第38話 神のお告げ
八坂神社のお隣、紅葉と桜の名所、円山公園へと足を運んだ。お隣だからついでって感じでね。
円山公園の中央に立つのが、祇園しだれの愛称で知られる大きな枝垂れ桜だ。正式名称は、一重白彼岸枝垂桜って名前らしい。
春には夜間のライトアップもされて祇園の夜桜って感じなんだけど、今は秋。もうすっかり桜は散っている。
残念だ。
また春にでも見に行こうなんて言うと、「その時には忘れている世津くんなのでした」とナレーションされてしまい、反論できずに足を東へと進める。
円山公園は日本庭園としての顔がある。東山の雄大な自然をバックとした池泉回遊式庭園となっている。庭園の中心の大きな池、ひょうたん池でスマホをパシャパシャ鳴らしていると、橋の上で美月が声をかけてくれる。
「ね。そんなに写真撮るならカメラも趣味の候補に入れるのはどうかな?」
「あー。カメラな」
少しばかりの苦笑いを浮かべて美月へ言ってやる。
「しかしだな美月。俺は四流カメラマン。この前も夏枝と写真を撮って……」
言葉の途中でやめたもんだから美月が首を傾げる。
「七海ちゃんと写真撮ったの?」
「いや、撮ってな、い。あれ……なんだっけ」
でも、ブレブレの写真をどこかで撮ったような気がするんだけど……。どこだっけ……。
「七海ちゃんは映えの写真上手そうだよね。だから世津くんの写真をばかにされるのも頷けるよ」
「こらこら。なんちゅうこと言うんだ。そんな奴には罰を与える」
美月に近寄りスマホをインカメにして腕一杯に伸ばす。
余裕ぶっこいでいる顔をしているが、御覧の通り腕は震えておいでです。
普段は眼鏡美人。今は眼鏡を外したギャップ美人。そんな美人で大和撫子を感じる顔が間近にあったら幼馴染とか関係なしに緊張するってもんだ。
そんな精神状態でパシャリと一枚。
写真の出来栄えを見る。
「なるほど。こりゃ罰だね」
出来上がった写真を見ると美月が頷いた。あ、うん。ブレッブレです、はい。
「世津くん。下手だからこそカメラを趣味にして上手くなるんだよ。これから、これから」
「美月。ストレートに下手とか言うな。凹む」
「安心して。こんなにストレートに言うの世津くんだけだから」
「そんな特別扱いは不要だよ、ばかやろ」
「じゃ、今からカメラでも見に行こうよ」
俺のツッコミは無視されて話を進められてしまう。
ま、特に行くとこもないし、カメラでも見に行くか。
♢
八坂神社を西楼門から出て、四条通を進む。交番のトイレの貸し出しはしてませんの手書きの文字にくすりとしながら進んで行くと有名な劇場がある。
芸能人とかいるかなぁとか思って前を通るけど、いつも芸能人を見ることはできない。
おかしいな。
関西に住んでるのに芸能人を生で見たことないぞ。気が付いていないだけだろうか。
劇場前の信号を超えて四条大橋を渡り、鴨川の景色をチラッとだけ堪能。バイクだからね、景色を楽しむのはまた電車で来た時にでもしよう。
京都は高い建造物や派手な色の看板等に規制がされている。なんでも厳しい景観政策なんだってさ。だから、東京や大阪みたいに高い建物ってのは見かけない。それでも、四条通りの歩道を見ると人で溢れており、都会だなぁって思う。
最近四条河原町に大手の家電量販店ができたらしい。大阪難波にもでっかくオープンしてたけど、こっちにもでっかくオープンしてたんだねってことで行ってみることに。
店内は新しくオープンしたばかりのため、広くて綺麗な内装であった。なんだろうね、新しい店ってやたらめったら電灯が明かるいの。できたてっ! って感じがする。
どうやらカメラは2階にあるみたい。デジタルライフフロアって書いてある。パソコン、タブレットとかもこの階みたいだね。
カメラがずらっと並ぶところにやってきてサンプルのカメラを手に取り美月へ構える。
「はぁはぁ美月たん。きょ、今日もかわいんだなぁ。はすはす」
「っすー」
「……いや、反応がほとんど虚無なんすけど。そこはせめてキモいとか返してくれや」
「いつも通り過ぎて」
「おかしいな。美月たんから見た俺って常時これなんだ」
「うん」
否定なしとか、やっぱりこの子えぐいや。
