第26話 偽物のおわり。本物のはじまり──
淀川の花火大会という名称なだけあって会場は河川敷で行われる。
目的地までは住宅街を通るのだが、これがまた物凄い人で溢れている。
人の波が出来ており、牛歩でしか前に進めない状態だ。かき入れ時と言わんばかりの屋台がズラーっと並んでいる。花火大会へ向かう客が何人も釣れて、屋台のおっちゃんもご満喫のご様子だ。
あ、たこ焼き食べたい。こういう祭りのたこ焼きって謎に美味しいの、なぁぜ、なぁぜ。
「たこ焼き食べたいの?」
「なんでわかった? もしや、夏枝はエスパーか?」
「いやいや。ジッとたこ焼きの屋台見てたら誰でもわかるよ」
くすくすとくすぐったそうに笑われてしまう。
遠慮なくたこ焼きの屋台に寄り道させてもらう。
八個で六百円とか、たっけーなー、おい。これなら築地のチェーンのたこ焼きが買えちまうぞ。
なんて文句を垂れながらも、はふはふと笑顔でたこ焼きを食らいながら、再度会場へと足を向ける。
「そういやちょっと気になったことがあんだけど聞いて良い?」
たこ焼きを食べ歩きながら夏枝に問うと首を傾げた。
「どうしたの?」
「俺が先輩にボコボコにされてる時さ、夏枝と陽介に豪気。それに顧問の先生まで駆けつけてくれたけど、たまたまにしちゃ都合良すぎるだろうって思ってな」
「あれ? 聞いてなかったの?」
聞いてると思った、と小さく付け加えながら事情を教えてくれる。
「加古川先輩が教えてくれたんだよ」
「未来が?」
夏枝がコクリと頷いて細い指を口元に持って行き思い出すように空を見た。
「あの日、女バスの友達が職員室に用があってね」
その子の担任が男バスの顧問の先生なんだ。なんて補足をくれる。
「あの日ってわたしって女バスの友達とご飯食べてたでしょ?」
「確かに、あの日は野郎3人で昼飯食ってたわ」
「お昼を食べた後で暇だし職員室に付き添いで行ったら加古川先輩がやって来てね。
『世津が体育館裏で大変なことになってる。助けてあげて』
って教えてくれたんだ。先輩の件だってすぐにわかったから顧問の先生にも付いて来てもらってさ。向かってる途中に友沢と杉並に会ったから、二人にも付いてきてもらったんだよ」
そういう流れがあったのか。
それにしてもどうして未来に俺が体育館裏に行ったこと知ってたんだ? あいつと会ったのは全身ちんこ野郎に会う前のはずだと思うんだが……。
こちらが少し考え込んでいると夏枝が少々自慢気に言ってのける。
「あの時に四ツ木を助けたわたしのタックル凄かったでしょ」
「わり。意識朦朧としてて見てないわ」
「うそでしょ。ラグビー日本代表にも選抜されるレベルのナイスタックルだったのに」
「こんな美人なラグビー日本代表がいるなら一生応援するわ」
あはは、とまたいつも通りのノリに戻る。
ま、未来が助けてくれたことには変わりないんだし、深く考えなくても良いだろう。
帰ったらお礼言っとかないとな。
♢
他愛ない話を肴にたこ焼きを頬張りながら会場へと到着する。
お金を払えば良い席があるが、そんなお金を持ち合わせていない高校生は後ろの自由な空間に適当に立ち、今か今かと花火の打ち上げを待つ。
それだけで十分に楽しめる。
「ね。1個ちょーだい」
屋台で買ったたこ焼きはまだ残機が2個ある。
「いいよ」
迷いなくたこ焼きの入った容器を差し出すと、つまようじをたこ焼きに刺して一口。
「あちゅちゅ」
なんともまぁ可愛らしい声を出しながら、はふはふと口から白い煙を吐き、美味しそうに食べている。
「屋台のくせにやりよるなぁ」
口の中を空っぽにしてから聞こえてくる声に笑いながら否定してやる。
「屋台のたこ焼きが美味しいんじゃなくて、俺と一緒だから美味しいのさ。つまり、屋台のおっちゃんの腕が良いんじゃなく、俺というスパイスで、そのたこ焼きは美味しいってこったな」
「なるほど」
こちらの適当に述べた理論を正直に受け止めて頷くと、夏枝は再度つまようじをたこ焼きに刺した。そのままたこ焼きを俺の口元へと持ってくる。
「なんの真似だ?」
「や。その理論で言えば、わたしが、あーんをしてあげたたこ焼きは、それはそれは美味しいたこ焼きになるのではないかと思うのだよ」
「おいおい。俺は所詮、ボーイフレンド(偽)だ。そういう甘い行動は本物の彼氏ができた時に取っておけよ」
「じゃあさ、ボーイフレンド(本物)になってよ」
「……ん?」
彼女の言葉の意味がイマイチわからなくて聞き直してしまう。
暗がりになって来ている花火会場だったが、彼女の顔が赤いのがわかる。それが、先程食べたたこ焼きが熱くて赤いのではなく、違った意味で赤いのはバカ自分でもわかった。
「四ツ木のこと好きになっちゃった」
ドーン!
