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セツなきミライは砂時計にながされて  作者: すずと
夏枝七海編〜サマータイムフェイクラバー〜
24/100

第24話 勝負だ! この全身ちんこ野郎が!

 話し合いの定番、体育館裏へとやってきました。


 こういう場所は基本的に告白の時に来るだろうがよ。

 え? なに? 俺がラブコメ脳過ぎるだけかな。それともなにか、このパイセンが俺に告ってくるとか?

 おっけー。余裕でフッてやらぁ。


「おぅ、お前……」


 そのいかつい表情からは愛の告白なんてもんではなさそうだな。そもそも俺がビビりちらかした妄想なんだから当然と言えば当然なんだけどね。


「夏枝とヤッたんだろ。中古で良いからよこせ」

「……はい?」


 いきなりなにを言ってきてんだ、このお猿さん。


「清純派気取ってたけどあいつビッチだったんだな。ま、それはそれで都合が良いわ。俺もヤリ目で告っただけだからな。お前はもう使い終わったろ? んならさっさと渡せ」


 こいつマジに猿か? 下半身でしか物事を捉えられないのかよ。同じ人間と思えないぞ。


「夏枝は俺の大事な彼女です。もう関わらないでください」


 作戦続行だ。


 正直に話して夏枝が困ってることを伝えようとしたが、こんな奴とまともに話なんかできん。頭いってやがる。


「そういうのもういいから。ほら、早く渡せって」

「ヤリたいだけなら彼女に頼めば良いでしょ」

「その彼女が最近ヤラせてくれねーんだよ。あいつはもういらね」


 こいつ、真正のクズだな。


「性欲溜まっててイライラしてんだ。あんま調子乗ってっところすぞ」

「俺はあんたの脳みそが猿以下でイライラしてるわ」

「お前なめてんの!? ああ!? ガチでころしてやろうか!?」

「お前なんかなめるか! 全身ちんこ野郎がっ!」


 売り言葉に買い言葉で攻めると、次に飛んで来たのは言葉ではなく拳だった。


「──ぐぁ……!」


 強烈なパンチをくらってよろけてしまう。


 なんとか踏ん張ってみせて相手を睨みつける。


「良いのかよ。大会前に暴力沙汰なんか起こして」

「良いんだよ。俺はバスケ部のエース。お前は学校の嫌われ者。誰がお前の言葉を信じる? お前の仲間か? それだけじゃ俺が殴った証拠としては足りないだろ」

「なるほどな。最初から俺をボコすつもりで人気のない体育館ってわけか。全身ちんこ野郎のくせして意外と考えて──がぁ!」


 言葉の途中で蹴飛ばされてしまい、派手に転がってしまう。そのまま馬乗りにされちまった。


「おら! おら! その減らず口を叩けないようにしてやるぞ、おら!」


 執拗に顔面を狙ってきやがるのをなんとか腕でガードする。けど、体格差が違い過ぎてここからの仕返しがなにもできない。


「さっさと別れるって言えや、おら!」

「夏枝は数少ない俺の仲間だ。お前みたいなゴミなんかに渡すはずないだろうが、ぼけ」

「あーわかった。じゃあ容赦なくころすわ」


 やっべ……。段々と腕に感覚がなくなってきた。馬乗りにされているから息苦しいし。酸欠だな、こりゃ。


「死ねや──」


 あ、あかん。ほんまに死にそう。


「だめええええええ!」


 叫び声と共に馬乗りになっていた全身ちんこ野郎が吹き飛んでいった。


 なんとか意識を振り絞って現場を見てみる。


「夏、枝……?」


 目の前には夏枝が立っていた。多分、夏枝が全身ちんこ野郎を吹き飛ばしたんだろう。


「……ってぇな。なにしやがんだよ、このクソビッチ」


 不意打ちをくらっていた先輩は立ち上がると見下すように夏枝を睨んだ。


 負けじと夏枝も睨み返す。


「それはこっちのセリフだ! わたしの大切な人になにしてんだよ!」


 震えていた。


 いつも余裕しゃくしゃくって感じで生きている夏枝が震えていた。


「はぁ? ただの性欲の吐け口として付き合ってんだろ、クソビッチが」

「そんなわけあるか!」


 大きく否定すると夏枝は、すぅーと大きく息を吸い込んだ。


「好きだから……四ツ木世津のことが大好きだから付き合ってんだ!」


 夏枝の訴えは校舎を超え、空の彼方まで轟いた。


 そんな彼女の訴えを嘲笑うかのように全身ちんこ野郎が腕を上げる。


「もうだるいわお前ら。死んどけよ」

「きゃっ!」

「夏枝っ──!」


 いつまで寝てんだ四ツ木世津。酸欠だとか死にそうとか思ってる分にはまだ大丈夫だろうが。


 動け。


 このままじゃ夏枝が殴られる。


 女の子が殴られるのを黙って指くわえて見てんじゃねぇ! 四ツ木世津!!


