第12話 念入りに設定したものってすぐに崩れる
「──ってな流れでさ」
うん。はい。教室に着いた途端、美月が仲間をかき集めて説明を要求するもんだから、逆らえずにふたりして洗いざらい話しましたとさ。ちゃんちゃん。
昨日設定したその2が早くも崩れてしまったな夏枝。なんて視線を向けると、苦笑いを浮かべている。鏡を見てる気分だわ。多分俺も同じような顔をしているんだな。
「なんだ。そうだったんだね。それならそうと、早く教えてくれれば良かったのに。なんか、その場の流れで適当に付き合ってると思って勘違いしちゃった」
美月の安堵したような声。
仮に本当に夏枝と付き合った場合、どうなっていたのか想像もしたくないな。
あれ以上の精神攻撃なんて耐えれそうにない。
バシン!
俺の隣で、自分の手を自分で殴りつけた豪気の拳の音が教室に響いた。
「そんなゴミがいんのかよ。くそが。自分に女がいる分際で他の女に告白するとか。んで、迷惑かけてるとか許せねぇな。まじ、そいつシメてやろうか、ああ!」
仲間のことになると人一倍熱くなる男だ。
だけど、夏枝も豪気に彼氏役を頼まなかったのはこういう性格ってのもあるだろう。
こんなんすぐにボロが出るだろうし。
どうどう、と暴れ馬を落ち着かせるようにぽんぽんと豪気の肩を叩いてやる。
「落ち着け、時代遅れのヤンキー」
「誰がヤンキーだ!」
「ほれきた」
聖羅がフリだと思い、素早く手鏡を取り出して豪気に見せる。
「くそヤンキーじゃねぇか!」
「盗んだバイクで走りだしそうだよねー」
「自分のバイクで走るわ!」
「今度、杉並くんのバイクにぼくを乗せてよ」
彼女の言葉に豪気は渋めの顔をして背中で語る。
「わりぃな聖羅。おれぁは大切な女しか後ろに乗せねーんだ……」
「大切な女(仮)でしょ? そんな謎の硬派を貫いているから童貞なんだよ」
「んだと、おらああああ!」
「きゃははー!」
ヤンキーとロリがイチャついているが、どうやら豪気は落ち着きを取り戻したみたい。機嫌が悪くなったらいつものノリで乗り越える。いつもの俺達の風景だね。
「バイク……。そういえば四ツ木も持ってるよね?」
ふと、夏枝が思い出したように聞いてくる。
「ああ。持ってるぞ」
「なら、彼女の特権として後ろに乗れるわけだ」
「乗りたいの?」
「ちょっと憧れだよね。本当は自転車の二人乗りでぶらぶらするのが夢だけど、法律的にアウトじゃん。でも、バイクって二人乗りOKでしょ?」
「まぁ。俺は免許も持ってるし、二人乗りできる条件も満たしてるからな。乗れなくはない」
「ふふ。じゃ今度、わたしという彼女を乗せてどっか遠くに連れてって」
まるで本物の彼女が彼氏にお願いしている、ちょっと甘い雰囲気に頷きそうになる。
ガシッと肩を掴まれたよ。
あっれー、美月ちゃん。きみ、そんなに握力あったっけ?
「七海ちゃーん。どこに、世津くんの彼女がいるの?」
怖い、怖い、怖い。どこのホラー映画だよ。そこらのホラーより全然ゾッとするんですけど。丁度、夏だったし、ヒヤッとできたけど、こんなリアルな恐怖体験は求めてない。
ていうか、うん。痛い痛い。めっちゃ痛い。なんでさっきから俺の肩を思いっきり掴んでんのかな、この大和撫子様。
「はい! 四ツ木に彼女はいませんです、はい!」
夏枝もすっかり美月の怖さに怯えてしまったようだ。運動部の先輩に返事するみたいな感じになっている。
「はい、はい、はーい」
パンパンパンと手を叩き、陽介が呆れた様子で全員を見渡した。
「お前ら話しが脱線してるぞ。戻ってこーい」
彼の呼びかけに、全員が素直に応じる。
聖羅は持っていた手鏡をポケットに戻し、美月は俺の肩から手を離してようやく解放される。俺と夏枝は姿勢正しく起立の状態。
「夏枝の話をまとめると、ややこしい先輩への防御策として世津に彼氏役をお願いしたってことで良いんだよな?」
「うん。色々とややこしいことになりそうだから」
俺に話した内容よりも省略した夏枝の回答に、陽介は少し考える素振りを見せた。
自分の考えがまとまったのか、くすりとイケメン笑いで夏枝へ視線を向けた。
「ま、彼氏役ってのは夏枝に取って色々と便利だろうな。世津を彼氏役にするのも頷ける。オレと豪気じゃ務まらない」
