子。
「すぐ終わるでしょ? あたし、待つよ?」
「そうだな……」
この演じているかのような態度を取られるのは正直に嫌だ。
「今日ってなにか予定ある?」
「もしかしてデートのお誘い?」
ニヤッとしながら聞いてくるんだけどさ、なんとも否定できないので黙秘権を行使するしかないよね。
こちらが黙っていると、ぷっと吹き出した。
「冗談。また趣味探しかな。あたしも新しい趣味探ししないといけないし、手伝うよ」
ズキっと心が痛かった。
美月は本当に小説を書くのをやめてしまうのだろうか……。
「とりあえずバイクで行きたいからさ。先に帰って家で待っててくれよ。すぐに迎えに行くから」
「わかった。それじゃ先に帰るね」
また後で、と手を振り合って美月は軽い足取りで教室を出て行った。
さて、俺もスマホを回収してから美月を迎えに行くか。
そういえば古典の先生が廬山寺について聞きたいなら教えてくれるって行ってたな。
ちょっぴりだけ聞いてから美月を迎えに行くか。
そして、この演技を、幼馴染という関係性を終わらせてやる。