 ゾーンにでも入ったのか、なんだか世界がゆっくり動いてみえる。


 俺は気合いを入れて立ち上がり、夏枝の方へと駆け寄って抱きしめた。


 無意識に強く抱きしめ、次に来る痛みを覚悟して目をつむってしまった。


「おめぇが死んどけや! おらああ!!」

「ぐぁ!?」


 予想に反して来ない痛みの代わりに忠犬の声が聞こえてきた。


 不思議に思って目を開けると衝撃の光景があった。


「豪気?」


 先輩は転がっており、目の前には見慣れた豪気の姿があった。


「大丈夫かよ、世津」

「……あ、ああ」


 少し戸惑ったが、豪気が助けてくれたってことで良いのだろう。


「ごらああああああ! なにをしとんじゃああああああ!!」


 次に聞こえてきたのは男子バスケットボール部の顧問の先生の声。


 声の方を向くと、先生と一緒に陽介がやって来ていた。


「っべ……」


 転がっていた先輩の声が漏れると、顧問の先生は一直線に先輩の方へと向かって行った。


「せ、先生。今の見てたでしょ? 俺、いきなりあいつに突き飛ばされましたよ」


 先輩が豪気を指差して必死に訴えかけていた。


「ああん? 飛び蹴りじゃ、ぼけ」


 そこは重要じゃないだろ。


 呆れていると陽介が、パンっと豪気の頭にツッコミを入れていた。


「いらんこと言うな」

「ごみん」


 いきなり乱入してきた二人の漫才を見ている場合ではない。


「ほ、ほら。飛び蹴り。俺、飛び蹴りくらいましたよ。はは……」


 先輩は引きつった笑いを作って先生に媚びをうるような感じで言っている。


「そうだな」


 その行動に対して自分の部員が可愛いのか、先生が豪気の方を見た。


「杉並。お前も後で職員室な」

「なっ……!?」


 豪気が呆気に取られていると陽介がポンポンと余裕の笑みで、「どんまい」と慰めていた。


「さて……」


 先生は先輩の方を向くと大きくため息を吐いてから呆れた様子で言った。


「5限の授業は私とゆっくり話をしようか。今後のお前のこと。バスケ部のこと」

「なっ……!?」


 先輩は豪気と同じような反応をした。違う点はすぐに反抗したことだ。


「待てよ! 見てたんだろ!? 俺は突き飛ばされたんだっての!」

「ああ、見てたさ。突き飛ばされる前から」

「え……」

「お前が馬乗りになって四ツ木をボコボコにしているところから、夏枝を殴ろうとしたところまで、全部な」

「そ、れは……」


 言葉が出ないと思っていたら、ものすごく悪い顔をして先生に詰め寄る。


「お、俺を停学にしたり、レギュラーから外したりしたらバスケ部はどうなる? エースの俺がいなくなれば夏大に勝てなくなるぞ。それでも良いのか!?」


 必死の言い訳に、先生は哀れみの目で見つめていた。


「勘違いしているようだが、お前はエースなんかじゃない。お前などいなくとも我がバスケ部は勝ち進める力がある」

「……ぁ、ぇ……」


 先生の辛辣な言葉に先輩は声にならなかった。


「さ、行こうか」


 先生に連れられて先輩はなすすべもなく、がっくりとしながら先生に付いて行った。


 顧問の先生とすれ違い様に頭を下げられてしまう。


