第50話 幼馴染の重大な告白
学校から駅前のロータリーを抜け、国道沿いを颯爽とチャリで駆ける。
美月と駆ける30分は苦じゃないのに、ひとりで駆ける30分は苦業である。
修行に近い苦行を乗り越えてやって来た美月の家。
俺の家と全く同じ駐輪場。そこに止めてある美月のチャリ。その隣に自分のチャリを止めて、慣れた足取りで美月の家の前までやってくる。
俺と同じ玄関の扉の前。右斜め上にインターホンがある。
美陽と連絡してなかったら躊躇していたインターホンを容赦なく押す。
ピンポーンと鳴り響くチャイムの音。
自分の家と同じチャイムの音がした後に、ガチャリと玄関が半分開いた。
「世津、くん?」
半開きの玄関から顔を覗かせたのは寝間着姿の美月だった。
髪は少しぼさぼさ。眼鏡の奥の瞳は、眠たそうというよりは疲れている。顔は赤いというよりも青い。
体調不良といっても風邪の症状ではなく、疲労困憊といった様子だった。
「ごめんな、いきなり押しかけちゃって。3日も学校に来ないから心配でさ」
先に謝りを入れると、いつも通りに優しい顔して首を横に振ってくれる。
「ううん。来てくれて嬉しいよ。メッセージも来てたの気が付かなくてごめんね。今、返そうと思ってたんだ」
言いながら扉を全開にして招き入れてくれる。
「立ち話もなんだし中にどうぞ。熱も下がってはいるから移る心配もないよね」
「美月の風邪なら喜んで移るよ」
言いながら玄関に入ると美月は呆れた顔をしていた。
「世津くん。あたし、久しぶりに風邪引いたけどさ、めっちゃきつかったよ。こんなにきつかったかな。関節とかめっちゃ痛いし」
「ガチの風邪だったんだな。今はもう平気?」
「全快」
言いながらポージングしている美月だが、その顔色は優れていない。
心配しながらも、「お邪魔します」と靴を脱いで勝手知ったる秋葉家へと入って行く。
間取りは全く一緒のはずなのに他人の家は全然違う。そんな不思議な感覚に包まれながらも女子の部屋へと案内される。
美月の部屋は中学に入る前までは良く出入りさせてもらっていたな。
しかし、中学に上がってからは全く入る機会もなくなった。そこは幼馴染といえど男と女。どこか意識しちまう部分があるからな。
しかし、久しぶりに入った美月の部屋はあの頃とちっとも変ってない。
部屋の隅に設置された棚に、うさぎが杵(餅つきに使うハンマーみたいなもの)を担いだぬいぐるみが置いてあるのを見つけて、ついつい手に取ってしまう。
「こいつ、まだいたんだ」
「世津くんからの初プレゼントだからね」
「初プレゼントは百円の指輪型のアメだろ」
「こっちですー」
「いやいや」
「いやいやいや」
そんな痴話げんかみたいな言い合いをしつつ、お互いにくすりと笑い合ってぬいぐるみを元の場所に戻す。
いつも通りの美月で安心するけど、やっぱりどこか雰囲気的に疲れている気がして彼女へと尋ねる。
「執筆。無理したか?」
少々ストレートが過ぎてしまった聞き方だと後悔してしまう。
美月は少しだけ黙り込んでしまうと、すぐさま乾いた笑いを出した。
「世津くんには敵わないな。なんでもお見通しなんだね」
言いながら学習机に座って閉じていたノートパソコンを開く。
「小説がバズってね。PVが増えて読んでくれている人が沢山いるから、よぉしがんばるぞぉ! なんて気合いを入れすぎちゃったみたい」
そう言った後に、「違うか」と否定してから彼女が続ける。
「小説がバズったと思ってただけ。読んでくれている人が沢山いると思っただけだった」
悲観的に言ってのける彼女は、開いたノートパソコンをこちらに見してくれる。
「世津くんには見て欲しい、かな」
なにを? そう言う前に画面に映った文字の羅列を見て絶句しちまう。
『なにこの急展開』
