第27話 セツなきナツは砂時計にながされて
水平線の彼方まで見渡せる海の景色は壮大で人間の考えることなどちっぽけなものだと思わせる。
できればこんな景色をひとり……。いや、ふたりで独占したいけど、ここは神戸の須磨海水浴場。周りには家族連れや恋人、友人と来ている人達で賑わっている。それもまた乙なものだ。海を見たくて感傷に浸りたいのなら、夏以外に来れば良いさ。今日の目的はそこじゃないんだから。
「おまたせ、世津」
レンタルしたレジャーシートとパラソルを設置し、海なんか見ながら黄昏ていると恋人である七海の声がした。
振り返ると女神様が降臨なさっていた。
水色のビキニは彼女の神スタイルをより強調しており、高校生離れしたセクシーさを兼ね備えている。
あ、好きです。
自然と声が出そうになっちまう。
おいおい。周りの男共がマジに見惚れてるじゃねぇかよ。嫁さん、彼女さんそっちのけでウチの彼女を見ないでくれますかね。これ、うちの恋人なんですよ。
「どうかね。愛しの恋人の水着姿は」
「最高です」
ビッと親指を突き立てると、ビッと親指を突き立て返してくれる。
そのあと、くすぐったそうに笑うとスタスタと俺の隣に三角座りする。あ、三角座りって関西の方言だっけ。体育座りだね、これ。
「世津も、うん。似合ってるよ」
「ぬかせ。海パンにラッシュガードなんぞ似合うもくそもあるかよ」
「えー。本当のことなのに」
ぶぅと可愛らしく頬を膨らませる七海は、うん、すごい可愛い。
七海は体育座りしている腕に顔を乗せると、そのままこちらを見つめてくる。
「今日はありがとう。またわたしのわがままに付き合ってくれて」
「デートにわがままなんてないだろ」
「バイクに乗って海に行きたいだなんて、結構なわがままだと思うのですよ」
「それくらいをわがままだって思う七海は、やっぱり最高の女だよ」
「でも、結構な長旅だったでしょ」
「1時間くらい余裕だっての。七海こそ後ろしんどくなかった?」
「わたしも楽しかったから全然よゆー」
「やっぱ、俺ら相性良いのな」
「言ってるでしょ。わたしらの相性最高だって」
くすくすと笑い合い、彼女に問う。
「みんなにはいつ報告する?」
実は俺達が本物の恋人になったことはまだ誰にも告げていない。
ま、夏休みってこともあったしな。グループのメッセージも毎日してるわけじゃないから伝える機会もなかった。
「ここはあえてまだ偽物の恋人という設定を貫くのはどうかな?」
イタズラっ子な顔して七海が言ってくるので注意してやる。
「美月に怒られるぞ」
「うはぁ。美月が怒ると怖いからやめとこ」
ベッと舌を出してすぐに撤回。美月を怒らせると怖いからね。まじに。
「夏休みが明けてから伝えるか」
「そうだね。わたしら最高のカップルでーす」
「いえーい。みたいな?」
「それでいこう」
「本気で?」
「うそ」
「うそかい」
「伝える時はちゃんと伝えたい」
七海は視線を海に向けた。彼女の瞳は水平線の彼方を差しているのがわかる。
「わたしが本気で世津を好きなこと。この恋が偽物なんかじゃなくて本物だってこと。みんなに伝えたい」
そう言った後に恥ずかしくなったのか、くすりと笑う。
「世津が言ってたことほんとだね」
「なんのこと?」
「開放的な海を見てると深層心理を赤裸々に曝け出しちゃうって話」
「ああ。メリケンパークでした話な」
「そうそう。ふふ、世津が好きだって深層心理の思いが溢れ出ちゃったよ」
「七海様とあろう者が意外にシンプルな深層心理なんだな」
「世津が好き過ぎるんだろうね」
「俺の方が好きだと思うね」
「わたしですー」
「俺ですー」
言い合って笑い合うとちょっぴりの沈黙。
七海は無意識か、砂浜に手を伸ばしそれをすくって砂を落としていた。
サァァ、サラサラ──。
それがなんだか俺には春の日に見た時の砂に見えてしまう。
「……」
その光景を見て、なんだか無性に不安になってしまう。
いや、別に不安になる要素なんかなにもない。
なにもないんだけど……。
このまま彼女が砂を落とし続ければ過去に戻ってしまうのでないかという不安に押しつぶされそうになる。
「七海。泳ごう」
彼女の行動を止めたくて、でも直接言うにもなんて言えば良いかわかんないから、立ち上がって七海へと手を伸ばす。
「そうだね。今はそんなこと考えるより、世津と目一杯遊ぶとしますか」
七海が俺の手を取り、ふたりで海へと駆けだした。
バシャバシャ。
きゃっ。つめたー。
おらおらー。
やったなー。
キャッキャうふふ。
そこら辺にいるカップルみたく、海の水をかけあう。
あー、バカップルしてて楽しいな。
楽しい。
楽し過ぎる。
この時間がいつまでも続けば良いのに──。
サァァ、サラサラ──。
波の音……?
いや、違う。波の音じゃない。
これは……時の砂の音……?
唐突に俺の脳内に砂時計の砂がながれる音が響きわたる。
春の日に見た時の砂のような音。
段々と強くなっている。
止むことのない時の砂の音は俺を不安という感情で包み込む。
七海……。七海……!
愛しの彼女へ手を伸ばしても握ってくれず、爽やか弾ける愛くるしい笑顔をこちらに見せてくれるだけ。
こちらの手は七海に握られることもなく、俺は砂時計にながされるように、意識が段々と遠のいていってしまう──。