「すまなかったな。四ツ木が馬乗りになっているところを助けてやりたかったが、真っ先に夏枝が飛んで行ってな。それと友沢と杉並に止められてな。出てくるのが大幅に遅れてしまった。すまん」

「い、いえ……」

「こいつの件は任せてくれ」

「お願いします」

「それと……」


 先生はなにか言いかけて、「いや、やっぱりいいか」となんだか大人な笑いを浮かべて先輩を連行していった。


 終わった、みたいだな。


 なんだか一瞬で時が流れたような感覚。ボーっとしていたら終わってたみたいな感じ。


「おい、世津。もう終わったぞ」


 豪気が声をかけてきたが、すぐに陽介に頭をどつかれる。


「ばか。先生も気を使ってくれただろうが。なんで気が付かないんだよ」

「あ、そゆことね」

「ほら、お前も職員室呼ばれてんだろ。付いて行ってやるから、さっさと行くぞ」


 豪気を急かすように陽介がその場を去って行く。途中、振り向いてなにか悟ったような顔をしたのがすんげームカつくけど、すんげーイケメンだった。


「夏枝。終わったぞ」


 現場に残った俺と夏枝。


 あまりに一瞬で流れた時の中だったので、ずっと夏枝を抱いているのを忘れていた。


 抱擁を解こうとしたが、ガシっと強制的に抱きしめられる。


「夏枝?」

「……ごめんね、四ツ木。ごめん……ごめんなさい」


 俺の胸で震えながら泣く夏枝。


 怖かっただろう。辛かっただろう。


 今まで余裕しゃくしゃくという自分のイメージの仮面を被って騙していたが、それも割れてしまい、本来の女の子らしい一面が出てしまっている。


 それで良い。


 あんなもん怖くない奴なんていないんだから。


「わたしが、偽の、恋人になってとか、わがまま言ったから、こんな……」


 胸の中から夏枝の泣き顔が出てくる。


「怖かった。四ツ木が死んじゃうんじゃないかって、わたし怖かった」

「そんなんで俺が死ぬかよ」

「わかんないじゃん! あんなに殴られて……わたし……ぅぅ……本当にごめんなさい」


 謝ってばかりの夏枝へ言ってやる。


「これで先輩の件は終わったんだし、謝りの言葉じゃなくて違う言葉が欲しいかな」


 大丈夫という意味合いを込めていつも通りに言ってのけると、目を腫らした夏枝がなんとか笑顔を作る。瞳から涙が溢れて、泣き笑いの表情となってしまっていた。


「……偽物の恋人を演じてくれてありがとう」

「はい。どういたしまして」


 余裕しゃくしゃくな顔して言ってやると、ぎゅーっと強く抱きしめられる。


「あの、夏枝様? なんか殺意を感じるのですが」

「……なんかわたしのモノマネしてるみたいでムカつく」


 涙声で言われてしまったので、てへへと笑ってやる。


「あ、ばれた」

「てい!」

「あでででで! いっでえええええ! そのまま関節技持ってくるのやばすぎだろ!」


 この子だけで先輩を倒せたのではないだろうかと思ってしまう。


「どうだ。参ったかー?」

「ギブギブ! 降参!!」


 ようやくの解放と同時に腫れた目でこちらを見てくる。


「四ツ木。本当に四ツ木に頼んで良かったよ。ありがとう」


 最後は真っすぐに感謝を伝えてくる夏枝は、ニコっと微笑みかけてくれた。

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