第18話 最高の女が最高のセリフを吐いてきやがります
最近まで梅雨だってことを忘れさせるくらいに夏の空が広がった休日。
今までのうっぷんを晴らすように俺は青空の下をバイクで駆け出した。
愛車の忍者250に跨って駅前へと向かう。
最近、休日は雨、雨、雨で中々乗る機会がなかったが……。
んぁぁぁぁ! ぎもぢぃぃぃぃ!!
いつもの通学路を自転車でも、バスでもない、自分の愛車で風を感じながら走るのはなんという優越感。
自動車の信号がやたら長い市役所、警察署が近くにある交差点も、今は自動車側だからありがたい。いつもは歩行者側だからイライラするんだけどね。
市役所の前を一気に駆け抜けると、すぐにいつものバスロータリーまで辿り着く。そこに一時預かりのバイク置き場があるので愛車の忍者と一旦、バイバイする。
今日は夏枝と神戸デートの日だ。
地元から神戸まではバイクで一時間程。
豪気とツーリングで行ったことがあるため、道は覚えているけど俺のバイクは二人乗りに適していない。
初デートで慣れないタンデムツーリングを強要するほど俺だって愚かな人間ではない。
偽物の恋人だけども、せっかくのデートだし楽しまないとな。
そんなことを考えながら南側から駅構内へと入って行く。
流石は京都と大阪を繋ぐベットタウン。
朝の早い時間だってのに結構な人で溢れている。
駅構内にはフードコートやコンビニがあるし、駅の北側には有名な商業施設が並び、商店街もあるから人が多いのはわかるけどね。
スマホを見ると、8時30分。約束は9時に駅改札前なので随分と余裕だ。
ちょっと早く着きすぎて、楽しみにしてたって思われるかもな。
ま、女子を待たせるより全然良いか。
夏枝が来たらなんて言ってやろうか。
流石は美女。男を待たせるのが仕事だね。
うん。これで良い。
「──うそやん」
俺の嫌味予定はすぐさま打ち砕かれてしまう。
改札前には、白のロゴTシャツにカーキのショートパンツを合わせたカジュアルスタイルの夏枝七海が既に待機していた。足元のサンダルが夏らしさを表している。
こちらに気がつくと、軽く手を振ってくれるので急いで彼女の下へと駆け寄る。
「こんな美女を朝から待たすなんて、四ツ木はやっぱり相当良い男なんだね」
「デートの待ち合わせ30分前以上に来ている夏枝が良い女過ぎるんだ」
「見た目と中身は比例するを証明できたね」
「ただの最高の女かよ」
イエイと否定せずピースをしてみせると、やっぱりちょっと恥ずかしかったのか、はにかみながら言い訳をされる。
「部活の朝練で朝早いのが慣れているからね。家で時間潰すなら待っておこうと思って」
「いつ来たんだ?」
左腕にした可愛らしい腕時計をチラリと見て答える。
「30分前?」
「早すぎるだろ。待ち合わせの1時間前に着いたのか」
「四ツ木知ってる? デートは待っているのもデートなんだよ」
「最高の女が最高のセリフを放ってきて、俺みたいな男の存在価値がない件」
「虫除けスプレーとして存在価値を放ってくれているでしょ。ほんと感謝してるんだから」
「その報酬がデートと考えるとお釣りがでるな」
「そゆこと。さ、電車もそろそろ来るみたいだし、さっさと行こう」
改札の上にある電光掲示板を見ると、あと数分で電車が来るみたい。
俺達はICカードを自動改札にタッチしてホームへと向かった。
♢
地元の駅から神戸は三ノ宮駅までは一本でいける。大体一時間程度だ。
休日の朝だけど、やっぱこの路線は人が多いなぁ。
ほとんどの人が新大阪なり大阪に行く人なんだろうね。
人が多くて座ることができないや。
だが、立ちながらも夏枝と他愛もない話をしているとすぐに大阪に着いた。
あっという間に着くから苦ではないよな。
ここでゾロゾロと一気に人が降りるため、ふたり席が空く。
そこへササッと俺達はふたり席を確保する。
夏枝が窓際、俺が通路側で腰を下ろした。
大阪で一気に人が降りたかと思うと、またゾロゾロと人が入って来て座席は一気に埋まった。
立ちの人が出るが、みんな立つのが当たり前だと思っている人が多いみたいで無の表情で立っている。
2分程大阪で停車していた電車は西に向かって動き出した。
「そういえばわたしのこと神戸っぽいって言ってたよね」
さきほどまで突っ立ってしていた他愛もない話の続きではなく、思い出したかのように話題提供してくる夏枝へ頷いて答える。
