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セツなきミライは砂時計にながされて  作者: すずと
秋葉美月編〜女心と秋の空。幼馴染の心は夢と妄想に移ろう〜
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第46話 これは美月ちゃんルートですか?

「ありがとうございます。またお越しくださいませ」


 カランカランと勘定を終えたお客さんがカフェ、シーズンを出て行った。

 時刻は午後6時過ぎ。今日は珍しくほぼ満席となっている。

 いつもはカウンターでコップばかり拭いているじいちゃんも、コーヒーを淹れたり、軽食を作ったりと仕事に勤しんでいる。


 カランカラン。


「いらっしゃいませ」


 凄いな。平日の中途半端な時間なのに今日は客が途切れないでやがる。


「お、美月。いらっしゃい」


 新規のお客さんが美月だったため、友達言葉が出ちまったのに気が付いたのは言葉を発した後だった。


 彼女は眼鏡をしていない目でキョロキョロと周りを見渡して店の状況を確認する。


「今日はいっぱいだね」

「おかげさまで大盛況です」

「いつもの席は……空いてないよね?」

「ごめん。埋まっちゃってる。カウンター席でも良い?」

「全然、全然」


 美月が遠慮がちに答えたところで、「すみませーん」とテーブル席からこちらを呼ぶ声が聞こえてくる。


「はーい。すぐにお伺いいたします」


 聞こえたテーブル席のお客さんに接客スマイルを送って、すぐに対応に向かう。


「美月。ごゆっくり」


 一応、それだけ言い残して俺は接客に勤しんだ。




 ♢




「づがれだー」


 店のテーブル席に突っ伏して、疲労困憊な声を店内へ響かせる。


 満員御礼。


 ずっと動きっぱなしであった。珍しく夜の8時を過ぎてもクローズ作業ができていない状態である。


「お疲れ様」


 労いのお言葉と共にコーヒーを置いてくれるじいちゃんは、相変わらず良い歳の取り方をした渋くてかっこいいスマイルを放ってくれる。


「じいちゃんは疲れてないの?」

「私はほぼキッチンで動いてなかったからね。接客の世津の方が動き回って疲れたろ。今日はゆっくり休んでから帰りなさい」

「そうします」


 優しく労ってくれるじいちゃんに甘えることにする。いや、まじで足が棒のようだもん。


 しかしながら、めちゃくちゃ働いた後のじいちゃんのコーヒーがまた格別に美味い。


 今日めちゃくちゃ働いた俺は偉い。


 みたいな感じで体にコーヒーが染み渡るんだよな。


「疲れていると言えば、美月ちゃん」


 じいちゃんがカウンター席へと視線を配る。


 ずずずーとコーヒーを飲みながらじいちゃんの視線の先を追う。


 カウンター席では、こっくりこっくりと船を漕いでいる美月の姿が見えた。


「彼女もお疲れみたいだから、世津から労ってあげなさい」

「りょーかい」


 コーヒーカップを置いてから彼女の隣のカウンター席に移動。俺が隣に座っても警戒はなく、静かに眠っている。寝息もほとんど立っておらず、寝方が綺麗過ぎて見惚れてしまう。


 寝顔を見つめていると、美月は本当に綺麗な女の子だなぁとしみじみ思う。


 未来みたいな切ない感じもない。夏枝みたいな透明感でもない。聖羅みたいな茶目っ気でもない。やっぱり大和撫子って例えがピッタリの美しさだ。


「……ん」


 かろうじて漏らした息と共に頭がスローモーションでこちらに倒れてくる。ことんとこちらの肩に美月の頭が乗っかると花の香りが舞い上がる。


 この子、なんちゅう良い匂いがするんだよ。


 ドキドキしながら視線を逸らしてしまう。


 逸らした視線の先がたまたま開いたままのノートパソコンに向いてしまう。


 光の向こうには大量の文字の羅列が見られた。


「……すげーな」


 俺が始めたブログなんかはもう手を付けていない。それに対して美月はずっと、ずっと小説を書くのを続けている。


 PVとか、人気とか、本当にそんなものどうでも良いのだろう。これが自分の好きなもの。だから続けられる。これこそが本当の趣味と呼べるのだな。


 まぁ、妹の晩飯を無視はだめだけど。だめだけど、こんだけ頑張っている人を見ているとついつい労いたくもなる。


 無意識に手が彼女の頭に伸び、よしよしと頭を撫でていた。きめ細かい柔らかい髪を撫でるたびに花の香りがして撫でるのをやめられない。


「あ、あのー……。せ、世津くん……」


 おそるおそる美月が顔を上げてきたので、「うぉ」と驚いた声が出てしまった。


 この子、いつから起きてたの?


「えと、ちょっと恥ずかしいと言いますか……。嬉しいんですけどね。やっぱり恥ずかしい」


 恥じらいつつ言ってくるもんだから、こちらも無性に恥ずかしくなり、乱暴に頭を撫でる。


「こんにゃろ。撫でるたびに良い匂いがするんだよ。こんちくしょー。もっと撫でさせてくれ」

「きゃん。せ、世津くん。乱暴しないでー。髪の毛崩れちゃうよー」

「美月は綺麗なんだから、ちょっとくらい乱れた方が良いんだよ」

「ボサボサの髪の女の子なんて嫌でしょ?」

「美月ならボサボサでも良いかな」

「……だったら、乱暴しても、良いかも。あ、勘違いしないでね。世津くんだけだよ? あたしに乱暴して良いの」


 なんなんだよ、この特別感満載のキュンキュンなセリフ。俺だけ乱暴して良いとか……。

 いや、乱暴なんてしない。

 しないけど、こんなこと言われたら性癖捻じ曲がるわ、ちくしょうが!


「うーむ。世津は美月ちゃんルート確約か? 私てきには七海ちゃんルートだと思ったのだけど」


 あ、やっべ。ここカフェだってこと忘れてた。


 俺が手を止めるとじいちゃんが、「続けて」と言って来るので全力で頭を下げる。


「すみません。片付けします」

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― 新着の感想 ―
[一言] それこそ、じいちゃんは何週目のどこまで分かっていて、七海ルートだと思ったのかなあ。夏の積み重ねが心のどこかに残っていたはず。 ここで、秋確定ルート… にはならないんでしょうね。
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