内心でショックを受けながら手に持ったカメラの値段を見ると目ん玉が飛び出しそうになる。
俺はソッとカメラを戻してスマホを取り出した。
「美月。俺はスマホで生きて行こうと思う」
「スマホだと限界があると思うよ。一生四流で良いの?」
「医者は医者の子にしかなれないのと同じように、カメラはガチ勢に任せて俺みたいな四流カメラマンはとりあえずスマホで三流を目指すさ」
「わかりにくい解説どうも」
どれどれと美月が値段を見ると苦笑いを浮かべていた。
「で、でも、世津くんバイトしているんだし、買えない値段じゃないよね?」
「バイクのローン。維持費等で残り少ないバイト代じゃ買えんな」
「高校生には中々に高額な趣味だね」
「とりあえず高校生のうちはスマホで修行して大学生になってから始めろという神のお告げが聞こえます。アーメン」
とりあえず十字を切ってからカメラコーナーを後にする。
キョロキョロと歩きながらパソコンコーナーへと入った瞬間だった。
「やばい美月。神のお告げがする」
「なにが聞こえてきた?」
「便所に行けというお告げだ」
「なるほど。大事なことだね」
「あ、うん。結構やばめのやつかも」
「唐突にピンチになる世津くんに絶望を与えるね。ここ女性のお手洗いしかないよ」
「笑顔で絶望を与えてくる美月ちゃん。まじ堕天使」
「ほらほら行った、行った」
「長い戦いになる」
「はいはい。あたしここにいるから行った、行った」
♢
ふぃー。長い戦いだったな。
それにしても神の試練であったな。
紙がなかった。
こんな綺麗な家電量販店の便所に紙がないとか神もいないのかと絶望してたけど、やはり神はおいでなすった。
たまたま清掃の人が通りかかって上から投げてもらった時は生と神を感じたね。
というか美月ちゃんやい。メッセージで助けを求めたってのに、どうして既読もつきやがらない。結構な時間が経過しているのだが、彼女から文句のひとつもないとか女神過ぎん?
そんなことを思いながらパソコンコーナーに戻って来ると足を止めてしまった。
美月がめちゃくちゃ集中している。
お試しようのペンタブレットにペンを滑らかに動かしている。
その顔は至って真面目。お絵かきというにはあまりにかけ離れている。魂をペンタブレットに乗せて描く。そんな印象だ。
声をかけるのも悪いと思いつつも、彼女がどんな絵を描いているのか気になって後ろからこっそりと近づいてモニターの絵を見てみる。
「あ……」
ついついと声が漏れてしまい、美月が振り返ってくる。
「おかえり世津くん」
振り返ると、トイレ長過ぎ、なんて怒りは皆無な美月が振り返って来る。
謝るよりも先にモニターを指差して聞いてしまう。
「それって小学生の時に描いてたキャラ?」
モニターに映し出される男性キャラと女性キャラに見覚えがあったので尋ねると、コクリと頷いた。
「あの頃より随分と成長したものだ」
「そりゃあの頃は小学生でしたから」
「それにしたってこりゃ高校生離れしたできじゃないか」
「いやいや。世津くんが来るまでの暇つぶしだよ」
暇つぶしでここまで描けたらプロになれるのでは? なんて思ってしまうが、プロの世界も甘くはないだろう。ただ絵が上手いだけでプロになれるのであれば絵描きは全員プロになっちまうな。
プロだのなんだのよりも少々気になることを思い出したので彼女へ尋ねる。
「もう、漫画は描かないのか?」
こちらのセリフに美月はペンを置いて答える。
「漫画はもう何年も描いてないや」
「それは、やっぱりあれが原因?」
昔に起こった出来事を聞くと、ゆっくりと首を横に振った。
「あのことは全く関係ないよ。漫画は大好きだし。こうやってたまに絵も描くし。でも今は小説を書くのが楽しいから漫画を描いていないだけ。また描きたくなったら描くかもって感じかな」
「漫画を描いた時は、また見せてくれるか?」
聞くと美月は嬉しそうに顔を、くしゅりとさせると大きく頷いた。
「もちろんだよ。でも、今は小説ばっかりだから、漫画はいつになることやら」
「美月の漫画も大好きだったけど、小説も大好きだぞ。また新作書いたら見せてくれな」
「うん」