「深い意味はないんだけどな」
「よくよく考えたら、わたしのおばあちゃんの生まれ故郷って言ってたんだよね」
「へぇ。夏枝のオシャレな感じはばあちゃん譲りってか」
「ま、出身ってなだけで、鹿児島に住んでたみたいなんだけどね」
「まじか。俺のじいちゃんばあちゃんも鹿児島だ」
「ほんと? だったら、もしかしたら四ツ木のおじいちゃんとおばあちゃんはわたしのおばあちゃんと友達だった可能性もあるのか」
「可能性はあるよな」
そんなことはないだろうけど、そんな想像をするのも楽しい会話に、夏枝がぶっこんできやがった。
「そんなわたしのおばあちゃんは魔法少女で魔法を使えたんだよね」
「え……」
唐突にそんなことを言って来る夏枝に対して、なんとも間抜けな声が出てしまった。
そんな俺を見て、「ぷっ」と可愛らしく吹き出されてしまう。
「親戚の子に言うとめっちゃウケが良いんだけど、まさか同級生にまでウケが良いとはね」
ケタケタと笑われてしまう。
「う、うっせーよ」
なんだか悔しいからこちらも一撃かましてやる。
「実は俺のばあちゃんは時の魔法少女で不老だったんだよ」
「え、やばっ。その能力欲しい」
「あっれー。なんか反応が思ってたのと違う」
寂しく言うと、また笑われてしまう。
「仕返しにしてはセンスなさすぎでしょ」
「まぁ……確かに」
冗談ではないのだが、この会話の流れから本気で捉えることはしないか。ま、本気で捉えられてもなにかあるわけでもないんだけど。
「それで? 四ツ木のおばあちゃんは時の魔法少女で不老なだけなの?」
「なに? 話の続きが気になるのかい?」
「それなりにね」
なんだか、近所の子供の空想の話を聞いてあげようとするお姉ちゃんの顔をされているのだけど……。
だが、ここはあえて乗らせてもらう。
「聞いて驚け。ばあちゃんはタイムリープできるのだ」
「へぇ。過去や未来にいけるってやつ?」
「おそらく」
「すげー。タイムリープかぁ」
意外にも夏枝はノリノリで話に乗っかってくれてる。
「そんな能力があるなら、昔の四ツ木に会いに行きたいな」
「なんで?」
「そりゃ、色々弱味握ってゆすろうと思って」
「そんなことにタイムリープを使うんじゃありません」
「あはは」
冗談風のまじ話をしていると、電車は西宮で停車した。その時、小さな子供と手を繋ぎ、抱っこヒモで赤ちゃんを抱っこしながら畳んだベビーカーを押したお母さんが乗って来る。
ありゃ大変だ。
「夏枝」
反射的に夏枝の手を握って立ち上がる。
「……?」
「わり」
いきなり手を握られて困惑する彼女へ説明なしでお母さんのところへと向かう。
「すみません。席、どうぞ」
「あ、す、すみません。すみません。ありがとうございます」
随分と疲れた様子のお母さんはペコペコしてくれる。
いえいえと手を振りながらこちらもペコっと頭を下げ、そそくさとドア付近の方へと移動した。
ぷしゅーとドアが閉まっめ更に西に向かって電車が動き出す。
「彼氏くんやい。わたしと手を繋ぎたかったのかな」
ガタンゴトンと電車が動く音と共に放たれた夏枝のセリフに、はっ、となってしまう。
そこでようやくとガールフレンド(偽)と手を繋ぎっぱなしだということに気が付く。
「っと……。ごめん、つい」
手を離そうとすると夏枝はギュッと握ってくる。
「別に付き合ってるんだから良いのでは?」
「偽物だろ?」
「偽物でも本物でもお付き合いはしているのですよ」
「さいですか」
こちとら手を繋いでいるなんて意識しちまうと急に恥ずかしくなったのだけど、夏枝は余裕の笑みを見してきやがる。
「やっぱり、タイムリープできるなら昔の四ツ木と会いたいかな」
「ん? なんで?」
「あんなすぐに席を譲るなんて普通できないよ。良い教育されたんだなって思う。そんな四ツ木の幼少時代を近くで見たいと思ってね」
「別に、席を譲っただけで大袈裟だな」
「四ツ木に取っての普通は、わたしに取っての凄いなんだよ」
夏枝はなんだか嬉しそうに言ってのけると、ギュッと手を握ってくれる。
「これは紳士な態度の四ツ木へ、美女からのお礼ってことで」
「相変わらずナルシストだね。それじゃ遠慮なく」
なんだかこっちだけ恥ずかしいと思ってるのが悔しいので、三ノ宮まで手を繋いだった。




