第30話 一日違いのパイセンの行動は迷宮入りだわ
カランカラン。
カフェ、《シーズン》の扉を開けると鈴の音がお出迎えしてくれる。
「おはようございます」
いくらじいちゃんの店だろうと、俺は雇ってもらっているアルバイト。挨拶は基本中の基本。
カウンターで今日も今日とてコップを拭いて、「俺って渋いだろ」と言わんとする空気を醸し出している。
平常運転だなぁとか思っていると、カウンター席に座っている人物と目が合う。
「や」
「未来? いらっしゃい」
つい、疑問形で彼女の名前を呼んでしまう。別に彼女が店に来るのは珍しいことではない。
未来は俺の父方の姉の娘。
よって、この店のマスターである俺の母方の祖父との血縁関係はない。
それでもじいちゃんは未来を本当の孫みたいに可愛がっているし、未来も本当の祖父のように慕っている。
なので、店にちょくちょくと顔を出す未来が、カウンター席に腰掛けて優雅にコーヒーブレイクをしているってのは見慣れた風景である。
「なんでスーツ?」
これが疑問形になっちまった理由。
スーツ姿だからコーヒーを飲む姿が異常なまでに似合ってて、キャリアウーマンを彷彿とさせるけどさ、なんでそんな格好してんのやら。
「さっき面接に行ってきたから」
彼女の答えに、「面接ぅ」と疑問の念が止まらない。
「受験生がこの時期にバイトの面接に行ったのか?」
「バイトじゃないけどね。航空会社の面接に行って来た」
ますます意味がわからん。こちらの困惑を無視して、彼女はスーツの内ポケットから名刺入れを取り出した。中を開けてこちらに一つの名刺を渡してくる。
「めっちゃ有名な会社」
その名刺は超大手の航空会社の名刺だった。
「ドヤー」
「いや、ドヤーじゃないんよ。未来って進学希望だよな?」
「そうだよ」
「いやいや。ほんと、全然わからん」
進学希望なのにスーツ着て面接に行く意味が全くわからない。
「大人のレディーには色々とあるのだよ」
小さな子供でも相手にしているかのように、俺の頭に手を置いて撫でてきやがる。
「やめろ、一日違いめ」
雑に彼女の手を払ってから名刺を突っ返す。
「進学希望なのに面接受かったらどうすんだ?」
「あはは」
こちらの疑問に高笑いで返されてしまう。
「それは絶対にないかな。そこの会社は大卒以上しか募集してないから、私は募集資格に入ってないよ」
「もう迷宮入りだわ。降参。その行動の理由を教えてくれや」
「ちょっと無理言って面接させてもらったんだよ。『顔を合わすだけでも良いです』ってね。熱意が伝わって、形だけやらしてもらったんだよ」
「なんでわざわざそんなこと」
未来は残り少なくなったコーヒーを飲みきって、カップを丁寧に置いてから言語を放つ。
「I have a time leap to help you. I am taking action believing in the future of living with you.」
「いきなり饒舌な英語をぶちかましてきやがるなよ、パイセン」
「あはは。英語が得意だから国際線のキャビンアテンダントでも目指そうと思って」
「英語が得意ってのは知ってたけど、そこまでできるとは思いもしなかった。ちなみに今のはなんて言ったんだ?」
「何事も挑戦って言ったんだよ。進学だけに力を入れてたらその先が見えない。大学入試がゴールじゃないからこそ、色々と行動したいと思って。──同じことの繰り返しは、もうごめんだから、ね」
最後、ミステリアスな雰囲気で放つセリフはなにか使命めいたものを感じた。
「おお! 始めて未来が先輩らしいことを言った」
「私はきみの先輩だからね」
四つくらい年が離れたお姉さんみたく、頭をポンポンっとされて席を立つ。
「秋葉さんと会うんでしょ? 邪魔にならないうちに帰るね」
「なんで唐突に美月なんだよ。別に約束してないけど」
「そうだよね。本当は会って欲しくないけ──え……?」
未来は目をまん丸にして、その場に立ち尽くす。
「……あ、ああ、そ、そなんだ。じゃ、じゃあね」
よくわからないが、焦った様子の未来はそのまま歩みを開始すると、ドンッと鈍い音が店内に響いた。
「……っつう」
なんか知らんが、未来が思いっきりドアにぶつかっていた。
ぶつかった拍子に、カランカランと鈴の音が鳴る。
額を抑えながら、ドアノブを持って出て行こうとするが、手を滑らせて上手く握れなかったみたい。スーツで手汗を拭いてから、再度チャレンジしてからようやくと店を出て行った。
「なんだ? 未来のやつ」
ちょっとばかしおかしい未来だな。ま、受験生なのに就活じみたことしてる時点で変だけど。