「そうだな。おれの理想の女のタイプは、夏枝とは程遠い」
「ちょっと杉並。それ、どういう意味よ」
別に豪気のことを好きってわけではないだろうが、乙女のプライド的にその発言はいただけないと言ったところか。
「豪気はロリだからなぁ」
「ちょ! 世津! そのロリ設定やめろや! デュクシ!」
「あひゃひゃ! 豪気のそのデュクシもやめろ!」
男子二人でイチャついているのを横目に、陽介が話しを続けた。
「でも、解せないのはオレ達に隠そうとしたこと」
ピクっと反応する夏枝へ、美月が疑問の念をぶつけた。
「そうだよ七海ちゃん。なにもあたし達に隠すことなかったんじゃない?」
「そ、それはー……。あははー……」
夏枝の乾いた笑いを見て、聖羅がニタニタとからかう口調で言ってのける。
「なになに? もしかして七海ちゃんってば四ツ木くんのことがまじで好きで、これを機に付き合おうとしてるとかー?」
「なぬ!?」
ガタっと美月が反応して夏枝に詰め寄った。
「本気なの?」
今朝からホラームーブをぶっこんでいる美月へ完全に恐怖している夏枝は、ブンブンブンと激しく首を横に振った。
「違う違う違う! まじで、みんなに迷惑かけないようにしようとした結果だよ」
「そういうことらしいから秋葉。夏枝に詰め寄るのやめてあげな」
「はーい」
美月が陽介の言うことをちゃんと聞いた後に呟く。
「……迷惑なんて、かけて良いんだよ」
夏枝を見ながら真剣な言葉を発する。
「七海ちゃんが困ってるなら、それはあたしに取っても問題なんだよ。だから迷惑なんて思うはずない」
「美月……」
「そーそー。七海ちゃんの悩みはぼく達の悩みでもあるんだ。なんでも相談してよね」
「聖羅」
ガシッ。ここに改めて女の友情が芽生えた。
「付き合ってるんだったらデートの一つもしないとなー」
「なっ!?」
ここに、友沢陽介という女の友情を破壊する神が降臨なさった。
「そりゃ、偽りの恋人を名乗るからこそデートしないと」
この爽やかイケメン楽しんでやがる。確実に女の友情を破壊して楽しんでやがる。なんとまぁ性格の悪いイケメン様なのでしょうか。
「陽介の言う通りだよな。恋人でデートしないなんて意味わからんし」
このピュアなヤンキーは爽やかイケメンが遊んでいることに気が付いておらず、ピュアっピュアに同意の声をあげやがった。
「ううう……」
美月の怒りはなぜかこちらへターゲットオン。今日の美月ちゃんってば怒ってしかないな。
「にゃははー。修羅場っぽい」
聖羅は他人事みたく笑っていた。
「てめ、このイケメンヤクザ。なんて空気にしやがった」
「ハーレム野郎に一矢報いたくてな」
「ウィンク、パチッ。キラッ。じゃねーわ。俺が女子なら確実に惚れてたわ、ぼけ」
こちらの言葉をかき消すかのような爽やかな笑顔になにも言えない。ほんと、この子ったら爽やかイケメンだわ。
「良いデートスポット紹介してやろうか?」
「爽やかイケメン様のお手は本当の彼女ができた時にお借りするわ、ぼけ」
「最高のシュチュをお届けできたってのに残念だ」
あははとひとつ笑ってみせて、切り替えるように真剣に言って来る。
「世津。なにかあってもひとりで抱えることはない。オレ達を頼れよ」
流石はグループリーダーポジションの陽介だ。その言葉は非常に頼りになる。
「うんうん。ぼくも力になるからね」
聖羅が力強く頷いてくれる。
「そうだぞ世津。すぐに言えよ。いつでも飛んで行くからな」
パンパンと豪気もそんな言葉をくれる。こいつの場合、言葉のあやってのを知らないからな。
「そのセリフは夏枝に言ってやれよ」
「あ、そっか。夏枝の問題だもんな」
改めて豪気が夏枝の方へ親指を突き立てる。
「夏枝。なんかあったら言えよ」
「あんた、四ツ木の犬なの?」
「そんなに褒めるなよ。照れるだろうが」
「褒めたつもりはないんだけどね」
夏枝は完全に呆れていた。
「世津くん。あたしにできることは少ないかもだけど、なにかあったら今日みたいに隠すの禁止ね」
美月が詰め寄る感じで言ってくれるので笑って返す。
「わかった。約束するよ」
俺には、俺達には本当に頼りになる仲間がいる。
だから夏枝の件も大丈夫。
簡単に解決するだろう。




