第32話 幼馴染といつもの公園
シャーシャーとふたつの自転車のチェーンが回る音が秋の国道沿いに響く。
美月も俺と同じスタイルの通学方法を採用している。
晴れの日は自転車通学。雨の日はバス通学。
今日は晴れてくれたので互いに自転車通学だ。
彼女との帰り道はほとんど同じ。
30分程度自転車をこぐが、美月と一緒の30分なんてあっという間に過ぎる。
楽しく談笑しながら帰っている。
途中、お互いに通る公園があるんだけど、美月と帰る時は大体そこの公園に腰掛けてから帰ることにしている。
今日もいつも通りに、よいしょっと古い木のベンチに腰掛ける。話す内容は自転車に乗っていた内容の続きから。
暗がりで見る眼鏡を外した美月の顔は小学生の頃からあんまり変わらず、綺麗なまま成長したなぁとか思ってしまう。
「そういえばさ」
ふと、眼鏡のことを話題に出してみる。
「なんで小説書く時は眼鏡外すんだ?」
今も眼鏡を外したままの美月へと問いかける。この子、別に眼鏡が必須な視力ではないけど、なぜか眼鏡をしているんだよな。
「イメージ的には小説を書く時に眼鏡をして、普段は外している方が一般的なイメージなんだけど」
「ええっと……別に小説を書く時に外しているんじゃなくて……」
美月はどこか困った様な声を出して、考え込んだ。
「あれだよ」
結果、指示詞で応えられてしまう。
「どれ?」
「あの、あれが、あれで、それで」
「意味がわからん」
「むぅ……」
伝わらない言葉に美月は少しばかり拗ねたように頬を膨らませた。可愛いんだけど、いきなり拗ねられたらこっちが困ってしまう。
「わかった」
手をポンと叩いてなにかを思いついたような声を上げた。
「眼鏡を外した方が熱が入る。これでどう?」
一体なんの交渉なのだろうか。
「ま、それは言えてるかもな。実際、今日も眼鏡なしでノリノリで小説書いてたし」
「今日はちょっと熱が入り過ぎちゃった」
「ちょっと、ねぇ」
先程の様子を思い出す。ずーっとカタカタしていたのを、ちょっとっていう美月へ呆れた声が漏れてしまう。
「あれだけやっても、あたしの小説を読んでくれる人は10人いないくらいなんだけどね。PVも二桁いけば御の字だし」
「ええっと。PVってのはページビューだっけか? 美月の小説を開いた人の数だっけ?」
「そうそう。凄い人なんかは何百、何千とあるのに、あたしなんか何時間も、何年も書いても読まれない。ザコ過ぎて笑っちゃう。ふふ」
自虐的に笑う彼女は落ち込んでいる様子は全くない。むしろ楽しそうに見える。
「セリフと表情が全然違うぞー」
矛盾しているかのような彼女の態度をつつくと、えへへと微笑みながら答える。
「負け惜しみかもだけど、PVとか、読まれてないとか、正直どうでも良い」
目を細めてこちらを優しく見てくれる。
「あたしの小説を読んでくれる人が確実に側にいるから」
その人物が俺だってことは明白なので、照れ臭さを隠すように頬を掻く。
「ま、熱中できるものがあるってのは良い事だよな」
なにかに熱中できるものがある人ってのは輝いてみえるよね。
「文芸部とかに入る気はなかったのか?」
「うーん。部活までは良いかなって思って」
「図書室は占拠してるけど?」
「ラッキーだよね。まさに図書部って感じでやりたい放題」
いえい、なんてピースサインを送ってくる美月。
「世津くんは?」
「ん?」
「なにか熱中してることとかないの?」
「グサッ」
「お手製の効果音をいただきました。世津くんに多大なるなダメージ」
「ナレーションすな」
くすくすとくすぐったそうに笑ったあとに天をあおぐ。
夜空の星々が綺麗だなぁ、なんてちょっぴり現実逃避をかました後に美月に答える。
「美月と過ごす時間、かな」
「世津くんキモい」
「辛辣ー。本当のことなのに」
「本当のことでも、そういうのは口に出してはいけません。わかりましたか?」
「はーい」
「よろしい」
美月先生から許しを得たところで、改めて考えるが、俺が今熱中してることってなんだろう。
野球はやめちまったし、バイクは豪気の付き合いみたいなもんだ。
バイトも興味はあったけどじいちゃんの手伝いって感じで、熱中してるかと言われれば違うよな。
「世津くんごめん。そんな難しい顔すると思ってなかった」
「そんなに難しい顔してた?」
「うん。こーんな顔」
「美月ちゃんやい。大和撫子なのにゴリラ顔はやめた方が……」
「違うもん! 世津くんの真似だもん!」
「そうウホかー」
「もう、世津くんのバカ、バカ」
ぽこぽこと叩かれる。
「いで、いで」
「むぅ……」
ぷくっと顔を膨らませる美月ちゃん可愛いよ。
とか口に出すと怒られるから黙っておこう。
しかし、そうだな……。俺には熱中してることってのはない。
それってのは今の生活が満たされているからなのだろうか。
学校の嫌われ者かもしれない。でも、毎日仲間と連んで笑って過ごせている毎日。
「熱中できるものがあると楽しいよ」
パシパシと俺を叩くのをやめてからそんなことを言ってくれる。
「美月が言うと説得力あるわ」
「あ、そうだ」
ポンっとなにかを閃いたみたいにポンっと可愛らしく手を合わす。
「世津くんの熱中できるもの探そうよ。あたしも手伝うからさ」
そんな提案をしてくれる。
熱中できるもの。つまりは趣味を探すってわけか。
腰を添えて、よぉし趣味を探すぞー! なんてしたことがないので、やってみるの
も良いかも。
それに美月が一緒に探してくれるなら、それはそれで楽しいだろうな。
「よし。美月がそこまで言うのならとことん付き合ってもらうぞよ」
「いや、別にそこまでとは言ってないので軽い感じに付き合いますぞよ」
「つれないなぁ」
「とかなんとか言って、優しいあたしは世津くんに付き合うのでした」
「きみ、ほんとにナレーション好きだねー」




