第5話 放課後デートのお誘い
「ね、四ツ木」
学食での食事を終えてみんなで教室に戻っている途中。
最後尾で聖羅と豪気に挟まれて攻撃されている陽介を眺めて、「さっきの仕返しされてるなぁ」とか思っていると夏枝が振り返って呼んでくる。
振り返った時の靡いた髪にちょっとばかしドキッとしてしまったのは、まだ夢のことを意識しているからかな。
彼女はその場で立ち止まり、俺が隣に来るまで待ってくれる。肩が並んだ時に一緒に歩みを始めてくれた。
そんな彼女の行動がちょっぴり嬉しくってドキドキしちまう。
「どした?」
「今日バイトだったりする?」
「今日は休み。ま、どっかの誰かさん達のおかげで明日からは大忙しになりそうだがな」
「そっか、そっか、休みか」
後半に嫌味を含めたセリフを吐いたつもりなんだけど、全く効いていない様子。
「もしかして、放課後デートのお誘いとか?」
「んー」
細い指を顎に持っていき、わざとらしく考えるふりなんかしてやがる。
「そんな感じかも」
冗談めかしたこちらの質問に対し、そのまんま冗談めかした態度で返されてしまう。
「ぼ、僕、これ以上お金ないよ」
「カツアゲじゃないっての」
夏枝はサイドの髪を耳にかけて整った横顔をよく見せてくる。彼女の無意識な仕草一つでそこら辺の男が惚れこむことは間違いないな。
「今日の部活終わり、一緒に帰りたいんだけど」
「おいおい。それじゃ放課後デートじゃねぇか」
「デートのお誘いをしているのですよ?」
その柔らかく余裕のある顔からは照れや恥じらいなんてない。純粋に俺に用事があると言わんとするのが伺えた。
そりゃ色恋な感じじゃないよねー。残念。
「まさか四ツ木、こんな美女からのお誘いを断るなんてことしないよね?」
「強制かよ」
「美人って便利だよね。ちょろい四ツ木は大抵のわがままを許してくれるだろうし」
「小悪魔め。そのうち本性がバレて周りの評価が地に落ちるぞ」
「わがまま言うのは四ツ木にだけだから大丈夫」
ベッと舌なんか出して小悪魔間を増してきやがる。普通に可愛いな、おい。
それに、俺だけなんてドキッとする言葉を息するように放ちやがって。惚れてもしらねーぞ、ばかやろう。
「じゃ、放課後、正門でね」
モテない男子なら勘違いしそうな愛らしくも非現実的に美しい微笑みを残し、彼女は前を歩くみんなのところに合流していった。
♢
帰りのホームルームが終了すると、部活組が素早く教室を出て行く。
放課後デートの約束をした夏枝も例に漏れず、エナメルバッグを担いで教室を出て行きやがる。
あんにゃろ。こちとら美少女に放課後デートに誘われてそわそわしてるってのに、いつも通りに部活へ向かいやがって。
ちょっとは緊張しろー。
あ、聖羅の気持ちがわかったかも。
さて。待ち合わせは部活終わりの正門だ。どこで時間を潰そうかな。
チラリと隣の席に視線が行くと、ゆっくりと帰り支度をしている美月と目が合った。
「図書室か……」
「あたしは図書室じゃなくて、図書委員だよ」
「わかってるっての」
美月は図書委員である。
図書委員の仕事は週一回程度の本の整理。今は学校の図書室の受付もセルフサービスになっているため、図書委員といっても大した仕事はない。
美月は図書室の受付が気に入っており、先生にお願いして放課後に受付をやらしてもらっている。なので、部活みたいにほぼ毎日のように図書室の受付に座っている。もはや図書部といった方が良いレベルだな。
「図書室で時間を潰すってのは知的でイケメンな俺にピッタリだな」
「ん? どこに知的なイケメンがいるのかな?」
この子、案外ずばずばと辛辣なことを仰ってきやがります。はい。
クスクスとくすぐったそうに笑う美月が首を傾げてくる。
「世津くんが来てくれるのは嬉しんだけど、今日はどうかした?」
「あー……」
夏枝の件は仲間内にも内緒なデリケートな問題なのかな。
まだ内容も聞いていないのでなんとも言えない状況だが、なんとも言えない状況だからこそ当事者じゃない俺からペラペラと喋ることは抑えた方が良いよな。
「まぁ、気分的に?」
「ふぅん。あ、そうだ。今日来てくれるならさ、新作書いたんだ。見てくれる?」
こちらの適当でふんわりした回答を追求することなく、彼女は手を合わせて言ってくる。
「お、新作できたんだ」
美月は趣味で小説を書いている。それを知っているのはリアルでは俺だけみたい。
ネットに投稿しているみたいなので、俺だけが読んでいるわけではないが、新作ができた場合は必ず俺から見してくれる。
俺は常に彼女の読者一号であり、ファン一号でもあるのだ。えっへん。
「もちろん読むよ」
「甘口判定でお願いします」
「今回こそは辛口でいこうかな」
「とかなんとか言って、優しい世津くんはいつも褒めちぎってくれるのでした」
「勝手にナレーションを付けるなよ」
笑いながら自然と肩を並べ、教室から廊下に出ようとする。
付き合いが長いのでこうやって肩を並べるのは自然とできる。夏枝とはちょっと緊張しちゃう部分もあったんだよな。
居心地の良い場所って感じで一緒に教室を出た時だ。
息を呑んだ。
教室の前にいた人物は見慣れた姿。
それなのにどこか切なく、現実味を感じられないほど美しいと思ってしまう。
例えるならば、雪山で遭難した時に見る雪女のように、はたまた、海で沈んだ時に見た人魚姫のように。
俺の目に映る加古川未来は、それほどまでに美しくも儚く目に映った。