第16話 不意打ちには弱いタイプみたい
「流石は四ツ木。まさかの不意打ちをしてくるとは思わなかった」
夏枝の部活が終わるまで待ち、一緒に帰ることになった夕暮れ時。
部活終わりの制汗剤の匂いを放ちながら、早速と彼女のジト目をいただくことになったのは先程の体育館の件。
「愛しの彼女へ応援の言葉を放つってのは定番って思ってな」
カシャカシャと自転車のチェーンが回る音を立てながら言ってやる。
今日は晴れたので自転車通学。夏枝は常にバス通学。
彼女と並んで帰るために自転車には乗らずに押して歩く。二人乗りは法律で禁止されてるからね。青春だけど、ダメ。絶対。
「逆でしょ。普通は彼女が彼氏に、『きゃー、世津ー。かっこいい!』とか言うもんでしょうが」
「ありゃ。女バスのエース様はそんな少女漫画の登場人物Bに憧れがおありで?」
「登場人物Cにして」
「その心は?」
「Bはちょっと嫌じゃない。ブスとかバカとかさ。でも、Cは可愛いとかキュートとか」
「そんなどうでも良い事にこだわりがあるなんて、彼女様の色々な面が見られて嬉しいよ」
「じゃなく」
パタパタと手を振って、本題から随分とズレてしまった話題を軌道修正されてしまう。
「あれはちょっと……」
「あれで俺達がカップルってことが知れ渡ったぞ」
「そうなんだけどね。知れ渡った方がわたし的には良いんだけど、その……」
ごにょごにょと語尾が弱くなっているため、「ん?」と尋ねると、少しばかり怒ったような口調で返されてしまう。
「不意打ちくらって他の人にやたらいじられて、恥ずかしいの……」
「そりゃ、あのクールビューティーな夏枝七海に彼氏ができたってんなら、みんなその餌にむらがっていじりたくもなるわな」
感心しながら頷くと、少しばかり、むすっとした夏枝が黙りこくってしまう。
「なんて言われたんだよ」
「や、なんで言わなきゃいけないのよ」
「そりゃ気になる。普段クールな夏枝が、なにを言われたらそこまでのリアクションになるか」
「……別に、大したことじゃないっての。普段いじられ慣れてないだけで」
「ドSですもんね」
ギロリと睨まれてしまうが、普段Sっ気が強い子が睨んでもそこまでなにも思わないな。やはり美月。あれを経験した後だと、夏枝の睨みなんて可愛く見える。むしろご褒美。
「そんな睨まずともさ。俺だって高二の夏を夏枝のボーイフレンド(偽)に費やしてるんだから、それくらい教えてくれたって良いだろー」
適当なことを言ったつもりだったが、夏枝は義理堅い子らしい。
「それは、言えてる」
納得したみたいな様子であった。
「ほんと、大したことじゃないから」
「大したことじゃなくとも、夏枝がどんな言葉でリアクションしたか気になるからな」
「うう……」
面白くないのに。
なんて文句を言いながらも、ようやくと教えてくれる。
「『おめでとう』とか、『まさかねー』とか、『ようやく実ったね』とか」
「実った?」
「はわっ!?」
最後の言葉を繰り返すと、一瞬で頬を赤らめる。
大きく手を振って否定してきた。
「や! あれだから! 四ツ木のこと前々から好きとかじゃなくて、なんとなく彼氏が欲しいってボヤいてたから、それで、やっと彼氏ができて、あれで、これでって意味だから!」
あたふたと後半はよくわからない言語を並べながらも続けてくる。
「勘違いしないでよね。別に四ツ木との恋が実ったって意味じゃないから!」
「夏え──」
「わかった?」
ずいずいと顔を近づけてくる。制汗剤の匂いの奥に感じる彼女本来の匂い。女の子独特の良い香りがして、なんだかイケない気分になってしまう。その匂いに当てられて、ついつい視線を逸らしてしまった。
「わかった!?」
こちらの返事がないことに、先程よりも大きな声で詰め寄ってくる夏枝。これ以上、彼女が近寄ってくると、健全な男子高校生の俺は、簡単に野獣と化してしまうかもしれない。
「ワカリマシタ」
「ヨロシイ」
カタコトの返事にカタコトで返すくらいの余裕がある夏枝は、トンっと離れて歩みを再開。
それから黙ったままバスロータリーまで着いて、彼女がバス停のベンチに腰を下ろした。
「デートはしとく?」
設定上、デートの写真を撮るということになっていたが、その予定はなにも決めてなかった。このタイミングでぶっこむのもどうかと思ったが、会話が思いつかなかったのでぶっこんでしまったとさ。
「する。怪しまれるし」
先程の誤解を受けるような発言を気にしているのか、俺と目を合わさずに頷いた。意外とそういうの気にするんだなー、とか思う。夏枝ならサラーっと流しそうなものだけど。
さっきの失言は彼女にとって相当なダメージなのだろう。
「どこ行く?」
さっきのことをねちねちいじるのは趣味じゃない。
話題はとっくにデートのことについてだ。どこにデートに行こうかと問う。
「どこでも良いよ。ふたりで写真撮ってSNSにあげればいっかな」
「ふむ……。じゃあ神戸デートと洒落込むか」
「神戸?」
キョトンとして首を傾げてくる。
「嫌だった?」
聞くと、フルフルと首を横に振るので神戸が嫌というわけではなさそうだ。
「全然良いんだけど、なんで神戸なのかなって思って」
「夏枝のイメージが神戸っぽいからかな」
「ふぅん。わたしって神戸っぽいんだ」
「なんかオシャレな感じするだろ、神戸ってさ」
「ふむ。オシャレな街とオシャレな女ってわけだ」
「流石ナルシスト夏枝七海。自分で言ってのける自信は誰にも真似できねー」
呆れて笑いながら俺が意見を続ける。
「それに神戸って港町だから映えるだろ。せっかくSNSに載せるなら映えないとな」
「へぇ。そこまで考えてくれるだなんて。自分のバイト先に女の子を連れて行ってたのに、成長したねぇ」
「男子三日会わざれば刮目して見よ」
「毎日会ってるけどねー」
くすくすと笑う夏枝の前に、彼女の家方面の緑と白の市営バスがやって来る。
「じゃ、デートの行先は神戸で決定」
「オッケー」
バスへと乗車しようとする夏枝へ答えると、なにかを思い出したかのように立ち止まる。
「あ、それとさっきの、本当に勘違いしないでよね」
振り返り、念を押すように言い放ってくる。それは、『実った』だの、なんだのの件だろう。
「……ワカリマシタ」
「ヨロシイ」
最後に小さく笑って、彼女はバスの窓際の席に乗車した。窓越しに目が合うと、軽く手を振って、彼女を乗せたバスが走り出していく。
「あんまり勘違いするなって言うと、本当に勘違いしちまいそうになるぞ」
あんな美少女が俺に、なんて淡い期待をさせてくる夏枝へ、聞こえない程度の言葉を発して俺も帰路についた。




