第35話 秋葉家では普通です
忍者250に跨って今日のデートのお相手をお出迎え。
すぐそこバイクで40秒。うわぁはやーい。
美月も俺と同じ団地が並ぶ地域に住んでいるから、ほんのちょっぴりだけ離れているだけ。
あっという間に美月が住んでいる団地にご到着。
見た目は全く同じ団地だから親近感しかないよな。
「みーつーきーちゃん」
彼女は1階に住んでいるので目の前の窓へと向かって声をかけてやる。小学生の頃からの声かけ。変わったのは俺の声とバイクに跨っていることかな。
スマホを鳴らすよりこっちの方が早い。
ガラガラと窓が開く。
お、珍しいな、なんて思っていると美月の部屋の窓が開いたかと思ったら、美月のお母さんが出てきた。
「きゃー世津くーん。こんにちはー」
美月のお母さんが韓流アイドルを見たかの反応をしてくれる。手なんか思いっきり振ってるし。
「こんにちはー美月のお母さーん」
こっちも全力で返すのが筋。そりゃ美月のお母さんには随分と長い間世話になっているからね。男の子がいない家系なので俺を息子同然に扱ってくれる。幼馴染のお母さん感出てるよね。
「ごめんねー。いつものなのー」
「あはは。ですよねー。今日は時間が早かったから」
「早いの、かな?」
お母さんが苦笑いをすると、「ちょっと待ってね」と一言断わりを入れてから部屋に引っ込んだ。
『美月! 起きろ!! このどぐされ娘が!!』
団地街に響き渡るような声が轟く。
いや、お母さんやい。その起こし方はどうかと思いますよ。
『へぇあ!』
とんでもない美月の声が聞こえて来るかと思うと、美月の怒った声が聞こえてくる。
『じゅ、じ!? お母さん! なんで起こしてくれなかったの!?』
『起こしたわよ! ほらほら、世津くんが来てんだからさっさと準備しろ』
『へぁぁ!』
更にとんでもない声をあげて美月が窓から顔を出す。
ぼさぼさの髪に焦った顔をして、あわあわとしている
「ご、ごご、ごめんね! 準備してすぐに行くから」
「想定通りだから急がず焦らずゆっくりと」
「ご、ごご、ごめんなさーい」
美月が部屋に引っ込んで行った。今から髪の毛とか化粧とか色々とするのだろう。
うん。いつも通り。
美月は意外にも朝が弱い。いや、朝というか寝起きが弱い子だね。もう慣れました。
彼女を迎えに行く時はいつもそうだ。小学生の頃なんか、何度遅刻しかけたか。そのおかげで女性をいくらでも待つことができるスキルが身に付いたと思えば良いさ。
そう考えると夏枝なんか女神みたいな時間で待ってたな。
……ん? 夏枝? どうして夏枝が出て来たよ……。
ガチャンと、考えをキャンセルするような鈍い音が聞こえてくる。
美月の家の方から玄関の閉まる低い音が響いた。
美月の準備がこんなに早いわけないので、違うだろうなと思っているとやっぱり違った。
「やっほー。せつにぃ」
「やっほー。美陽」
美月と2つ年の離れた妹の秋葉美陽が現れた。
美月と似たような顔立ちをしているんだけど、どこかギャルっぽい見た目なんだよな。
美月のギャル版って感じがする。
サイドポニーを揺らしてこちらにやってくると手を合わせて謝って来る。
「ごめんね、ウチのおねぇが。せつにぃとのデートを楽しみにしてて眠れなかったみたい」
「俺は美月とのデートが楽しみでぐっすりだったわ」
「きゃはは。それって女子的には複雑な気分になるよー」
美陽の性格は美月とは真逆だ。太陽みたいにひたすらに明るい性格。ギャル気質なんだけど礼儀正しい。
俺とは幼馴染だから砕けているけど、目上の人にはちゃんとしている。それに時間にも厳しい。早寝早起きなギャル。なにそのギャップ。こいつ、絶対中学でモテてるわ。
「あとでめっちゃ説教しとくね」
「無駄だと思うが」