夜空に咲いた花火の閃光で映し出された夏枝の表情は本気の表情であった。
本気で告白をしてくれる表情であった。
「神戸でも言ったけどね。四ツ木にその自覚はないとは思うけど、間違いなくわたしを変えてくれたのは四ツ木だよ。それが=恋心ってわけではなかったんだけどね。でも、気になる男子だったのは間違いない。四ツ木のこと気になってたから、他の男の子の告白とか全部断った。色々と言い訳してたけど、四ツ木のこと気になってたから偽物の恋人を頼んだ。それが、偽物の恋人を演じてもらう内、わたしの気になるは、好きに変わってた」
だから……。
夏枝が真っすぐと真剣な瞳を輝かせていた。
「偽物の恋人をここで終わらせて、わたしを本物の恋人にしてくれませんか?」
バーン! バンバン!
連続で放たれる花火と、夏枝七海からの告白の言葉。口から心臓が出てきそうなほどに緊張してしまう。この緊張はなんだか甘ったるくて胸焼けして呼吸がしにくい。でも嫌なんかじゃなく、むしろ心地良い。自分の状態が色々とおかしいんだけど、このおかしいのは好きなおかしいだ。
「今日で、偽物の恋人を終わらせるってなった時は寂しかった」
動悸が激しき、上手く言えてるか不安になる。
夏枝の方が余裕があるように見えるな。
すぅ、はぁ、となんとか呼吸を整える。
「楽しかったんだ。夏枝と恋人ごっこしてるの楽しかった。これが本当の恋人なら良いなって思った」
返事をする側が震えてどうするよ。しゃんと答えろ、俺。
「俺も夏枝のことが好きだ。だから本物の恋人になって欲しい」
唇を震わせながら言ったあと、夏枝はその整った綺麗な顔を少しくしゃりとさせてからたこ焼きを突き出した。
「はい。じゃ、これ恋人の証ね」
「え、あ、ああ」
強制的に口元に持ってこられたたこ焼きを食べる。
「どうですか? 本物の恋人から、あーんをしてもらったたこ焼きの味は」
正直、味なんかわかんない。ドキドキしまくりだし。たこ焼きのくせに甘く感じるし。
「……美味しい?」
「なんで疑問形?」
「緊張してんだよ」
「あ、四ツ木も? 実はわたしも」
てへへと笑ってみせる彼女の様子は到底緊張しているようには見えなかった。
「ほんとかよ。いつもの余裕しゃくしゃくな夏枝七海様に見えるんだけど」
「たこ焼きが恋人の証とか、緊張してパニクってる証拠でしょ」
自分で言って、パタパタと手で自分の顔を仰いでいる。
「俺達お揃いなんだな」
「前々から四ツ木とは相性良いって思ってた」
そう言いながら手を差し出してくるので、手を繋ぎたいのだと思い、遠慮なく繋いでみせる。
俺の手汗が凄いのか、それとも彼女の方か。
わからないが、手が濡れていても気にならないのは好きな人だからなんだろう。
「ね、わたしのこと名前で呼んでよ」
「ななみん」
ドォォン!
花火が舞い上がり、夏枝の顔がよく見える。
頬を膨らませて怒ってらっしゃるのがわかる。
「またそうやって、ふざけて恥ずかしいのカバーしてる」
「バレたか」
付き合って早速とおしかりの受けちまったらちゃんとするしかないよな。
「七海」
ドォォォォォン!
おおおおお!
どでかい花火が打ち上がり、昼間みたいに彼女を認識できる。
嬉しそうな顔をして首を傾げてくる。
「なに? 世津」
あ、初めて名前で呼ばれた。
「好きです」
「わたしの方が世津のこと好きですよ」
言い合ってお互いの手を、ギュッ、ギュッとしあう。
伝わる温もりが心地良く、ずっとこのままでいたいと思わせる。
バン! バン! バン!
花火もフィナーレに入ろうとしているのか連続して花火が打ち上がる。
歓声が上がる中、俺の視線は七海へといってしまう。
「ぁ……。ふふっ」
彼女も花火よりも俺を見てくれて、お互いに目が合うと照れくさくて笑っちまうけど、目を離すなんてことはできなかった。
ヒュー──ドオオオオオオン!!
花火のフィナーレは俺達の恋の始まりを告げるように夜空に咲き乱れた。




