第41話 元カノ(偽)は気になる
本日の学校でのハイライト。
♢
「せーつくんっ。一緒に理科室行こっ」
「あ、ああ」
高揚した美月と共に理科実験室へと向かう。
廊下を歩く時、異常に距離が近い気がして周りの目が痛いのだけど、この子は鼻歌なんか歌って上機嫌であった。
♢
「せーつくんっ。今日は一緒にS定にしよっ」
「あのえげつないのいくのか?」
「今日は特別ですから」
いえいとVサインひとつ。まぁ値は張るがたまには良いかと美月と共にS定を注文した。
夏に奢ってやった時、もう食べないって言ってた気がするけど、この子ったらペロッと完食しちゃったよ。
♢
「せーつくんっ。一緒に着替えよ」
「待て待て。流石に体育の着替えは別だろ」
「今日は良いの。ほら、昔はよく一緒に着替えたんだし良いじゃん」
「小学校低学年のお話をされておりますよね?」
「昔を思い出しながら、着替えよ。ね?」
眼鏡の奥の瞳は純粋無垢であった。
これは仕方ない。一緒に着替えるしかないと思った矢先に聖羅の飛び蹴りが入り、夏枝に美月が連行されて、懐かしの一緒に着替えるというイベントは無と化した。
♢
以上、異常なハイライト終わりっ。
バイト先であるカフェ、シーズンは今日も客入りが悪い。
特にやることがないのでカウンターでじいちゃんのコップ拭き音を聞きながら、今日1日を振り返ったのだが……。
今日の美月ちゃん、異常だったね。
まぁ、理由は明白なんだけどな。
書いている小説にコメントが付くってのは、人の気分をあそこまで上昇させるのだな。うなぎのぼりに上がって行ってたぞ、今日の美月のテンション。
創作活動をしている人ならわかるのかな。
俺のブログにもコメントが付いたらあんな感じになるのだろうか。
カランカランと久しぶりに聞いた気になる玄関の鐘の音が響き渡り、反射的に姿勢を正す。
「いらっしゃいませー」
素早く玄関に向かうとそこには見慣れた顔があった。
「やっほ。四ツ木」
部活終わりだろう夏枝が、エナメルバッグを背負って爽やかに手を挙げている。
「なんだ、夏枝か」
「なんだとは随分だね。せっかく元カノが来てあげたのに」
唇を尖らせて拗ねた顔をしてくる。
「はいはい。偽物の元カノ様は1名様でよろしいでしょうか?」
「2名で」
言いながらピースサインをしてくる。
「え、なに? 見えないお友達でも連れてるの?」
「四ツ木を指名で」
「すみません。ここはホストクラブじゃありません」
「良いじゃん。ひとりで飲むの寂しいから付き合ってよ」
「じいちゃーん! シラフなのに酔ってる客がいるー! ヘルプー!」
キュッとコップを仕上げるとじいちゃんが険しい顔で見てくる。
「世津。レディーファーストもできない孫に育てたつもりはないぞ」
「これをレディーと呼称して良いの?」
「レディーがご指名なら紳士としてとことん付き合え」
「仕事中だぞ」
「無論、その時間はバイト代から差し引いておく」
「ですよねー」
ま、客もいないから別に良いか。夏枝もじいちゃんもそこら辺の空気を読んでの絡みだろうし。
エプロンをシュッと外して元カノ様をテーブル席にご案内。
じいちゃんがまぁたサービスコーヒーなんか提供しやがるが、夏枝は申し訳ないと思ったのか、他にも色々と注文してくれた。
「それで?」
注文を終えた夏枝が話を切り出してくる。
「なんで俺から話がある雰囲気出してくんの?」
俺、さっきまでバイトしてたんですけど。
「今日の美月どうしちゃったの?」
「美月?」
彼女の名前が出て、あーと声を漏らす。
夏枝も美月の異常性に気が付いていたみたいだな。
「異常だったな」
「異常なテンションだったよ。もう、そりゃ超絶良いことがあったみたいな、ね」
夏枝が俯いて呟くと上目遣いで見てくる。
「もしかして四ツ木と美月って付き合い出した、感じ?」
「いや、付き合ってないけど」
普通に答えると、ニパァっと秋にひまわりでも咲いたかのような笑顔を見してくれる。
「そっか、そうだよねぇ。わたし達に内緒で隠れてコソコソなんてしないよねぇ」
「元カノ様。俺達は隠れてコソコソ付き合おうとしていた身では?」
「隠れてコソコソって楽しいよねー」
えへへ、なんて幼い少女のような笑みを放たれてしまう。
なんとも可愛らしい笑顔で、ついつい照れ隠しな嫌味が出てしまう。
「なんだよ。俺と美月が付き合って心配したってか?」
「元カノの身としては四ツ木の次カノが気になるわけですよ。勘違いしないでね。あくまでも元カノ(偽)としてなんだから」
「元カノ(偽)ってなんかもう意味わからんな」
「だねー」
あはは、なんてお互いに笑ってみせると夏枝は不思議そうな顔をしてみせる。
「でも、今日の美月はなんであんなに機嫌良かったんだろ。四ツ木はなにか知ってるの?」
聞かれて少しばかりドキッとしてしまった。
美月が小説を書いていることはふたりだけの秘密だ。それは変わらない。
いくら仲が良くても秘密のひとつやふたつはあるだろう。夏枝にだって、聖羅にだって。
美月の口から言うのなら問題はないが、この件を俺から言うのは筋違いってやつだ。
「さぁなぁ。なんか良いことでもあったんだろ」
「良いことがあった、であそこまで跳ねれるかな」
「夏枝だってカッコいいバッシュ履いたら跳ねるっしょ」
「意味合いが違うっしょ」
カランカラン。
完全に油断していたところに新規のお客さんがやって来て、反射的に立ち上がる。
するとじいちゃんが俺を手で制止させた。「ここは任せてお前は先に行けっ」みたいなノリでじいちゃんが新規のお客さんを出迎える。
「お。いらっしゃい。未来ちゃん」
なんだ。未来が来たのか。
それならなにも気を使わずに夏枝とお喋りができるってもんだと思っていると、スタスタと未来が俺達のテーブルの方へとやってくる。
「や。世津。秋葉さ……へ?」
未来はそれはそれは呆気に取られた顔をしていた。