「あはは」
わかっているみたいで美陽は苦笑いを浮かべた。
「どっか行くのか?」
私服に着替えて軽く化粧もしている美陽へにやりと笑ってみせる。
「デートか」
「違う違う。コンビニ行くの。新作のお菓子食べたくて」
「コンビニに行くのにがっつり着替えるんだな」
「外に出るなら身なりはキチンとしないと」
「相変わらずお堅いギャル様なこって」
そんな彼女へヘルメットを投げ渡す。
いきなりの行動に彼女はヘルメットを受け取りながらも首を傾げる。
「お前の姉ちゃんまだ準備かかるだろうから、コンビニの送迎してやるよ」
「ラッキー。んじゃ、お言葉に甘えますか」
美陽も何回か乗せたことがあるので、すっかり慣れた様子でバイクの後ろにご乗車なされた。
息をするようにお腹に手を回してきたところで彼女に言ってやる。
「美陽。これからだから気にするなよ。お姉ちゃんと比べるんじゃないぞ」
「おい年上。そりゃどういう意味だ?」
「ささ。お嬢様をコンビニにご案内」
「まだウチが貧乳の件が終わってないぞ、セクハラにぃ」
「ある時から一気に伸びると信じよう。ま、美月は小学生の頃からだったがな」
「よぉしわかった。どうやらウチに奢りたいらしい。お望み通り、一番くじ100回してやる」
えげつない宣言をされながら美陽をコンビニへご案内。
♢
流石にくじ100回はやらなかったけど、ありえないくらい高いアイスを買わされてしまった。ま、しょうがない。俺が悪いし。
幼馴染(妹)を家まで送ると、幼馴染(姉)が団地の前に立っていた。
まだ準備に時間がかかると思ったけど、意外と早く終わったな。
ニットカーディガンとプリーツスカートを合わせた秋コーデの美月。ゆるふわな感じが彼女の雰囲気と合わさってとても似合っている。本日は休日のため、眼鏡は外しておいでだ。
バイクを停車させると美陽が軽快に降りて、ヘルメット脱いで美月の頭に被した。
「おねぇ。帰ったら説教」
「うっ……はい……」
甘んじて受け入れている美月は未来を予想したのか、ものすごい顔をしていた。
妹に説教される姉……。
うん。秋葉家では普通だね。
「せつにぃ。ありがとね」
バイバーイと手を振る美陽へこちらを手を振り返す。
「こ、この度は誠に申し訳なく……」
ガチャンと団地の玄関の音と共に美月が謝罪をする。
「別に良いって。それを計算しての迎えなんだ。美月がいつも通りなら、俺の行きたいラーメン屋はまだ開いてねぇよ」
「かなり複雑ですが、言い返せないです、はい」
「ほらほら、さっさと乗って」
「はい」
美月が言われた通りに後ろに乗ろうとする。
妹と違い、運動神経の悪い美月は乗るのに一苦労。何回か乗せてあげたんだけどね。
ようやくと乗れたかと思うとお腹に手を回す。
ボイン。
その擬音が相応しい感触が背中全体に広がる。
やっべーな、美月。妹とは大違いだ。
「世津くん?」
こちらが美月の感触を堪能していると、彼女が不安げな声を出した。
「怒ってる?」
あ、なるほど、そう解釈したのか。
全然怒ってないことを示そうと冗談めかして言ってのける。
「妹とは全然違う感触を堪能していたのだ」
いつもなら怒る美月だろうが、彼女は更にギュッと力を入れてくる。
「これで大遅刻が許されるのであれば」
「あ、美月ちゃん。変なところで真面目出さないで。意識して運転できないよ」
「これは懺悔なのです」
「懺悔ですか」
「さ、発車してください」
「発射しちゃうよ?」
「……おそらくと下ネタなんだろうけど、今は懺悔モード美月。反論できない次第です、はい」
「真面目だねぇ」
あんまり女性に下ネタ言うのもあかんし、さっさと行きますか。
俺はアクセルを握るとそのまま京都方面へと駆けだした。




