第31話 幼馴染常連客
相変わらず客入りが悪いカフェ、シーズンには、じいちゃんのコップを拭く音だけが響き渡っていた。
ふぁーあぁー……。
働いている身なのは重々承知なのだが、こう暇じゃ欠伸が出やがる。もちろん、客入りが良い時もあるが、平日のこの時間は大体こんな感じだ。
カランカランとドアの鈴が鳴り、欠伸をやめて接客モードに入る。
「いらっしゃいませ」
接客用の声を出してお客様をお出迎えすると、そこには見知った顔があった。
「お、いらっしゃい美月」
見慣れた幼馴染は、眼鏡を外してのご来店であった。眼鏡の美月は眼鏡美人って感じだけど、眼鏡を外した美月は奥ゆかしい大和撫子って感じだ。神社の巫女とか凄く似合いそう。
「いつもの席にどうぞ」
それだけ言うと、美月は慣れた様子で奥のテーブル席へと向かう。
「こんばんは。マスター」
「いらっしゃい美月ちゃん。ゆっくりして行って」
「ありがとうございます」
途中にじいちゃんと軽いやり取りをして、彼女はお気に入りの席へと腰を下ろした。鞄からノートパソコンを取り出し、パソコンを開いたところにお冷を持って行く。
「今日は筆が乗ったのか?」
「うん。今日はなんだか調子が良いんだよね」
午後六時過ぎ。学校では完全下校時間を言い渡される時間だ。美月は図書室の受付で小説を書いているが、筆が乗ったり、物足りない日はウチに来て続きを書く。
「いつもので良い?」
「お願いします」
「かしこまりました」
彼女がいつも注文するのはカフェラテだ。注文を受けてキッチンへ。すっかりと慣れた手つきでカフェラテを作り上げる。
隣ではじいちゃんが、店のBGMに合わせてコップをキュッキュッと拭いている。このじいちゃんは、コップを拭くのが一番マスターらしいと思っているみたい。
マスターというか、ただのコップを拭くBOTと化しているが、この光景も見慣れたものだ。
「お待たせしました。カフェラテです」
「……」
カタカタとキーボードを打つ音だけが聞こえてくる。どうやらこちらには気が付かず、執筆に集中している様子だ。美月がウチに来るときってのは大体こんな感じなので、邪魔にならないように、そっとカフェオレをテーブルに置いておく。
がんばれ美月。
心の中でエールを送って業務に戻る。ま、客は美月しかいないんだけどね。
♢
ウチのカフェは午後8時で閉店となる。10分前になるとクローズ作業に入るので、残っているお客様にお帰りを申し付けないといけない。現在、店に残っているお客様は常連客の1名のみ。俺は、ずっとカタカタと音を立てて執筆している美月の前に座った。
「お客様」
「……」
「お客様ー。当店は閉店の時間ですよ」
「……」
「美月って眼鏡外しても美人だよな」
「……!?」
バッと顔をノートパソコンから正面に座っている俺へと向けてくる。
「ようやく反応した」
「しぇ、しぇちゅきゅん。い、いい、いみゃ、にゃんて……?」
「執筆のやり過ぎで呂律が回ってないぞぉ」
大和撫子な見た目に反して、猫なで声で噛み噛みの言語を放つ美月が可愛らしくて、クスリと笑ってしまう。
「もう閉店の時間ですよってのを伝えに来たんだよ」
「あ……」
美月は店の時計を眺めて、しまったと言わんとする表情を浮かべていた。
「ご、ごめんなさい。こんな長時間もカフェラテだけで滞在しちゃって」
「それがカフェの醍醐味だろ。カフェは商品と一緒に場所も買うところだ。でも、流石に閉店時間以降も居座られるのは困るので、そろそろ作業は終わりにしていただきたい」
「は、はい。すぐにやめます」
宣言通りに美月はノートパソコンを閉じると鞄へとしまう。
彼女へ閉店を伝えることができたので、従業員としての役目を終えた俺は、彼女の幼馴染としての役目を果たすことにする。
「クローズ作業、すぐに終わらせるから一緒に帰ろう」
「うん」
当たり前のように頷いてくれるのが非常に嬉しい気分になる。