『なんかご都合主義な感じ』
『このご時世に白馬のW 王子様W」
そこには昔、美月がクラスの女の子に言われたような辛辣な言葉と同じような文章が書かれてあった。
「なんだよ、これ……」
まるであの頃と同じような展開に唖然としてしまう。
彼女は既に現実を受け止めているみたいでゆっくりと口を動かした。
「最初はね、優しいコメントばっかりだったんだ。けどね、すぐにこういう嫌なコメントばっかりになって。アンチっていうのかな。それでも良かった。アンチができるのは優秀な作品って聞いたことがあったから」
でも、とポツリと漏らして音量が小さくなる。
「頑張れば頑張るほどアンチのコメントが多くなって、優しいコメントがなくなってた」
それに、と投げ捨てるように言い放つ。
「優しいコメントもあたしの小説の内容には触れてないコメントばっかり。『自分のも見てください』とか、『自分のも評価してください』とか、そんなのばっかりだったんだよ……」
「美月……」
「あたし調子に乗ってた。みんなが読んでくれてる。みんながあたしの小説を待っている。そんな気になって、無理して頑張って、書いて、頑張ってるあたし輝いてるとか勝手に思って……。実際は悪口のはけ口にされるために書いてたなんてお笑いだね」
美月がこちらを涙目で見つめくる。
「そもそもあたしの小説は世津くんを思って書い夢物語。急展開? ご都合主義? 当たり前。世津くんとやりたいことを文字に起こしたんだけ。白馬の王子様に迎えに来て欲しい妄想なんだよ。大好きな世津くんとやりたいこととか、やって欲しいこととか全てぶちこんだ、あたしのオナニーなんだよ」
少しばかり暴走モードに入ってしまった美月は止まらない。
「自分を見失ってた。あたしは評価なんていらない。世津くんだけが評価をくれれば良い。周りなんて本当にどうでも良い……。どうでも、良いんだよ……!」
言いながら美月の瞳から涙が零れてしまう。
「こんなこと言っちゃうあたしに小説を書く資格なんてないよね」
手で涙を拭うと、無理に笑いかけくる。
「もう、こんな幼稚な小説を書くのはやめるよ。だから世津くん。これからは無理することもなくなるし、毎日図書室にも居座ることもないよ。だから、だからね。これからは放課後、ずっと一緒に遊ぼうよ。毎日、毎日、あの頃みたいに、ね」
そんなことを言っている美月が明らかに無理をしているのは明白だった。
しかし、どう答えて良いか。なにを言えば良いか。今の俺では人生経験が浅すぎてなにも言えなかった。
「……ごほっ。ごほっ! ごほっごっ──!」
「美月。大丈夫か?」
唐突にむせ返るように咳をする美月の背中をさすってやる。
すると彼女は俺を見ながら顔を真っ赤に染めた。
「勢いで言っちゃった、よね?」
彼女がなにを言いたいか察しは付いている。
正直に答えようとした時──。
「ごほっ! ごほっ!!」
更に咳き込む美月はむせながらこちらに訴えかけてくる。
「ごめんね世津くん。熱がぶり返したかも……。移すと悪いし今日は……」
それがウソだと言うのはなんとなくわかった。
「あ、ああ。そうだな。体調が悪いのに来てごめん」
見破ったウソへ真実を突きつけるなんて無粋なことはしない。
「ううん。来てくれて嬉しかった。また元気になったら遊びに行こうね」
「おう。じゃあな」
彼女の要望にこたえて俺は美月の家をそそくさと出た。
そして玄関の前に、へなへなと座り込んでしまい手で顔を覆う。
「あいつ、俺のこと大好きって……」
美月は勢いで言ってきただろうから気が付かないフリをしたけど、それってのは、そういう意味で捉えて良いんだよな……。
でも、今は単純に彼女の思いの内に喜んでいる場合じゃない。
美月が小説をやめる。
それは俺にとっても重大な事柄である。




