第40話 季節の変わり目。運命の境目
秋に降る雨は季節の変わり目を告げているのだろうか。今日は少しだけ肌寒い。
これから気温は低くなって行く一方だろう。ブレザーだけでは足りなくなるだろうから、色々と冬物を引っ張りださなければならない。
安物のビニール傘を差して最寄りのバス停を目指す。いつも通る公園前にはタクシーの運ちゃんが屋根のあるベンチでタバコをふかしている。公園にある交番のお回りさんも小型の125CCのスクーターでパトロールに出掛けて行った。雨なのに大変だとか思いながら公園を抜けるとすぐにバス停が見えてくる。
屋根のあるバス停なので、傘を畳んでベンチに腰を下ろしてバスを待つ。
雨の日のいつもの行動。違うのは時間帯。
今日はいつもより寝坊しちまって1本遅いバスにご乗車予定だ。
昔の夢なんか見ちまったもんだから、布団から出るときに感傷に浸っていたら家を出るのが遅れてしまったとさ。
しっかし懐かしい夢を見たもんだ。小学5年生の時の出来事だな。あの時から美月の書く小説を見るようになったんだっけか。
美月とは小学1年生からの付き合いだが、あの時まで漫画を描いていることは知らなかったし、小説の才能があるのも知らなかった。あの頃はひたすら美月とゲームしてた記憶だな。
しかし、あの日を境に一緒にゲームをしなくなったっけか。美月は小説を書くという趣味を早くも見つけ出してしまったからな。俺なんかは休日に野球の練習と試合するだけ。別に野球は特別好きじゃないけど、ただなんとなく惰性でしてただけだもんな。それに比べて美月は凄いや。あんな頃から熱中できるもんを見つけてさ。
「世津くん。おはよー」
美月のことを考えていると、ご本人が登場しやがる。
ギョッとなって腕時計なんてしていないのに左の手首に目をやると、ジト目で見られてしまう。
「遅刻じゃないから。いつも通りの時間だから」
ホッ安堵の息を漏らすと怒りながら彼女が隣に座る。
「あたし、いつもお母さんに怒られるけど、遅刻は絶対しないから」
本日は眼鏡を着用の彼女は、眼鏡を光らしている。
「威張って言うことじゃねぇ」
あははと彼女のなんの自慢にもない言葉を笑ってやる。
しかし、言われてみれば美月はいつも遅いが遅刻だけは回避しているな。それにより真面目キャラが定着されている。結構ズボラな性格なんだけどな。そのことを知っているのも仲間内では俺だけだ。そんなこと口にすると美月にころされてしまうだろう。
いつもより1本遅いバスがやって来てふたりで乗車する。俺達の最寄りのバス停は始発だ。そんなわけで席は選びたい放題。いつも1番後ろより1つ前のふたり席に座るため、本日もそこをチョイス。
よっこいしょっと座ると美月にくすりと笑われてしまう。
「世津くんってほんと昔から窓際を死守するよね」
「死守ってほどじゃないぞ。レディーがいるのなら内側にも座る」
「あれ? あたしはレディーではない?」
「大和撫子だ」
「違いがわかりません」
「それに、やっぱ外の景色を黄昏て見るのはイケメンの務めっしょ」
「あれ? バスの運転手さんイケメンだった?」
「どういう意味だよ」
「このバスにはあたしと世津くんしか乗ってない。運転手さんを含めて3人」
「美月よ。お前は陽介で目が慣れちまってるかも知れんが、俺は相当なイケメンだぞ」
「世津くん。七海ちゃんはね、本当に綺麗だからナルシスト発言が成り立つけど、世津くんがナルシスト発言したら癇に障るってやつだよ」
「お前、まじで俺に対してだけ当たりきついよな」
「共に育った環境のせいかな」
俺達ふたりだけを乗せた貸し切り状態でバスが発進する。
常連のふたりだけなのに自動音声が、『このバスは市営バス──』と教えてくれるのと同時に、美月が、「いたた……」とちょっとだけ辛そうな声を出していた。
「どったの?」
「昨日の世津くんとの趣味探しの旅でお尻が筋肉痛になったみたい」
長時間後ろに乗ってたもんな。悪いことしたなぁ。
「ごめんな。大丈夫か?」
「ううん。全然、全然。大丈夫ですよ」
「揉もうか?」
指をにょろにょろを動かすと、眼鏡の奥の目をジト目に変えて言われてしまう。
「そういうところだよ。世津くんに対して強く当たるの」
「美月だけだよ。胸や尻を揉もうとするのは」
「そんな特別はいりません」
呆れながら言った後に切り替えるように聞いてくる。
「それで、あの旅で熱中できるような趣味は見つかった?」
「実は、ブログもはじめてみたんだけど、なにをどうやって良いのか全くわからなくてな。とりあえず天一の総本店に行ったことと、八坂神社と円谷公園に行ったのを写真付きで書いた。PV? みたいなんは0だったわ」
「そりゃ始めたばかりなんだし、そう簡単に付くわけないよ」
「美月でも少ないって言ってたもんな」
「あたしのは小説サイトだからまた別物だろうけど、そういうのって継続が大事なんだよ」
言いながらスマホを取り出しながら苦笑いをひとつ。
「あたしみたいな底辺がなに言ってるんだよって話ですけどね」
「美月の小説面白いんだけどな」
「面白いだけじゃだめなんだよ。なんでも流行ってあるからね。その流行に乗らないと読まれないよ。まぁ、あたしは本当に好きで投稿しているだけだから良いんだけど……」
美月が喋りながらスマホを眺めると、言葉を途中で止めて目を丸めている。
「どったの……」
「コメント……だと?」
数秒停止したと思ったら、バッとスマホの画面をこちらに見してくる。
「美月ちゃーん。近い、近い」
「あ、ごめんなさい」
「違うね。それは押し付けているね。がっつり美月のスマホとキスしてるわ。さぁ引こうか」
「ぬん」
「気合いの言葉を添える必要はないと思うし、きみ結構汚い気合いを入れるね。大和撫子のイメージ台無しだよ」
「大和撫子のイメージなんかより、今は気分が高揚してるからそんなことはどうでもいいよ。とにかく見て」
そう言われて適正な位置で光るスマホの画面を見る。
「『初見です。とても綺麗な文章ですね。見ていて情景が浮かびます。これからも頑張ってください』」
「は、は、初めてコメントもらった。コメントなんて都市伝説だと思っていたのに」
本当に気分が高揚している美月は、眼鏡を光らせて夢見る少女のような気分で言ってのける。
「はわぁ。やばー。語彙力がしんだー」
「おい小説家。語彙力をころすなよ」
「だって、だってさ。初めてだよ。世津くん以外からの初めてのコメントだよ? どう思う?」
「なんとなく彼女を取られた彼氏の気分だよ」
「大丈夫。世津くん一筋だからそこは安心して」
コメントって意味だよな。主語がないから勘違いしちゃうよ、ぼくちん。
「これがコメントの力か……。やばぁ、活力えぐぅ。帰って続き書きたい」
「こらこら。続きは放課後に書けよ」
「わかってます。そこまではいってないから大丈夫」
「ほんとかいな」
美月ならやりかえないな。意外と行動力あるし、この子。
でもまぁ、うん。
「良かったな美月。なんか第一歩を見た気でいるよ」
美月はVサインで返してくれる。
「これも世津くんのおかげですよ」
美月のテンションが高いまま、いつの間にか終点の駅前に到着していた。




