第52話 バッドエンドなんか覆すさ(秋)
いつも通りの楽しいランチが終わってひとり、ぶらりと渡り廊下の自動販売機にやって来る。四ツ木世津専用カフェで今日も食後のコーラでも飲もうかな。
そう思っていると、秋も深くなった風がひとつ吹く。
ぴゅーっと随分と冷たくなった風を浴び、コーラのボタンをあたたかいコーヒーに変更しようとしたところ。
「店員さん。私、ミルクティー」
聞き慣れた透明感のある声に俺の指はピタっと止まってしまう。
振り返ると、見慣れたショートボブの美人が澄ました顔して立っていた。
「すみません。今はシーズンの店員ではなく、鷹ノ槻高等学校2年6組の四ツ木世津なので」
「私は鷹ノ槻高等学校3年4組の加古川未来です」
「わぁ。先輩なんですねー。じゃあ奢ってくださーい」
わざとらしく言いながら自動販売機のお釣りのレバーを押そうとしたところで、ガシっと手を掴まれる。
「今日の晩御飯、野菜乱舞でも良い?」
「この外道め。そんなのミルクティーを押すしか選択肢がないじゃねぇかよ。べらぼうめ」
「よきにはからえ」
「意味わかって使ってんのかよ。英語特化の先輩さんよぉ」
「5教科オール5」
「わぁ清々しいほどに完璧な人だぁ。ちくしょーが」
こんだけ完璧ないとこを持つと嫉妬すら出ず、未来へミルクティーを買ってやる。
取り出し口からミルクティーを取り出して彼女へ渡すと、「ありがと」なんて澄ました顔して礼をひとつ。
ま、親戚だがこんな美人に奢れるなんて男冥利に尽きるってもんだ。
ん? 夏枝がそんなこと言ってた気がするな。どこで言われたんだっけ……。ま、なんでも良いか。
財布からコインを取り出し、俺は結局コーラを買う事にした。秋の風は冷たいので、これで自販機で買う冷たい飲み物は飲み納めだな。
「世津悩んでるでしょ」
自販機の前にあるベンチに座って未来がそんなことを言ってきやがる。
どうやら自販機の前で無意識に難しい顔でもしていたらしい。
「んー」
適当な返事をしながらコーラを開けると、プシュっと炭酸が弾ける音が響いた。
ゴクゴクとコーラを飲む。
「秋葉さんにどう返事するか決まった?」
「げぼぉぉぉほぉ」
あまりに適格に突いてくる質問に動揺と炭酸でめっちゃゲップが出ちゃった。
「汚いなぁ」
「コーラを一気飲みして山手線を言い切ろうとする芸人さん、まじで凄いな」
「そもそも関西は山手線に縁がないから駅がわからないでしょ」
「確かに。大阪環状線なら言えるな」
「じゃあやってみてよ」
「よし」
ゴクゴクとコーラを飲んでゲップを我慢しながらスタート。
「大阪」
パンパン。
「天満」
パンパン。
「桜ノ宮」
パンパン。
「京ばしぉぉぉぉげぼぉ!」
「京橋まで我慢できたの何気に凄いね」
「安くてうまいお店ばかりの京橋まで行けたのは良かったよ。京橋さいこおおおおお!」
「その最高の京橋で早朝の6時から紅蓮○を歌っているおばあちゃんがいたよ」
「最高じゃねぇかよ京橋。早朝からのソロライブなんて他じゃ味わえないぜ」
じゃなく。
「いや、てか、なんで美月──」
安定の脱線した話を元に戻す。
すると未来はどこか遠くを見るような瞳で俺を見ていた。
「世津のことならなんでもわかるよ」
「なんでわかんだよ。こえーよ」
「そうだね。怖いね。でも、わかるんだよ」
「いとこだからわかりやすいってか?」
「そう、かもね。いとこのままでも良いんだよ。そんな関係性でも良い。なんでも……」
ぶつぶつと呟く未来の言葉は今の俺にはよくわからなかった。
彼女が呟くのやめて、キリッとこちらを睨む。
「秋葉さんへの返事どうするの?」
「そもそもちゃんと告白なんかされてないからな。答えるもなにもないだろ」
「なるほど。そっか。わかった。質問を変えよう」
未来はお姉さんっぽい言い方で質問を変更してくる。
「世津は……秋葉さんが好き?」
「なっ……!」
こちらが反応に困っているのをわかっていながら、じわりと責めてくる。
「好き?」
「そりゃ好きだけど……」
「恋人になりたい好き? 幼馴染としての好き?」
「ええっと……」
なんで俺がこんなに責められないといけないんだちくしょうが。
ええい、面倒くさい。
「美月が俺を意識するようなこと言って来たのにいつも通りでモヤモヤするというか……でもそれってのは俺が美月を……その……」
ああ! と知恵熱でも出そうなほど頭が熱くなってしまう。
「そうだよ! 意識してんだよ! 美月のことを好きって意識してしまってんだよ!」
やけくそに言ってのけると未来は恋愛相談をしてくれているお姉さんって感じで答えてくれる。
「じゃあ世津から告白するんだ」
「へ……。いや、そこまでは考えてないというか、なんというか」
「へたれだなぁ、我がいとこわ」
「うるせーよ」
唇を尖らせて拗ねると未来は小さく微笑んだ。
「ね、世津。これだけは聞かせて」
そういうと真剣な眼差しで問いただしてくる。
「秋葉さんと恋人になることがバッドエンドだったとしても、世津は彼女と恋人になる?」
ズキっと頭痛がした。
なんだか既視感のある質問に頭をなにかで殴られた感覚に陥る。
しかし、それも一瞬。こみかみ辺りを無意識にマッサージしてやるとすぐに頭痛はなくなった。
「なんかの心理テストか?」
「答えてよ」
おふざけや冷やかしで聞いてきていることではないのがわかる瞳に吸い込まれそうになりながら俺は彼女へと自分の思いを伝える。
「バッドエンドなんかにさせない。もし、そんな終わり方が待っているだけだとしても、覆してハッピーエンドにしてやる」
本気の答えはどこか子供っぽく、綺麗事の単語の羅列を描いてしまった。そんな小学生でも出せそうな決めセリフでも、未来は納得したかのように立ち上がる。
「証明してみせて。バッドエンドをも覆す、きみのハッピーエンドを」
それだけ言い残して、こちらの返答は聞かずに走り出して校舎に戻って行った。
未来の質問の意図は全くわからないが、いとことして適当な恋愛をするなという意味なのだろうか。




